昼下がり、もう夕方に入る時間。
ソファーに腰掛け、こくり船を漕ぐ、城の主。

(……首、落ちないといいけど)

うたた寝する主…ジズの膝に、そっとタオルケットを掛ける。
足と腕を組んでいる格好は彼の見え隠れする高飛車さを表すよう。
しかし、その顔はどこかあどけなさが漂っている。

(……ちょっと、かわいい、かも)

たまにジズが幽霊であると忘れてしまう。
一応五感すべてが揃っているらしいが、やはり生きている人間よりは鈍いらしい。
なので、季節の変わり目程度で、彼が寒いと感じる程でもなければ風邪をひくこともなく。
タオルケットなど、必要性がないのだが。

(……仮面、取ったら怒るかな?)

人間と同じように扱ってしまうのは仕方ないだろう。
特別な感情を抱いているなら、尚更。

(あ、そうだ……寝てる、今がチャンス)

単に寝込み狙ってるだけじゃん。
そう言ってもちょっとした悪戯心が湧いたが最後。
ジズの隣に腰を下ろす。ぐ、とソファにもう一人分の重さがかかる。
あ、でも仮面を脱がすのもいいけど。彼の丹精な顔を見ていると、胸が騒ぐ。
少しだけなら。
そうっと、そうっと仮面に手を伸ばし――

ちゅ

左頬に、軽くキスした。
…刹那、時を置いた瞬間、体が少し揺れた。いや、揺らされたというべきか。
ガッ、と強く手首を掴まれる。焦る。頭が白くなったけど逃げられないことはよく分かる。はっとみると不適に笑うジズが見えた。
……あ、ヤバい。時既に遅し。というか起きていたの?


「……ユキ」
「……え、」
「何を、しているんでしょうかねぇ?」

緊張感に枯れた声はかすれて、え…あ…、と繰り返すばかり。

「人がうたた寝している時にキスとは……どういう事か、どうしてこんな事をしたのか……説明して貰いましょうか?」

ニヤニヤしており、楽しんでいる様子。
ジズ、こわい。ドS。頭には混乱しかなく。
とりあえず反抗。

「……、ジズ、人間じゃない……幽霊」
「そんな屁理屈言えるのなら先ほどの事も説明できますよねぇ?」
「ゴメンナサイ」

状況、悪化。
どうやら話すまで、逃がさないらしい。
ジズはたまにこういうことがある。ちくしょう。
キスするなんて、好きだからに決まってる。けどそんなの言えない。言えるわけがない。恥ずかしすぎる!
そもそも思いを告げていないのだ。ジズは遊んでるつもりなのかな、でもでも。
今は言うしかないわけだけれど。
ニヤニヤ……ああ、これは完全に遊んでる時の目だ。最悪。
ジズはちょっとじゃれてるつもりなんだろう、でも私にとっては死活問題だ!
でもでもでもでも。

「ユキ、さぁ早く。言ってください」

あああ、急かさないでよ。今言うからさ、うん。勇気を出して、息を吸う。

「…ぃ……から…」

必死に、ぽつり零すように出した音はどうにも声にならない。
情けない。もっと頑張って! 勇気をだして……っ!

「聞こえませんよ?」

知ってます。だって恥ずかしい。今度はさっきよりもっと息を吸って。
ええいこうなったら八つ当たりだ。そうでもしないと言えやしない!

「…、好きだからだよおお!」

全く、もう、…………!
こんな色気のない告白、あるもんか。

くす

一瞬笑いが聞こえたような、でもすぐにどうでも良くなった。
私の左手首を掴むジズの右手。
空いた左手が、背中に回り、抱き寄せられて。
近い。距離はほとんど0で、早鐘を打つ心音が伝わりそうで。
え、何? なんでこうなってるの?

「――――知ってます。」

ジズの声は耳元で……吐息がかかるほど近くで聞こえた。
ざわり、2回りほど大きく心臓が騒ぐ。弾けるんじゃないだろうか。

「あれで、気づくなという方が難しいほどです。」
「……え…」
「あれほど愛おしそうに見られたのは久々でしたよ?」
「な………………、」

久々ってことは見られた事あるんだねコノヤロウ。
……まぁ、500年生きてればあるだろうけども。
余裕を見せられて、少しだけ悔しい。けどああ、それどころじゃない。

「フフフ、ユキ?」
「な、なに」

背中の腕が少し緩んだ。
私はジズの肩を押して、少し距離をとる。30センチ離れているかどうか。十分近い。

「……私も、ユキを愛していますよ。」

何か柔らかいものが、くちびるに。
……やられた。
くちびるを、奪われた。何もできずにそれこそジズの人形コレクションの如く私は動けなかった。

一瞬で離れたものの、次はまた抱きしめられ、今度はうなだれるしかなかった。

かわいいですねぇ、初めてでした?
ちょっぴりいじわるな彼は笑う。
うなだれる私は、うっさいばぁか、と火照る体をジズに預けた。

……ロマンチックではなくても、こういうのもいいかもしれない。


いじわる禁止令


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