『あの優しげな声と笑顔に俺は──』



目覚めた時、視界いっぱいに少女の顔がうつった。あまりの近さに思わず俺は身構えた。が。

「よかった、起きたんだね!」

破顔した少女の顔。この国の住民の特徴である茶色の神の中に微かな赤味。
それよりは薄い色合いの瞳がほっとしたように温かい光を宿すのに思わず凝視してしまう。
そんな俺の視線に少女はかすかに首をかしげたものの、すぐに柔らかく微笑む。


「道の上に倒れこんでたんだけど…覚えてる?」


「──まぁ…いちおう…」


十代目から預かった任務に成功したものの、些細なミスで傷を負ってしまったのだ。
走る激痛に気を失ってしまったことはたしかに覚えていた。


「それをあたしが見つけて拾ってきちゃったのですよ」


「拾ってもらったのはありがたいけどな…」


あまりにも軽い言い様に顔をしかめると少女はおかしそうに笑った。


「だって外国の人なんてはじめてみたし……ねぇ?」


「ねぇってなんだ、ねぇって」



わけがわからん。呆れてため息を吐こうとしたつもりが何故か苦笑を浮かべていた。あまりにも明らかに笑う少女につられてしまったのだろうか?
十代目が正式にボンゴレを継いでからは滅多になかったどこか懐かしい空気───



「傷はいちおう塞がったけど…まだ無理をしないでね…って言ってる側から立ち上がらない!」


「世話になった。けど帰んなきゃいけない場所があるんでな」


「ぁ………」


ズキリと痛んだ腹を無視して立ち上がった俺を止めようとする手が宙を切った。
動揺。
切なげな瞳がゆらぐ。
その奥にあるのは───
俺にはわからなかった。
けれども視界の端にうつったその光が忘れられなくて。思わず振り向く。
少しだけ曇った、あの優しい笑顔があって。


「……もう…そっか…帰る、場所があるなら引き止めちゃダメだよね……」


「───べつに急いでるわけじゃない」


名残惜しい、というよりは悲しげな表情を見て無意識に手を少女の方に回していた自分に驚く。急な行動に目を大きく見開く拒絶はなかった。


「傷が治るまで、いていいか?」


真っ直ぐに赤茶の瞳を見つめる。かたまったまま少女は俺を見つめて、そして破顔した。
揺らいでいた瞳に活発的な光が戻り、そして心から嬉しそうな笑顔を浮かべる。




この時、俺たちはもう恋に落ちていたのかもしれない。










『運命はひどく残酷だから─』

──その時はわからなかった言葉が蘇る。いつもの笑顔、優しかったあの瞳。それを曇らせ、諦めきったような───泣き出しそうな顔は忘れられない。
あの時俺は何といった?
─運命なんかはねのければいい
そんな無責任で根拠のない答え。嬉しそうに顔をほころばせた少女。あいつだけは守る──
───そう決めていたのに。





「か……」


「…やっと来たんだね、隼人」


ミリアは微笑んだ。曇りのない優しい笑顔。ただ、いつもは、はねまわる元気な声がひどく落ち着いていた。静かで、覚悟をしている。そんな声音。


「待ってたの」


「ミリア、俺は────」


「わかってる」


最初からわかっていたから。
拳銃を片手に扉を開けた俺を招き寄せる白い腕。細くて、たよりない、少女の腕。


「…………」


「…………」


部屋の中、窓枠に腰掛けていた少女のとなりにそっと腰をおろす。無言の時が流れる。手の中にある冷たい金属の引き金をひかなければいけない。わかっては、いるのに。


「……あのね」


「………」


「あたしは今幸せなの。」


弾かれる様に顔をあげた俺に笑いかけるミリア。それは確かに幸せそうで。輝いているともいっていい。


「隼人に会えて──
楽しかった毎日を過ごして。
できないってあきらめてた恋をして」


「…ミリア…」


少女は知っていたのだろう。
自分の立場を。
定められた運命。


「そして大好きな人に抱かれて眠れるんだから。あたしは──幸せだよ」


「ミリア……ッ!
ごめん……ッ俺は───ッ!」


「隼人……───」


堪えきれなくなって少女のきしゃな身体を抱きしめる。
ふわりと広がる鈴蘭の香り。
優しく笑う声。


「ごめんね──でも」

せめて貴方の手で眠りにつきたい。あたしの最初で最後のわがまま。

───きいてくれますか?



黒い背広が血に染まっていくのも気にかけず、少女の屍を抱きしめる。
心臓に弾を受けて、赤黒く染まった緑の服。俺の目の色と同じだと笑って、よく身につけていた。
あの優しい笑みを浮かべて、幸せそうに微笑む顔にかかった髪を手で払う。

───これでよかったんだ


《ありがとう、隼人》


───俺はこれで……


《大好きだよ……ごめんね、隼人》


「よかっ…たんだ……ッ」


あいた窓から入り込んでくる雨。冷たく打ちつけるそれからかばうようにもううごかない身体を強く抱きしめた。濡れていく背中、髪………頬。


《笑ってて、あたしの分も》


「どう……してッ……!」


最後まで、最後の瞬間まで笑っていた少女。数週間の思い出が蘇る。たかが数週間。されど数週間。その間、ずっと笑っていた少女。


「ミリア……ッ」


《あたしは幸せだよ……》


少女の最後がはっきりと目に焼き付いて離れない。命を預け、預けられ、出会った時からずっと慕っていた十代目。十代目を裏切ることなんてできない。
だから俺は間違っていない…
のに。

「どうしてっ!?」

涙が止まらない……?





そしてその後、ボンゴレは民衆の怒りにより壊滅。ボスであった十代目ボンゴレは処刑。
誰も知らない。
唯一の右腕が彼の身代わりとして死んだこと。笑みを浮かべて、少女を追ったことを────









───────
砕夜 密様より
(悪ノ召使、悪ノ娘パロ獄寺夢)



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