「どこへ行くんです?」

カツン、靴音が響く。
反射的にに振り返れば、暗闇に紛れた人影。
片仮面が印象的なその影は、少しずつ…かつ、かつ、わざとらしく靴音を響かせる。

「…今日こそは。私の言うことを聞いてもらいますよ…」

いつも優しい左半分の顔も、今はどこか恐ろしささえ感じる。

「……い、いやだ……!」

うまく力の入らない体が恨めしい。がくがくと膝が笑ってしまう。
それでも必死に逃げようと、足を動かしてみる。……転んでしまった。

「ほら、うまく体が動かないのでしょう? こちらへ戻って下さい」
「……やっ…!」

最後の抵抗に、しりもちをついたまま後ずさる。絶対、いやだ――!

「……そんなに嫌ですか? なら仕方ありませんね」

くい、彼が右手で糸を引っ張るような動きをした途端、

「ひ……、!?」

金、縛り――?
目の前の彼はクスクス笑っている。かつ、かつ、また靴音が響く。
どんどん近づいてくるのに、体は動かない。ああ、負けだ――そこで私は、抵抗を諦め、四肢を放り投げた。






「……全く。なぜそこまで嫌がるんですか」
「いやなものはいや…!」
「たかが3包じゃないですか」
「にがい」
「当たり前でしょう」

ほら食べて下さい、と彼は特製だろうお粥を差し出す。
もうあと4〜5口で無くなりそうで、ちょっと名残惜しい。

「……だって苦いのきらい……」
「駄目です。何日床に伏せていると思っているんです」
「うぅ……!」

カレンダーは私が熱を出した日から6日進んでいる。
薬を飲まないから治らないのもわかる。
でも!

「…………いや」
「金縛りにかけた上で無理やり飲ませましょうかねぇ」
「ひ、ひどい!」

そんなの絶対にむせてしまうじゃない!
また差し出されたスプーンを口に含む。
話しながらそうしていれば、すぐにお粥は無くなった。

「……う、」
「さぁ、飲んで下さい」

もう準備万端、空の器の隣にはしっかりと水の入ったコップと3つの粉薬。
とりあえず、手に取る。
にらめっこをしても変わりはしない。

「……ねぇ」
「何ですか?」
「口移しでのま」
「自分で飲みなさい」

ひどい! なんでこういう時だけ紳士放棄するの!
顔で訴えても彼は知らんぷり。

ああ、逃げたい。捕まるけど。
どうやら彼も今回は折れない様子だ。

「……ジズのドS……」

私はただ、恨めしそうに呟いた。

背後と足音


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