すれ違う想い
来た道を少し戻れば、祭りのように賑わう屋台が並んでいる。俺にとっては全て懐かしさを思い出すが、志衣のとっては全部初めてのもの。中には初めて見る食べ物だってあるだろう。気になってたらいくつか買ってあげよう。こういう日くらい贅沢するのもいいし、余ったら俺か吉野が食べればいいし、うんうん。
「志衣、何か気になるものある?」
「…………き、らきら」
「キラキラ?」
志衣は俺の質問に小さく頷くと、一点をじっと見ていた。視線を追えば、そこには祭りの定番かもしれないりんご飴。あぁ、確かにキラキラしてる。りんご飴が気になるのかなと、歩をりんご飴の屋台に向ける。移動してても志衣はキラキラ光るりんご飴に夢中で、ちょっと面白かった。
「志衣、あれはりんご飴って言うんだよ」
「………りんご?」
りんご飴の屋台にはまだお客さんが並んで、その最後尾につく。待ってる間に志衣にりんご飴の話をする。気になってるものから、様々なことを教えていくのが一番いいと思うから。
「そう、志衣が好きなりんごに飴で周りを固めてあるんだよ。だから、最初は舐めて飴が溶けたらりんごを食べるのが一番美味しいかな。一緒に食べても美味しいんだけど、少し固いから志衣の歯が痛くなっちゃうから、ちょっと心配かな」
「りんご、うさぎさ、んじゃ、ないよ?」
「そうだね。何時も志衣が食べるのはうさぎの形してるもんね。でも、本当の形はああやって丸いんだよ。今度一緒にスーパーに行ってみようか?沢山のりんごがあるよ」
そういうと、視線はりんご飴に注がれたまま勢いよく首を縦に振った。よし、これでまた志衣が外の世界と触れ合う日が増えた。前よりは増えた方だけどそれでも、一ヶ月に片手で数えられる位だ。俺も医者である佐々木さんも急がなくていいとは思ってるが、沢山の綺麗なものと触れ合って体験して知って欲しいっていう欲は俺にはあった。まぁ、全部志衣のペースで進めるからゆっくり地道にだ。
汚いもの、辛いことしかないと思ってる志衣に、本当は綺麗で、楽しいこともあるんだよって知って欲しい。決して全てが綺麗で楽しいものじゃないけれど、志衣はもう沢山傷ついてきたんだ。少しぐらい綺麗なものたちに囲まれて、楽しく伸び伸びと生きて欲しいという兄の願い。
「に、ぃに」
「………あっ、何?どうしたの?」
考え事してたせいか意識が飛んでいた。
志衣は少しムッとしているが、俺としては表情が豊かになったなと喜びを感じる。
「……僕、お、話……む、しやだ」
「あ、無視しちゃってごめん志衣。もう一回話してくれる?」
と、謝ればムッとしていた唇が、ゆっくりと笑みに変わる。機嫌直してくれたみたいでよかった。でも、ムッとした顔も可愛かったな……写真取ればよかった。
「……………にぃに、りん、ごあめ…たべた、こと……ある?」
「俺?んー、ないかな、多分」
「そ、…なの」
だが、俺の返答で今度は俯いてしまった。あれ、何か悲しいこと言ったかな……。直ぐには答えが見つからなくて、でもまずは志衣の機嫌を治すことが先だ。
「しーい、どうしたの?。俺、変な事言ったかな。もし言ってたならごめんね」
ふるふると志衣は力なく首を振る。変な事を言ったわけではないらしい。だけど、なんでこんなち落ち込んでるのか分からなかった。
名前を呼んでも、俺の首に顔を埋めてしまって顔を見ることさえ叶わなくなった。下ろしてちゃんと話すべきかと思い、志衣を下ろそうとした時には
「へい、らっしゃい。りんご飴、幾つにします?」
「…あ、あぁ。えっと、一つお願いします」
そう俺が言ったら、きゅっと首に抱きつく腕が少し強くなった。
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