ちっぽけな、プライドを守ることで必死だった。
がらりがらりと崩れる城に、一人で篭った。
失うならば、得なければいいと嘘をついた。
これ以上何も得なければ。そうすれば。これ以上に、この手にあるものしか失わない。もう、この手に残っているものは、無いだろう。
大丈夫、僕はもう孤独なんか感じない。
もう、孤独なんだから。大丈夫だ。

「    」

口にしてはいけないと、はっと思った。
がらりがらりと崩れる城に、一人で篭った。
はずなのに。

「Ciao」

こんにちは、と聞こえた。
なぜ、声が? ここには僕しか居ないはずなのに。他にはどんな生き物もいないのに。

「…どうしてこんなところに居るのです?お嬢さん」

僕は椅子からよたよたと立ち上がりその人を見た。
緑色の肌と片仮面が印象的だ。どう見ても、ヒトとは呼べないだろう。
彼は品の良い黒の紳士服に身を包んでいた。帽子についたふわふわとシャボタイが胸元で揺れていたのが、目についた。



「……  ?」

……だれ?

発しようとした声は、震えずに音にならなかった。もうどのくらい永く喋っていなかったか。
おかしいな、歌ってはいたはずなんだけど。

「これはこれは珍しい。……永遠の命ですか。」
「………?」
「どれだけ外傷を受けても、どれだけ飢えても、お嬢さんは死ななかったでしょう?それは、”永遠の命”を得ているからなんですよ」
「………、」
よくわからないけど、この人の言うことが本当なら、僕は死ねないらしい。
ただ納得した。だから死ななかったんだ。
内乱でこの国の人が全員死んでも、それからごはんをほとんど食べなくても、ここで死を待っていても、僕は生きてたんだ。
「ですが、いけませんね。これでは不完全です」
「…… 、 …、?」
「術者の黒魔法のみが残っていて白魔法とのバランスと調和が乱れている…このままでは負の気が七罪を完全に蝕んで――」
「?」
「あ――お嬢さんには魔法の知識は?」
魔法。たしかお父さんとお母さんが使っていたはずだ。
僕には分からない。首を横に振った。

「ふむ……簡単に言いますと、お嬢さんに永遠の命を与えたものが居なくなり――このままではあなたは感情すべてを失い、ただそこに”生”きているだけになります」

よくわからないけれど、それは感情すら共にない、永遠の孤独になるってことだろうな、と思った。忘れ去られることが存在の死なら、こちらは自身の死……きっとそれすら感じられないのだろう。
……いつか忘れた恐怖がぞくりと体をなぞった。

「お嬢さんが望むなら」
仮面の人が、笑ったような、悲しんでるような……わからない。
「私が術の主になりましょう。……ですがそれは、私と永遠を共にすることになります」
「       」
でも、貴方もいつかいなくなるんでしょう?
ここにいた、みんなのように。

音にならない声で、仮面の人に告げた。
どうせ、失ってしまうならこれ以上は得ない。
ちっぽけな、僕の――

「いいえ。居なくなりませんよ。」

僕は下を向いていたらしい。
その人が跪いたのか、黒の革靴が目に写る。
「私も、滅ぶことを許されない永遠の命を手にしていますから」
信じられない。嘘だ、そんなの、嘘だ…!
でも僕の目にはなぜか雫がたまる。居なくならないと言うその人を信じたい、と。

「……お嬢さんが望むのであれば」

その人は手を差し出した。


「禁じられた、命の契約を」





契約。それは絶対に覆りはしない、永遠の鎖。魔術用語では、広く誓いを立てる事を指す。

それは僕がジズと契約を交わす前に教わったことだ。
そのときは額にあった黒いトカゲの刺青のような印は消えて、今度の契約では胸に黒い薔薇の印が刻まれた。
ジズがなんで”永遠の命”を得ることになったかは聞いてない。
僕も、なぜ永遠の命を得ることになったか話してないし、これでいいと思う。
ジズが話せば、僕が話せばいいし、僕が話せばジズも話すだろう。
そんなもんで、いい。

「ねえ、ジズー」
「なんですか、ユキ」

アフターヌーン・ティーの時間だ。
僕はやっぱり空腹を感じることもないけれど、最近はジズの紅茶を飲まないと落ち着かない。
幸せな、ことだと思う。

「僕、あの時ジズが来てくれてよかったよ」
「おや、私はもともとあの国…城に何かよいものはないかと物色していましたが?」
「別に、滅んだ国だし持ち主居なかったしいいんじゃないの? そんな目的でも来てくれてよかったよ」
「…急にどうしました? そんなに改まって」
「あの日の夢を見たんだよ。…夢といっても、過去夢でね?」

過去夢……過去にあった、体験した事を夢で見ること。
そして、その時の感情が自分に流れ込み……、感情を、体感する。

「すごく…虚しかったよ。虚無ばっかりだった」
「あのときのユキは朽ち行くのみでしたからね。…よく存在していられるものだと思いましたよ」

そのときの僕はほとんどそこに在るだけだった。
感情が欠落して…存在していなかった。
判断力はしっかりとあったらしい、けれどほとんど無感動で。

「傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲…七罪である負の感情を失うのは、正の感情も共に失うことですからね」
「……びっくりした。こんなに、からっぽだったんだって。」

だから、だからこそ。

「だからね…ジズが、あそこから僕をすくい上げてくれて…よかったなぁ、って」
「……いいえ、私はただユキを私の…言ってしまえば、奴隷にしただけです」
「奴隷って。でも僕は友達ができたって思ってるよ? 楽しいしさ」

くすりと、仮面の下の顔が笑った。暖かな笑みだ。
これも、欠落した感情では感じ取れなかっただろう。

「おいしい紅茶が飲めて、おいしいって思えて、ジズと居られて、幸せだと思ってるよ。」
「おやおや、それはとてもな褒め言葉ですねぇ。私も、ユキと居るようになってから毎日が楽しいですよ」

自然と頬が緩む。
ティーカップ片手に、僕らという闇の存在は。
午後の緩やかな陽に、包まれていた。



あなたと永遠の時間を


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