いつか

『もしもし、真ちゃん?』

「何なのだよ。」

『んー…ちょっとさー。
近いうちにどっかで会えねぇ?』

高校を卒業してから5年が経った。

別々の大学に進学し、別々の道を歩んでいる。

俺は医大の大学院に。
高尾は確か、名の知れた有名企業に就職しているはずだ。

細々と続いているメールでそんなことを言っていた。

「別にいいのだよ。」

『じゃあ…。』

指定された場所は、母校である秀徳のすぐ近くにある居酒屋。
日時はあさって。土曜日の20時だった。



「真ちゃん、こっちこっち!」

「あぁ。」

騒がしい店内で自分に向けられた声。
それを頼りに進めば、目的の人物にたどり着くのは容易だった。

高校時代に比べてすこしだけ大人びた顔の高尾がそこにいた。

「…久しぶりだな。」

「久しぶりー。
真ちゃん、相変わらず目立つねー。」

「お前の声には負けるのだよ。」

「ほんとに〜?照れるなぁ!」

「褒めてないのだよ。」

まったく……もう疲れた。

「ご注文はお決まりですか?」
と、おしぼりを運んできた店員に訊かれ、とりあえずビールを頼んだ。

正面を向きなおすと、高尾が意外そうにこちらを見ていた。

「真ちゃん、ビール頼むんだね。」

「そんなに意外か?」

「ていうか、ビールよりも日本酒とかの方が好きそうなイメージがあったからさ。」

よく言われる。

別にビールも嫌いじゃない。
だが、付き合いなどの場では必ず一杯目はビールなのが普通だ。
もうそれに慣れてしまったのかもしれない。
一杯目にビール以外の飲み物を頼むことは、いつの間にかなくなった。

それを伝えれば、
「へー、院まで行ってもそういうオツキアイってあるんだねー。
こっちはしょっちゅうお偉いさんと一緒に行かされて、呑まされるけど。」

と、いう返事が返ってきた。

「大学の頃からそういうことはあっただろう?」

「うん、まぁそうなんだけどさ。
それでもなんか意外だったんだよ。」

「それは偏見だ。
それで、用とは何だ?」

運ばれてきたビールと煽った。

「俺さ、来週結婚するんだ。」

何でもないようにさらり、と告げられた言葉。

その瞬間、何かがストンと落ちる気がした。

「結構……そうか。おめでとう。」

「んっ。サンキュー。
それでさ。スピーチでお前に頼みたいんだよな。
ほんと、急で悪いんだけどさ。…でも、考えてみたらやっぱりお前しかいなくてさ。」

「…あぁ、構わん。
先輩たちには声をかけたのか?」

「もち。宮地サンも大坪サンも木村サンも来てくれるって。」


そこからどう話が流れていったのかわからない。
取り留めのない話をしていたのかもしれないし、まだ結婚式の話が続いてたのかもしれない。
けど、何故か内容は何一つ覚えてなく、気づいたときは既に帰り道だった。


「俺さ、結婚する前に真ちゃんと話せて良かったわ。」

「何を言ってる。
話などいつでもできるだろう?」

「普通の話しはな。
………真ちゃん、今から言うことは忘れろよ。」

「は?」

何を言ってる、その言葉が続く前に高尾の言葉が出た。

「俺、高尾和成は緑間真太郎の事が大好きでした。」

夜目にもわかる。
真っ直ぐで、長らく見ていなかった試合の時の目だ。

「高尾。」

「じゃあな、真ちゃん。
来週の披露宴、頼むぜ!」

制止の言葉が届く前にヤツは走り出していた。

「高尾…。」

好きだった、ということはもう整理を付けたのだろう。
けど、たった今気持ちに自分と相手の気持ちに気づかされ、動揺した俺の心はそう簡単に…
ましてや1週間という短い期間で整理を付けろ、という方が無理な話だ。

「高尾……高尾…。」

必死に相手の名を呼ぶ声は誰にも届くことはなく、ただ夜闇に消えた。



そして、やはり。
1週間、という時間はあっという間に過ぎ去り、

10月6日
高尾の結婚式が開かれた。




「緑間、」

「はい。」

「高尾にスピーチを頼まれたんだってな。」

「はい。」

「泣かして来い。
いいな、これは先輩命令だ。」

この場においても、あの頃から一切変わらない。
長い間会っていなかったというのにあっさりとあの頃へと戻される。

「では続いて、緑間真太郎さんのスピーチです。」

巻き起こる拍手の中、静かに席を立つ。

「まず始めに、お二人のご結構、心より祝福します。」

すぐ隣にいる両者へ向かって一礼する。

するとまた拍手が起こった。

「新郎の高尾とは高校の3年間しか付き合いはありませんでした。
しかし、その3年間、高尾のおかげでかけがえのないものをたくさん得ることができました。
“チーム”の素晴らしさ。
そして、そのチームとしての勝利した時の喜び、そして敗北を喫した時の悔しさ。
どれもきっと自分1人だったら知ることなく、ただ無意味に勝利し、敗北してたことだと思います。
チーム内で孤立していた自分に声をかけ、正面から言ってきた言葉を忘れることは一生ないと思います。」

“俺、中学の時一度お前とやって一回に負けてんだけど。”
“悔しくて引退後も練習続けて…そんでいざ高校進学したら笑うわマジ。”
“絶対倒すと決めた相手が同じ仲間として目の前にいやがる。”


あの時、コイツはどんな気持ちでこの言葉を言ったのだろう。

“そんなつもりねーだろうけど。
むしろまだ認めんなよ。”
“オレはただお前より練習するって自分で決めたことをやってるだけだ。”

そのうち思わずうなるようなパスしてやっから、覚えとけよ真ちゃん!


第一印象は良かった、なんて言えるようなものではなかった。
しかし、そのヤツから色々なものを教えられた。

3年という短い時間だった。
けれど、その3年は今まで過ごしたどの3年よりも大切でかけがえのないものになった。

高尾、俺はー…

「1人の友人として、2人が幸せになることをこころから望みます。

高尾、幸せにするのだよ。」


お前を愛してる。

「サンキュー。
マジ、お前最高のダチだわ。」

忘れるなんてことは一生で着ないだろうけど。

いつか笑って言ってやる。


「あの頃の俺はお前が好きだった。」と。

ちゃんと過去形にして。


そうだな。
10年後の今日にでも。



end

ほんとなら幸せなのを書くべきなんでしょうが
そんな空気もぶち破るのが自分です(どや←

こんな話を書いといてなんですが、高緑には幸せになってほしいです。

余裕があれば、ちゃんと幸せなのも今日中に書きたいです。



2012/10/06.




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