「遊戯ー!」

たんたんたんっ、慣れた階段を1段とばしで駆け上がる。
ママさんは買い物らしい。おじいちゃんも店番だし、子供からの馴染みで勝手知ったるなんとやら。

つまりはまぁ、挨拶だけ軽くして勝手に上がっていたりする。日常、日常。

時間は11時、お昼前。
見慣れた扉にノックする。ゲームに集中してるとこを引っ掻き乱すのはボクも嫌だからだ。

「遊戯ー、入るよー?」

……………………。

「遊戯ー?」

寝てるのかな。昨日、夜更かししたとか。
よくあることだから勝手に入る。ノックはしたし、声もかけたし!

部屋に入れば案の定、遊戯はぐっすりお休みだ。
デッキを組んでいたのだろう、ベッドのすぐ近くにカードが散らばってる。
踏まないように1つにまとめて机に置く。
…………恐らくもう1人の遊戯とデッキを組んでて、途中で遊戯が船を漕いだからもう1人の遊戯がベッドに行け、と言って片付けも忘れておやすみした所だ。
全く、子供っぽいとこは変わらない。まぁボクも前科はあるからとやかく言えないけど!

「遊戯ー、そろそろ起きなよー」
「んー…………」
「ゆーうーぎー」

ゆっさゆっさ。身体を揺らしてみる。ちょっと反応。
つんつん。頬っぺたをつついてみる。…………ダメだこりゃ。昼過ぎまで起きないぞ……。

「……せっかく来たのになぁ。ゆーうぎー、ボク1人でゲームしてるからねー?」

ゆさゆさ。もう1度身体を揺らして部屋の主に許可を取る。いけなくないならいいでしょ。

「……ん…………」

寝返りを打った。……完全に寝てるわコレ。
仕方ないからいろいろ漁ってみる。
遊戯の部屋にあるものはだいたい把握してる。けど、たまに亀のゲーム屋から下りてきたやつがあったり、懐かしいゲームが出てきてなかなか面白い。
まぁ、「ここだけはダメ!」って言われてるゾーンは流石に見てない。……とっても気になるけど。

「……? なにこれ」

なんだかずいぶん物と物の隙間、奥にある。取れなくはないからソレを取ってみる。
ビデオテープだけど、見たことないやつだ。

「んっ……、と、よし!」

発掘完了!……普通のビデオテープだ。
タイトルは……

「……ボッキン☆パラダイス……?」

何だろう。何かのルールビデオかな? けど、ボッキン☆パラダイスなんてゲーム聞いたことがない。
気になる。ボッキン、なんて言うのなら何かを折るのかな。
…………気になる。気になる!

「よし、見よう」

かたり。ボク1人分の物音が響く。
リビングのビデオデッキを借りよう。テープを片手に、ドアを開けようと手をかけた。

「……ダメだぜ、ユキ」
「ひょわあああ!?」

遊戯、っ! だけどこれは……

「……もう1人の?」
「ソレを返しな、お前が見るモノじゃない」

するり。テープを取られたのが分かった。これは取られた、というより没収に近い。

「え、どういうこと? ……ていうか、起きてたの?」
「寝てるぜ……相棒はな。するとお姫サマがイタズラをしている……。だから俺が出てきた」
「…………むぅ」

もう1人の遊戯は、物言いが優雅だ。
……そして、ちょっと……かなり? キザ、だ。今だってボクをお姫さま呼ばわりしちゃって。
未だに彼の物言いにどきまぎしてしまう。
…………そういえばパジャマ姿のもう1人の遊戯はなかなか珍しい。ある意味ラッキーなのかも。

「それはいいけど、その……テープ、何なの?」
「知りたいか?」

遊戯は、右手にテープを持ったまま、身体はそっぽを、顔だけこちらに向けている。
……テープが遠くにいくように腕を組んでいるから抜かりない。

「うん、だから見て確認しようかなって」
「……好奇心を持つのはいいことだ。だが、それが身を滅ぼすこともあるぜ」

ぴっ、と人差し指をこちらに指す。

「む、でもたかがビデオテープだよ?」
「そのたかが、に後悔する事になるぞ?」

そしていつものニヒルな笑み。それだけでこっちはなぜか劣勢に立たされているような気にもなる、あの……。
けれど退くなんてできないし、何よりもテープの中身が気になるし。

「……? でも楽しそうなタイトルじゃない」
「確かに一部のヤツにとっては楽しいかもしれないがな……そうだ、なら俺とゲームをしようぜ」
「!」

ちょっと、それはズルいってもんだ。だって遊戯は強い!

「なぁに、闇のゲームでもないしユキ自体はなにもしない……“たかが”、ゲームだ」
「うぐ……、ボクが逃げるとでも!」
「その度胸はいつも感心するよ……じゃあこっちだ」

そう言って、遊戯の左手がボクの右手を掴む。
自然にボクの手を引き、机にテープを置く。……やわらかい手だ。

「え、なに……、わっ!」

優しく引いてくれてたかと思うと、いきなり強く引かれる。追い打ちに右手で背中を押されて、ベッドに顔面からダイブした。

「……寝間着じゃ締まらないんでな……、ちょっと待っててくれ」
「う、うん……」

お布団は人肌の暖かさ。当たり前だ、さっきまでいつもの遊戯がぐっすりお休みしていたんだし。

……。

そして、ちびっこの頃から慣れているとはいえ、息を吸うと遊戯のにおいがこう……するわけで。
しかも後ろでは服を着替えてる……衣擦れの音がする。

なんなんだ、この言い様のない恥ずかしさは!
いつもの遊戯ならばむしろ「気にしなくていいのにー」とか言って笑ってから後ろを向くぐらいなのに。何故だ!
理由はもう1人の遊戯だから、なんだろうけど。そんなの分かってます……。

早く着替え終わってくれ。
熱い顔を布団にむぎゅーっと押しつける。
……なんか、遊戯がくすりと笑った気がする。気のせいにしておこう。

「終わったー?」
「……、待たせたな……」
「いや、別にいいんだけど……」

ごろりと寝返りををうって、仰向けになる。
遊戯はいつものVネックの黒スタイルだ。
こっちに向かって歩いてくる。……やっぱりアクセサリーもちゃっかりつけてる辺りはこだわりかな……。

ぎしり。……は?

「さて、ルールの説明だ……」
「いやいやいや、どうしてこうなるの」
「ルール黙って聞くもんだ……」

いや、そうなんだけどそうじゃない。
なぜ目隠しのためだけに布団に飛び込んだはずなのに、遊戯が私に覆い被さるように来ているんだ。
嫌な予感がする。これは断言できる、絶対に外れない!
逃げようともがいてみる。
……が、ダメだ。ボクの足と足の間に遊戯の足が仕切りを置くようにおかれている。
肩なんか左手でしっかり押さえつけられている。

これじゃあまるで……、

「簡単さ、俺はさっきのビデオテープの内容とほぼ同じコトをする……」
「え、ほぼ……?」
「全く同じコトはできないからさ……。俺からユキにソレをする。それに5分間……声も出さずに耐えきれたらユキの勝ち、テープを見ても良いとしよう」

イマイチ意味が分からない、分かりたくもない。だいたいの想像ができてしまっている。

「……や、やっぱテープはいいからさ、離し」
「始める前に降参か? お前らしくもない……」
「う、ぐぐ……」
「俺の勝ちとなれば……どうなる事か」

にやぁり。遊戯が悪い笑みを浮かべてる。
……最悪だ! 予想すらできないほど何か、アレな事が待っているに違いない。そんなの、恥ずかしすぎる!

「回避する方法はひとつ……勝てば、いい」

ならばこのゲーム、……ゲーム? 受けるしかないじゃないか。
いつの間にか逃げ道はなくなっている。

ぎり、と遊戯を睨んでみる。
……逆効果だったらしい。

顔を寄せられる、近い。耳元で吐息が聞こえた。口を一文字に。
ああ、上級モンスターの壁になってくれているモンスターはこんな気分なんだろう……。

ぞくりと背筋をなぞるナニカが、抵抗はやめろと言っている気がした。

ああもう、なるようになればいいんだばか。
もう1人の遊戯とは1週間口をきいてやらない事にしよう。

艶のあるその声が、息が耳にかかる。
サレンダーはしない。とことん足掻いてやる。

「ゲームの時間だ……」

自信たっぷりの声で、囁かれた。


とある休日のいたずら


「〜〜〜っ! 遊戯のばーか!」
「おやおや、反省していないのか? ならばお仕置きの1つや2つ……」
「もーやめて! ボクのライフはとっくに0だよ!」



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