アークライト家の次男は、ナンバーズ集めもそうだけど、週末の方が大会がよく開催されるのであっちこっち飛び回ってて忙しい。
それがまた極東エリアのデュエルチャンピオンなんて称号まで引っ提げているものだから、周りは若き才ある決闘者〜なんて言ってやれ雑誌のインタビューだ、やれテレビ出演だ、やれ大会のゲストだの……。本当に忙しない。
だからまぁアイツがちょっとぐらいグレてても、大目に見ようと思ったりはする。

今、そいつの部屋のドアを、右手でノックして鳴らした。左手に抱えたお盆が、私の細腕には重たくて少しばかり震えている。

「W、入るぞー」
「あ?……んだよ、イヴか…何の用だ?」
「……疲れてるだろうと思って、差し入れだ。お前、シュプレのクッキー好きだったろ」

……今は日曜の夕方、Wはつい先ほど雑誌のインタビューから戻ってきた所だ。帰りに“ファンサービス”でもしてきたのか、部屋のベッドに着替えもせずダイブしている。
……どちらのファンサービスかは知らないが。

「……シュプレ、だと?」

のそり、上半身を起こした。私の記憶が正しければ、お菓子工房シュプレのクッキーはいつもVと取り合いになっていた筈だ。
……ずいぶん昔のことに思える。

「ああ、シュプレのだ。……なんだ、髪が跳ねてるじゃないか。その服も皺になるぞ?」
「チッ……うるせぇ、どうせ風呂に入って洗濯すりゃ関係ねぇよ」

口は悪いが微妙に腰が引けている。まぁお疲れだ、あんまりいじめるのも止めておいてあげよう。
とりあえずテーブルにクッキーと紅茶の乗ったお盆を置く。今日は香りの良いダージリンティーだ。

「ほら、椅子に座りな」
「はー……急にこんなの用意しやがって。イヴもよく分からねぇ奴だぜ」

……まぁ、Wが少し心配なのもあるにはある。が、本題はトロンの計画をよりスムーズにするためのケア、だ。別にトロンに指示された訳ではないが、トロンに無駄な手間を掛けさせないため。
Wはむしろ自分が荒んでいるのも見てみぬフリをしているようだが。

気だるそうに腰を上げ、ドカッと手荒く椅子に座るとまぁマナーもへったくれも無い……。テーブルに突っ伏すようにだるーんともたれ、クッキーを手から口へ運ぶ。

……計画を終えたらテーブルマナーを叩き込まなければな……。

紅茶をカップへ注ぐ。ふわりと、心地よく香りが漂う。

「……ダージリンか」
「そうだよ、ダージリンだ。熱いから気をつけてね」

……言ったそばから、舌をやけどしたみたいだ。せっかちめ。
あんまり髪のハネが酷いから、見かねて手で直しに触れる。Wは逃げるように前屈みの状態から背もたれに背を預けた。むしろ触れやすくて好都合だ。
見た目に反して案外、柔らかい。やはりここは家系だろうか。

「…………何しやがる」
「寝癖が酷いからね。……どうしても、身だしなみは気になってしまう」
「別にもうどこにも行かねぇし……あんま触るんじゃねぇよバカ姉」
「いいじゃないか、別に」

アークライト家の面々はみんな背が高い。
Vも顔こそは可愛らしいが身長はそこそこあるし、Wだってそこらの男性に比べて背が高い。Xなんか、ずっと話してると首が痛くなることもある。
が、なぜか私だけ小さい。ついにVにも追い越されて、少しだけ悲しい。……これでも、Wよりも上の19だというのに。

……まぁ何が言いたいかというと、少し足の高い椅子に座ったWよりも、立った私はそれでも頭半分くらい背が高い状態。もう少し差がついてもいいだろうに。

あ、こっちも跳ねてる。揉み上げの所の下ろした髪束を手櫛ですいてやる。

「……くすぐってぇんだよ。止めろ」
「む、そうか? それはすまないな」

……Wは分かりやすい。どうやら照れているらしく、顔をしかめてクッキーを食んでいる。もごもごと、乱暴なようでしっかり味わっているのが、らしいと言うか。

少し、悪戯心が湧く。
クッキーと紅茶でちょっと機嫌も良くなったみたいだし、まぁ少しくらいなら。

Wに、一歩近づく。こつり、ヒールが鳴った。
髪をとかしていた右手の指たちを、Wの顎へと這わせ、こちらへ向かせる。そう、男性が女性に迫るときに使う、アレだ。

「W」

甘めの生クリームを塗りたくったような声で呼べば、突然の事に頭がついていかないらしい。ぽかぁんとしていて、これが極東エリアのデュエルチャンピオンなんて。

「……、おい」
「ふふふ、びっくりした? 何も僕は男装ばかりじゃないんだよ?」

低めの声で放ち、悪戯に笑えば、少しすっとした。ああ、なんだかスッキリ。
Wの顎から指を離してやろうと、
したのだが。

「え、」

私の右手は、離れた途端にコイツの左手で掴まれたらしい。強く引かれれば、いつの間にか右腕はWの背中に回っていて、それはまるでダンスのように軽やかに。

「なっ……に、」
「おいイヴ」

更には腰を引き寄せられてバランスを崩される。倒れ込む中、左手でWにしがみつけば。
…………皺になりかけた白色からは、Wのにおい。それから慣れないにおいと、ダージリンの香りも、少しばかりした。
胸に飛び込む形になってしまい、迂闊に頭を上げられない。逃げようにも押さえつけられては叶わない。
……どうした、ものか。

「……あまり男をからかうんじゃねえ」

耳元で息をつく音。頭は、空白。

「いつまでも、ガキじゃねえんだぞ」

――どうして私は、弟に対してこんなに動揺している?

わけの分からないまま、Wでいっぱいだった暗い視界が急に開けた。開けたどころか、突き飛ばされていた。
予測などできず、受け身もままならずに後頭部まで打ち付ける始末。……デュエルで慣れているとはいえ、いきなりすぎて……、

半身を起こして、Wを見てみれば立って紅茶をぐびぐび一気に飲んでいた。

「……っぷは、」

呆然と見ていたら今度は上着だけ脱いで、
頭に被せられた。

「わっ! ……なに、すん」
「外の風を浴びてくる。……10分で戻る」
「Wっ、」

急いで景色を取り戻せば、Wはもう背中を向けて扉を閉じてしまっていた。

バタン。

……入った時より、重くて大きな音だった。

「……わけ、わかんないよ。W、」

立ち上がり、上着を広げる。アイツも、ずいぶんと大きくなったものだ。
何気なしに軽く羽織れば、やっぱり大きい。……今着ているブラウスだけだと少し肌寒いから、余計に温かく感じた。

丁寧さを捨てたモーションで、さっきの椅子に座ってやる。……自分にと用意したカップに、ポットを傾けた。
……アイツの真似っこをするように、マナーの欠片もなしにくったり。机にもたれれば、お皿に手を伸ばして。
いただきます。

…………いつか以来の、懐かしい味なのに、感傷に浸ることは無かった。
もそもそ、子供の好きそうな味のミルククッキーを口に運ぶ。

とても、甘かった。






そそくさと逃げるように扉を閉める。
何だって言うんだアイツは。いい加減にしろバカ姉。
溜め息も零れるし頭だって抱えたくなる。ただでさえ猫被ってファンサービスしてきた所なのに。
いきなり茶を持ってきたかと思えば甘ったるい表情で呼びやがって。

マジで何がしたいんだ、イヴ。

イライラともモヤモヤとも違うこの感じは一体、何だ?
ベランダに並んだ椅子に座る。
外は暗く、月が俺を見下ろしていた。


その紅茶は苦く冷たい




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