抱えた書類を落とさないよう、ドアを開ける。
つい先日、うっかり手を滑らせた書類はそれはそれは頭の痛くなる文字数で埋まった数十枚にわたる資料で、ディーラーのトランプのようにはいかないそれらをそろえるのに時間と労力を割きすぎた。もうあんな思いはごめんだ。
足を踏み入れた先、数人の見覚えのある顔がこちらに向いて、にっこりしたり、かるく頭を動かしたり。
そんな中で、こちらに一瞥もくれないのは昨日も今日も同じ人物だ。
「こんにちは」
軽い会釈をして進み出たのは、当人の机。
「……ああ、その書類か。待っていたんだ、手間をかけたな」
差し出した書類をご丁寧に一枚ずつ確認して、ようやく顔をあげたその人。
お およそ問題はないだろう、ご苦労。そう告げると、その一言のために律儀に上がった視線はすぐに手元へ戻る。
先程からちらちらと書類から意識を逸らしているのは、一年生の役員だ。おおよそ、愛想がない、そんなことを考えているのだろう。二年生の役員の顔に動揺はない。
愛想がない。そんなことはない。
オンとオフの切り替えがはっきりしすぎている副会長は、生徒会室で無駄な愛想を振りまかない。
しかし、決してその仕事に対する評価と労いは忘れない人だ。あまりにもさりげなく終わらせてしまうから、気付くのに少し時間がかかるようだけれど。
放課後の規定時間、終了五分前の正門前。アイドル科の門をくぐれば、夢ノ咲学院生徒会副会長蓮巳敬人は、少し地元で名の知れ た少年に戻る。
向かう方向の違う相手に挨拶と一礼をして頭をあげると、簡潔ではあるがお疲れ様、と最大級の労いがかけられる。どうやら、今日の仕事は及第点を受け取れたようである。
こちらこそ、と返事をしてくるりと向けた背に、突き刺さる視線がある。
転入から数週間で気付いたその視線、主はわかっているし、別段気にする類のものではなく、私の方では放置を決め込んでいるが、そろそろ動きがあるだろうか。
お互いに背を向けて歩き出した、反対側の人の数十歩先のバス停に佇む人影。部活終了時間ぎりぎりまで居残るとこの時間になる、お互いに、図らずとも。
さて、満更でもないのか。
とにもかくにも、私に弊害が出なければ関係のないことだ。



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亜桜麻槻様より







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