47
にぃの声が聞こえなくなって数時間経ったと思う。時計を見てないからちゃんとした時間は分からなかった。部屋の外からは何も聞こえないから、にぃは居なくなっちゃったのかな。
「……化けも、のだから……独り」
自分の言葉に胸が刺さり、じわりと涙が浮かぶ。泣いちゃダメと目を一生懸命拭うけど、涙は止まらず、遂にポタリと僕の太ももに落ちた。
「ひっ、ふぇ」
暗い部屋には僕しかいない。何時も涙を拭ってくれたにぃはいないから、一人じゃ拭いきれない涙がどんどん落ち、尚更孤独感が強くなる。
独りにならないとだめと分かってる。それでも寂しい気持ちは消えない。にぃに声を掛けられた時に部屋を出ればよかった。そう思ってももう遅い。だってにぃはもういない。
「うぇ、ひっく、に、ぃ…独り、んっ」
小さく小さくなりながら部屋の隅で座る。
部屋に響くのは自分の泣き声。化け物の孤独な鳴き声。
ふと思う。
にぃに会う前に、片目が無くなった時に
「死んじ……え、ば」
”よかった”と零れかけた時だ。ガチャと扉が開いた音が響いたのは。
「久しぶり、那智」
「な……なん、で、お、父さん……?」
*
部屋に小さく隅に座る僕の前にお父さんがよっこらしょと座る。なんでお父さんがここにいるんだろう、にぃは日本にいないって言ってたのに…と驚きのあまり涙が引っ込んでしまった。
「また那智泣いちゃったの?よしよし。お父さんの胸を貸してあげよう」
ふふっと笑うと腕を引っ張られ、お父さんの胸の中に居た。お父さんは背中を優しく擦ってくれて少しずつ引っ込んだ涙が浮かんできたが、頭に響くあの言葉。
『化け物』
「やっ!」
両手でお父さんの胸を押す。僕は化け物。寂しくて誰かに慰められたかった。でも、僕にはこんなことしてもらう資格はない。
「………那智、今何を考えてる」
静かで厳しい声が届いた。びくっと震えた。お父さんは何も言わない。応えるまで何も言わないのはお父さんが怒ってる証拠だ。あんまり怒られたことなかったが、怒られた時は何時もこうだった。
「…ばけ、も、の……って」
「化け物だから資格ないってことかな」
小さく頷く。お父さんの顔は見れず、絨毯を見詰める。
おかしなこと言ってしまってるのかもしれない。でも、僕は化け物だからこれ以上何を言えばいいのか分からなかった。
「那智は何で自分の事化け物だと思ってるの」
「しろ…くて、片目、なく、て」
「白いのは病気のせいだし、片目がないのは事故のせい。全部那智のせいじゃないし、例え化け物だとしても白くて綺麗な紅い色の瞳の那智を好きな子は沢山いる。俺も那智のことが好きな人の一人だ」
「でも!…化け物、は、ひと、り………じゃな…きゃ」
「誰がそんなこと決めたの?。独りでいなきゃダメな人も動物も化け物もいないよ。それにね」
お父さんの温かい両手が僕の頬を包んだ。
「那智がいないとお父さん、寂しいよ」
コツンとおでこにお父さんのおでこが当たる。視線を挙げればお父さんの綺麗な瞳が重なる。瞳の中には化け物の自分が写った。
「お、父さ………も?」
「うん。寂しいよ。那智はお父さんの大事な息子だよ」
「………ひ、とりじゃな、い?」
「お父さんもいるし、俐人もいる。それに友達もできたんだろ?」
「………逃げち、ゃったか、ら」
「友達じゃないって?。那智は友達でいて欲しいと思う?」
恭くん、瀬奈ちゃん、奏くん、クラスのみんなの顔が浮かぶ。
逃げちゃったけど、僕は友達でいたいって思う。こくんと頷けば
「なら、ごめんなさいをしよう。逃げてごめんなさいって。もう一回友達になってくださいってお願いしよう。謝りに行くのは一人だから怖いかもしれない。でも大丈夫、お父さんも俐人も那智の味方だから独りじゃない」
ポロリと堪えていた涙が自然に落ちた。
お父さんの指が涙を拭うけど止まらない。
謝りに行くのはとても怖い。でも、独りじゃないって教えてくれた。
「ひっく、お、父しゃ………うぇ、ん」
「やっと泣いた。よしよし、よく我慢できたね」
今度こそお父さんの胸に抱き着いた。
prev 54 next
[back to top]