440000hit(みぃ様/ペタ)





ペタはたぶん、チェスの兵隊の中で一番忙しい人だ。参謀、という立場の彼は司令塔たるファントムやクイーンが思い描く展開を実現するために、日々行動している。そしてそんなペタの恋人、という立場にある私はといえば…


「いらん。必要ない。下がれ」


何かお手伝いしようか、と声をかけたその返答が、この冷たい3コンボだ。しかしこんなのはいつものことなので、私も食い下がることなく、大人しく部屋に戻った。確かに私は、そこまで強いわけでも頭が良いわけでもないので、手伝えることなどたかが知れている。そんな私に何をさせるか、考える時間すら惜しい、と思われているのかもしれない


「(私って役立たずだなぁ…)」


いつものことであろうと、好きな人の力になれないというのは、やはり辛いもので。ペタはあんな冷たい言い方をするけれど、そこに悪意がないことは分かっている。というか、そうであれば、流石に恋人関係は成り立たないと思う。役立たずの私でも、ペタはちゃんと大切にしてくれているから、私たちは恋人でいられるのだ。それでも。たまには必要とされたい。力になりたい。そう、願う…







「ペタ様、仰せだった件、処置が終わりました」
「そうか。よくやった」
「勿体無いお言葉です」


扉の向こうで繰り広げられる、理想的な上司と部下の会話。部下というのは、私より少し年上の、綺麗な女の人。たぶん私より強い。言葉にしない部分までよく気が付いて、仕事が早いので重宝している、とペタが前に言っていた。心から尊敬する。本当に、尊敬は、している。彼女のおかげでペタは助かっているんだから、私も喜ぶべきなんだと思う。…だから、心の奥の方の、一番暗い部分で"羨ましいなあ"とか"私があの人だったら良いのになあ"とか思ってしまうのは、私の心根が醜いからだろう


「(だめだ…後ろ向きになってる。笑顔で、いなきゃ)」


扉を通り過ぎた先の、廊下の窓を開けて、大きく深呼吸をした。役立たずだけど、ペタのためにしてあげられることなんてほとんどないけど。"お前の笑顔が好きだ"って、一度だけペタが褒めてくれたから。私は何があっても、笑顔を作る。ペタの前では、絶対に笑顔でいる。それが、数少ない、私がペタのために出来ることだから


「よし」


外に向かって、笑顔の練習をしていると、後ろを先ほどの女の人が通った。ペタとのお話は終わったのだろう。私の後ろで立ち止まったその人は笑って、


「こんなところで油を売る暇があるなんて…いい気なものね。ペタ様は休む暇もなく、あんなに働いていらっしゃるのに」
「あー…、ははっ、役立たずなもので。力及ばず」


言い返す言葉の持ち合わせがなく、曖昧に笑うしかなかった。しかしそれが気に入らなかったのか、彼女は柳眉を逆立てた


「貴女はいつも、ヘラヘラ笑うばっかり!ペタ様のために出来ることを見つけようともせず、恋人という立場に胡坐をかいて…っ!どうして貴女なの…。私なら、もっとペタ様の力になれるのに…」
「…あはは」
「言い返す気概もないのね。ペタ様は、貴女のどこを好きになったのかしら。…悔しい」


それだけ言って、彼女は足早に通り過ぎていった。だって、何も言えないんだから、仕方ない。ペタが私のどこを好きになったのか、なんて。そんなの私の方が聞きたい。ペタのために出来ることだって、初めは色々試してみた。お仕事のことは手伝えなくても、お茶淹れたり、執務室を整頓したり。でもどれも、ペタの邪魔になってしまう方が多かった。だから段々、ペタがお仕事をしているときは、執務室には近寄らなくなったのだ。それでもたまに、何か手伝えることない?なんてご機嫌取りみたいに顔を出しては、例のごとく冷たく追い返されてしまうのだけど


「私、なんでペタの恋人やってるんだっけ…」


なんて考えるようでは、まだまだだ。そう思っても、顔に出さないようにしなくちゃ。聡いペタに、悩んでる、なんて気付かれないようにしなくちゃ。だけど、


「不満か?」


後ろから聞こえてきた、いかにも不機嫌な声に、私の肩は分かりやすく跳ねた


「ペ、タ…?」
「…、」
「…、」


その眉間には深い皺が刻まれている。後で解してあげなくちゃ、と場違いに思った


「お前は、私の恋人でいるのは、不満か?」


言葉を足して、ペタはもう一度問うた


「そんなわけない!……けど、」
「けど、なんだ」
「不満があるのは、ペタの方じゃないの」
「…、」
「あはは、なんてね!冗談だよ」


いけないいけない。不機嫌顔なペタにつられて、私まで暗い顔してた。ペタの前では笑ってないと。しかしペタは更に眉を吊り上げ、唇を歪める


「(あ…本気で怒った顔)」


なんて冷静に観察しながら、私は笑顔を崩さなかった


「何故笑う」
「え?あの、」
「お前の無理をした笑顔など、見たくもない」
「……、」


ざくり。ペタは残酷に、私の心をナイフで切り裂く。数少ない、私がペタのために出来ることさえ、ペタを苛つかせているなら。そしたら、私って、一体何の意味があってここにいるんだろう…。笑顔を崩せないまま、俯く様の、なんと無様なことだろう


「じゃあ、もう、私がペタの側にいる意味って、ないね」
「…お前、」
「ごめんね。役立たずで。ペタのために、何もしてあげられなくて。何の価値もないのに、今まで大切にしてくれて、ありがとう。もう…私に付き合って、時間を無駄にしなくていいよ」


くるり、と踵を返して走り去る。未だ崩せない笑顔の隙間から、熱い滴があふれて、一層惨めな気持ちになった








「あーあー、私、ほんと馬鹿だなあ…」


後ろ向きな発言をしていることに気付いて、つい口を塞ぐけれど、もう無理をして明るく振舞う必要はないことを思い出して、無表情のままにため息を吐いた。部屋に一人でいると気が滅入りそうだったので、誰かに愚痴を聞いてもらおうと扉を開けようとする。と、


「あ…。なんで、」
「なんで、はこちらの台詞だ。馬鹿め」


扉を開けた先にいたのは、ペタだった。言葉ほどには、顔は怒ってないみたいだ。どちらかというと、呆れた、という方が近いかもしれない


「自分の言いたいことだけ言って走り去るなど、どういう了見だ」
「…、」


バツが悪い、というのはこういうことを言うのだろう。視線を合わせるには決まりが悪すぎるので、床を見つめるよりほかない


「私の側にいる意味がない、など…。何の価値もない、など…決めつけるな。私の言葉を聞きもせずに」
「聞いたよ。私が何をしても、ペタは"勝手なことをするな"とか"邪魔だ"とか"必要ない"とか。いつだって、役になんて立てなかった。それは、そういうことでしょう?」
「だから勝手に決めつけるな、と言っている。適材適所という言葉を知らんのか。無理に私の仕事を手伝う必要はない」
「だから私…せめて、笑顔…頑張ったよ。何にも出来ないけど、ペタの前では、ペタが好きって言ってくれた笑顔でいよう、って。でも、ペタ、見たくもないって。そしたら、もう私に出来ることなんてないもん」
「…馬鹿め。そんな言葉を真に受けるなど、」


私の中では、何よりも大切だった言葉を否定されて、流石にカチンときた


「そんなふうに言わないでよ!私にとっては、唯一…ペタに褒められた、大切な…言葉だったんだから、」
「確かに今でも、お前の笑顔は好きだ。いつでも笑っていてほしい、と思っている。が、それは無理して笑えと言っているわけではない。辛いことを隠して、無理した笑顔など…向けられても苦しくなるだけだ」
「…苦しかった、の?」
「当然だ。辛い、と心を明かしてもらえぬほど、私は頼りにされていないのだ、と思うに決まっている」
「…そ、っか」


やっと、気付いた。ペタも私と同じだったんだ。頼りにされないことに、苦しんでいた。私が、無理をして笑うたびに。私が、ペタの役に立てないことを思い知らされるのと、同じように


「ごめんなさい。もう無理して笑わないよ。ありのままの心を、ペタに、見せるから」
「ああ。…ところで、そろそろ中に入れてもらえないだろうか」
「あ…」


いつまでも扉のところで立ち話をしていたことを、やっと思い出した。慌ててペタを中に招き入れる


「あの…でも、良かったの?お仕事忙しいのに、私のために、」
「私がどれだけ休みもなく働いていたと思う。たまには休ませろ」
「うん、分かった。じゃあ、今日はペタのお願い、何でも聞くね」


ああ、そうか。やっと、分かった。あの女の人にも、どんなに有能な部下にも出来ないこと。私だけが、ペタにしてあげられること


「…それなら、まずは膝でも貸してもらおうか」
「いいよ。お安い御用」


ベッドに横たわって、私の膝を枕にするペタの、細い髪を撫でる。眉間は真っ直ぐ、口元は穏やかに笑っている


「(あ…とっても安心してる顔だ)」


他の人にとっては、きっととっても些細なことで。取るに足らない、些末なことかもしれないけれど。こうしてペタを安心させてあげられるのは、穏やかな顔にしてあげられるのは、私にしか出来ないことで、私だけの宝物だ


「見つけたよ。ペタ…。私が、ペタの側にいる、意味」
「ほう。なんだ?」
「きっと。きっとね。ペタを甘やかしてあげられるのって、私だけだと思うんだ」


ペタは否定も肯定もしなかったけれど。ふっと口元に浮かんだ柔らかな笑みが、私がペタの側にいる意味の、全てだと思った


名前を口にしてみた
(ペタ)
(なんだ)
(呼んでみただけ。呼ぶと幸せだから)
(名前)
(なあに)
(呼んでみただけだ。愛しい女の、名前だからな)

2014.08.25 サリ
(せっ切なくするつもりだったんですよ…途中までは←)
(ただしオチを作ろうとすると、どうしても甘々になってしまう力量不足は本当に申し訳ないです^^;)
(そして大変遅くなってしまいましたが、全力でみぃ様に捧げ奉ります!)



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サリ様より

またまた頂いてしまいました!!
毎回きゅんきゅんたまらないペタ夢をホントにありがとうございます…!!










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