「……おはよう」
「………………ん。」

午後2時、イヴは浅い浅い眠りから覚めた。
復讐に身を投じ始めてから彼女がベッドで寝ている姿をほとんど見ていない。肘を付いたまま、あるいはソファーに腰掛けて、そんな睡眠はもはや休養ではなく、生命維持に必要だから寝ているようなもの。
それもすべて、復讐がために。
彼女はもう、デタラメな指針を標に、壊れ始めている。

「……おはよう……私は、何時間、寝てた?」
「……3時間だ。もう少し、」
「そう。私は続きをする……Xも早く寝ないと効率が落ちるよ」
「イヴももっと寝ろ……3時間では熟睡できまい」

本当は分かっている。彼女はその言葉を突っぱね、また情報収集に戻るのだろう。平気だ、の一言を残して。
それは今までやり取りをしての彼女のパターンだ。不安要素を残しつつも、イヴが持ってくる情報の量はとても多い。「寝るぐらいなら」と紡ぐ彼女に何も言えなかった。
しかし観察していると、あることが発覚した。復讐を始めてから彼女の睡眠は常人よりも格段に短くなっている。
長くて4時間。短くて30分。
以前は、短くとも5時間は寝ていたというのに。何かが、おかしい。
うつらうつらと表情がぼんやりとしているのに、状況を見ると覚醒した脳の働きをきちんとしているらしかった。瞳の奥に、ギラギラと不吉な光を宿して。

彼女は、不眠症になってしまっていた。

「……平気だ、3時間も寝れば。差し支えない」
「……」

眉間にシワが寄ってしまう。本人はそれを正常な、ちょっとした生活リズムの変化だと思っているのが厄介だ。そして自身は全く苦だと思っていないことも。

「……イヴ、」
「何だい?」

何も言えなかった。
明るい室内に居るのに、イヴの周りだけは暗闇に包まれているようだった。それぐらい、彼女の深淵は曇っていた。
けれど、水面だけ見れば清らかな泉にしか見えない。……が、ずっと一緒に居るXには勘で気がついた。

「……隠すことだけは昔から上手いのだな」
「……?」

怪訝な表情を隠さない彼女は、自身の心さえ隠して騙しているのだ。深く深く奥底、誰にもたどり着けない場所に。純粋すぎた少女は、父親の行動を……復讐を許すためにそんなことまでしてしまったのだ。

「いや……何でもない。……体調には気をつけろ」
「あぁ、風邪が流行っているね。Xも気をつけて」


少しだけ、昔を思い出した。





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