泣き虫うさぎ | ナノ
49

「驚いた……帰って来ていたのか」

顔を上げれば、呆れ顔のもう一人の息子、俐人が扉に寄りかかっていた。何時の間に帰って来ていたのかとか、入って来る音に気づかなかったとか色々考えているうちに俐人は、ポスリと隣に座った。

「………えっと、おかえり?。用事は済んだのかい?」

「ただいまです、用事は何とか。那智を部屋から出してくれてありがとう、父さん」

「いや、息子のお願いを叶えるのもお父さんの役目だからね」

俐人は優しく那智の髪を撫でる。
さっきの俺の独り言は完全に俐人に聞かれているのは分かっていた。見っとも無い父親の独り言。恥ずかしいし情けなくてしょうがない。でも、聞かれてしまったのは仕方ないし、先ほどの俐人の返事が気になっていた。聴きたいのに、恥ずかしさと情けなさで言葉が出ない。さっきから、あー、うーと唸ってしまうのもしょうがないと思う。

「那智だったら可愛いですけど、父さんが唸っても可愛くないのではっきり喋ってくれませんか」

「息子が冷たい……。…さっきの俺の独り言聞いていたよね?」

「えぇ、勿論」

俐人の珍しい笑顔にグッと心を掴まれるが、こんな時に味わいたくなかった。しかも笑っているくせに目は笑ってない。これは久しぶりに俐人を怒らせたみたいだ。電話越しで冗談を言って怒る俐人と違う。これはマジ切れだ。

「ご、ごめん。情けない事言って」

父親としてのプライド?、何それ?、って思う。俐人を怒らせると一番怖いのは知っているし、何より俐人を怒らせると那智は俐人の味方に付くのは知っている。まぁ味方に付くと言うより、何で俐人が怒っているのか分からなくて、何とか機嫌が良くならないかと那智が俐人にベッタリ状態になるのだ。年に一回会えるか会えないかの父親を無視して、『にぃが、怒って、いる、の、や』と涙で目がうるうるしている可愛い息子が言うのだ。俺が折れるしかないのだ。その時の俐人の顔は唯々憎たらしい笑みをしているのだ、俺、こんなに歪んだ息子知らないと何度も思った。
だから、那智が起きる前に何とかして俐人の怒りを収めたいのだ。不純なのは分かっているけど。俺も那智とイチャイチャしたい。

「今、父さんが考えている事なんか直ぐ分かります。それでも那智は渡しませんから」

「酷い!!」

「子供ですか。と言うか、俺と那智がこんなにも幸せに生活していることが分かっていない父親の方が酷いと思いますけど?」

俐人そう言うと俺の目を真っ直ぐ見つめてきた。
怒りの色なんか見えない、俺と同じ色の目で優しく言う。

「……分かっているつもりだ。でも、自信がない」

「父さんでも落ち込むんですね」

「落ち込むさ。大事な息子が泣いたんだ、自分を傷つけたんだ。落ち込むに決まっているだろ」

「俺も同じ気持ちです。やっと学校に行けるようになった。嫌々だとしてもクラスに友達が出来たみたいなんです。まぁ、その友達は俺の大嫌いな人達なんで複雑ですけど」

「あー、冷泉くんたちだっけ。そろそろ仲直りしてもいいんじゃないかな。あの子たちがいて学園の安全が保たれているし」

「それとこれは別で。生理的に無理」

フンと鼻を鳴らしながら不貞腐れる俐人。何時も真面目だからこういう子どもっぽい姿を見ると安心する。家くらい仮面を外せばいいのに………いや、那智の前だと外れているから俺の前で外してくれればいいのに、の方が正しいか。

「…それでまぁ不本意ですけど、本当に不本意ですけど少しは学校が楽しいと思ってくれていたと思うんです。大人しく冷泉に抱かれていたし…」

「珍しいね、那智が俺たち以外で大人しく抱っこされているって」

「えぇ、だから尚更ムカつく」

「…その顔、那智の前でやるなよ」

「当たり前なこと何言っているんですか。…いや、言いたいことは、俺は那智と暮らせていることが一番の幸せです。父さんがその空間を作ってくれた。だから俺は幸せです。那智も幸せだと思います。何時もニコニコと可愛く笑っていました」

「でも、泣かせた」

「泣かないで生きるなんて無理な話だって昔父さんが那智に言っていましたよ」

唇をグッと噛みしめた。確かに言った。泣いてばかりでごめんなさいと謝り続ける那智にそう、俺は言ったんだ。人は笑って怒って悩んで泣いて生きるものだと。泣かないで生きるのはただ辛いだけだ、もっと苦しくなってしまうと。だから、那智が泣いていることは謝ることじゃないと。
那智には父さんや俐人みたいに

「那智の姿が異質に見られることは、那智は分かっている。気持ち悪い、化け物だと指を指されることなんて何時ものこと。それでも那智は綺麗に笑うんだ。父さんが化け物の僕にも笑う権利があるって言ってくれたからって。幸せな時に笑うって教えてくれたからって。……ねぇ父さん、那智は今でも笑っているよ」


幸せな時に笑って、嫌なことがあったら泣いていいんだよ、その権利があるんだよ。



一粒の涙が那智の頬に落ちた。




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