狙わる声



初めて会ったあの日から数週間経った。最初は偶に寝にくる俺を待ち伏せているかのように毎回いる先輩の話し相手になっていたが、気が付いたら俺も少しだけこの温室の手入れを手伝うようになった。まぁやっていることは、花の水やりくらいだが。主に先輩の話し相手。この人、初対面で感じてはいたがポヤポヤしすぎて、ドジだった。
種まきしようと種を持ってきたが、袋の底に穴が空いていて花壇ではなく来た道に溢してきたり、時計の短い針と長い針を見間違えて授業に遅刻しまくったり、色々。俺はサボる事に何も感じないが、この先輩は気にするようで。だから、最初は時間を教える役だったが、段々と二人で水まきした方が効率がいいとなり、水まきを手伝ったり、種まきしたり、掃除したり。
先輩からは、

『綴くんも園芸部に入ればいいよ!!』

と言われている。面倒くさいから、俺は帰宅部を貫くけど。









「綴ー、今日も一緒に居てくんねぇの?」

「林といても特にすることないだろ。俺は寝たい」

「ここで寝ればいいじゃん」

今日も今日とて温室に向かおうとしたが、俺のことを待ち伏せしていた林に掴まった。林は頬を膨らまして不機嫌さを出してくるが、眠いし、あの先輩を一人で仕事させると効率が悪いのは知っているから早く温室に行きたい。掴んできた手を振りほどき、林の額に凸ピンをしておく。いって!と言うが力を込めてねぇんだから痛くないだろと思いながら、林を置いて俺は温室に向かった。


だから俺は知らなかった。林が唇を噛みしめていることに。



「あ、綴くん!今日は遅かったね」

「ちょっとダチに捕まって……先輩こそ何も仕事進んでないじゃねぇか」

「いやー…うん、綴くんとやろうかなって」

「……そう言えば温室の入り口に土の山が出来てんだが、また零したのかよ」

「あはは」

先輩は明後日の方向を向きながら笑う。力がないくせに台車とか使わずに引きずって花壇用の土が入った袋持ってくるから、袋に穴が空いて中身をぶちまけるんだと何十回言っても学習しないこの人。本当に先輩なのか。

「……馬鹿」

「あ、馬鹿って言っちゃダメなんだよ」

「俺は本当のこと言っているだけ。そこの倉庫に土袋が仕舞ってあるから、それ持ってきてあの山の土をいれて。入れ終わったら俺を呼べよ、絶対一人で運べるって思うなよ」

先輩は頬を膨らませているが、一応納得はしているらしく文句を言わずに倉庫へと走って行った。林と違って物分かりがいいところが好印象だよなと考えながら、如雨露に水を汲んだ。
花に水をやりながら、遠くでスコップを使い、土の山を崩し袋に詰める先輩が見えた。身長自体そこまで大きな差がないが、先輩がしゃがんでいるからだろうか、何時もよりうんと小さな存在に見えた。ドジで一人じゃ失敗ばかりの先輩。面倒ごとが嫌いなくせになんでここまで気に掛けてんだか、俺。一つ首を傾げながら先輩の姿を見守った。



「つーづーりーくーん、出来たー!」

「おー、今行く」

飛び跳ねながら叫ぶ先輩にそう返し、如雨露を元あった場所に仕舞う。一応水やりは終わったから、後はあの土を使って花壇の土を入れ変えでもしたらお終いだろう。昼休み一杯くらい時間使ったな……寝れん。と、言いつつも、先輩の手伝いを始めてから昼寝と言う昼寝ができてなかった。ただ先輩の手伝いをして昼休みが終わる。ここにくるまで死ぬ程眠かったくせに、手伝って昼休みが終わる頃には眠気が冷めてしまうのだから不思議で仕方ない。
パタパタと足音を鳴らしながら先輩に近づく。先輩は手も制服も土で汚れていて、何をどうしたらそこまで汚れるのか不思議で仕方ない。とりあえず、制服についている土を払ってやると、ありがとうと日向のような顔で言ってきた。

「別に。んで、これどこに運べばいい?」

「えっと、向日葵の種を撒く予定の花壇に運んでもらってい?」

「了解」

どっこいしょと爺臭い言葉を心で言い、土が詰まった袋を持つ。やっぱり重くて、細い腕をした先輩じゃ運べないなと感じながら、頼まれた場所に足を向ける。隣に先輩が着いてきて、何故かチラチラと俺を見てくる。何か顔についてんのかと思ったが、両手を離せない状態だからどうしようもない。

「綴くん」

「…何」

チラチラ俺を伺ってきた先輩の目が、俺を真っ直ぐ見つめる。流石に目を逸らせなくて目を合わせる。自然と足も止まっていた。

「う、上手く言えるか分からないけど、綴くんに言いたいことがあります」

「……おぉ?。つか、何で敬語」

と、俺の質問を軽くスルーされ、先輩は再び言葉を発した。

「何時も助けてくれてありがとう。先輩だから頑張って一人で出来る姿見せたかったんだけど、結局綴くんに迷惑かけてばっかだったね」

「まあ、先輩が一人じゃ無理な事するからでしょ。実に迷惑」

はっきりそういうと先輩は少し吃驚した顔をし、直ぐに何時ものように笑った。そうだねと小さく呟いた。

「少しは学習しないと、綴くんに本当に怒られちゃう」

「怒られたくないなら、人に頼る事くらい学習しろ」
はーい、と大きな返事をする先輩。本当に分かっているのか微妙なところだが、少しは気に留めるだろう、足を進める。隣にいた先輩は着いてこなかった。




「綴くん……やっぱりいいなぁ」







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