ぬいぐるみに囲まれて、ひなたぼっこ。
くまさん、うさぎさん、大好きなモンスター達のぬいぐるみ。
遊び疲れたのか、ミハエルはぐっすりと眠っている。
そしてその隣で、眠気に誘われて……逆らうこともなく、一緒に眠る……ゆめ。

夢だ、そんな暖かなものは。肌を刺す冷たい空気がここは現実だよとぬくもりを奪っていく、錯覚。
目を開くと光の海に溺れたような視界、徐々に思考が定まっていく。
……私はソファで寝ていたらしい。革が、私の形で暖かくなっていた。ああそうだ、作業効率が目に見えて落ちていたんだ。だから睡眠を取ったんだっけ。
頭がぬるま湯に浸かったように、さっきの夢をもう一度、なんて言っている。ダメだ、今は復讐に身を……。
もそもそと倦怠感と戦いつつ、体を起こせばいつの間にか毛布が掛けられていた事に気がついた。
人の気配と足音を確認して、そちらに目を向ける。

「姉様、おはようございます」
「……V」

……Vが起きている、そしてその手にはティーセット。静かに机に置いたソレは1人分、ということは。

「……午後、3時。みんなはナンバーズを集めに?」
「大正解ですよ。姉様、オレンジ・ペコーです」

いつの間にか目の前にカップが差し出され、ふんわりといい匂いのする紅茶を注がれていた。全く、こういうところは本当にさりげないのだから。

「いや、いいよ……Vの分だろう?」
「僕のカップはすぐ取ってきます。寝起きの頭を覚ますのに丁度いいでしょう?」
「あ、待て、Vーー」

にっこりと笑んで、小走りで行ってしまった。断る隙を無くすため、だろう……こういうところは本当にしたたかなのだから。
カップを手に持って唇に近づけると、いい香り。紅茶を淹れるの、上手くなったなあ。優しい香りは彼の笑顔に似ている気がした。
きっと寝ている私に毛布を掛けたのもVだろう。わざわざ持ってきたのかと思うと、くすりと笑みがこぼれる。
ひとくち、火傷をしないようにゆっくり飲むと淡いような、暖かな味だと思った。
Vは、優しい。いつも皆に気を配り、笑顔の可愛い子だ。そして、それ故に強い。
……普通は、家族で復讐をするなど、その為に名前を封印してコードネームで呼びあう家族など、見ていられないだろう。……Vに、姉さん、と呼ばれるとたまに胸が軋む。
ごめんね、………… ……V。

オレンジ・ペコーに映る私の顔は、水面が揺れて分からない。軋む心はその表情を脳裏に浮かべはじめる。
熱いままのソレを冷まさずに、目を閉じて一気に飲み干す。舌が、喉が、熱くて痛みになりかけた。

ガチャリ、カップと受け皿が鳴らす音で顔を上げる。同時に、Vが帰ってきた。

「姉様! もう飲んじゃったんですか?」
「ああ……目が覚めたよ。もう大丈夫だ」

もっと飲みましょうよ、僕とお茶会しましょうよ、と顔に書いてある。いつでも素直なんだね、Vは。
隣に腰を下ろされると、自分の紅茶を注ぎはじめる。……こんなに大きくなったんだね、君は。
もう、あの頃のVよりもずっとずっと大きいのに、優しさは変わらないまま。復讐するには優しすぎるんだ、この子は。

「……行かねばならない所がある。危険な場所だ……」

嘘。本当はただ少し盗聴の下準備をしに行くだけだ。全く危険な事はない。けれど、Vはハッと顔をあげた。

「姉様、あんまり無茶はなさらないでくださいね……姉様はたまに、突拍子もない危険を冒します」
「フフ、そうだな……気を付けるよ。留守の家を、頼んだよ」

心配そうな顔をする、まるで子犬みたいだ。頭を撫でると、昔から変わらない柔らかな髪。また夢の続きなんじゃないかと思ってしまった。

すぐに手を離すと、準備していた情報の山が現実へと引き戻しに来た。すっと脳の芯が冷える。
立ち上がり、扉へと向かうとVは諦めたような、拗ねたような空気を漂わせていた。
さぁて、ツールが噛み合ってくれれば御の字だがどうなるやら。ドアノブを捻り、前へ押した時。

「姉様!!」

かつん。靴音が大きく聞こえた。
Vの叫びは珍しい。いつも温厚そのものだから希少とも言えよう。振り返ると、にこにこと笑顔でピシッと立っていた。

「夜、遅いのでしょう? また、ディナーで」

……私は、前を向いてひらひらと手を振った。せめてもの挨拶だ。いい子にしているんだよ。

扉が閉まる。

僕は、帽子を深く被って、歩きはじめた。


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