相変わらず獄寺は授業を聞いていなかった。
ノートも鉛筆も出さずに、ただ長方形の綺麗にラッピングされた箱をじっと見つめている。


「こらぁ、獄寺!!せめてノートくらいだせ!!」

と教師に怒鳴られようが。

「おい、テメェが獄寺隼人か。ちっと面貸せや。」

と上級生に教室まで乗り込まれようが。

「獄寺君、次教室移動だけど………。」

と敬愛する綱吉に促されようが。
じっと縦長の箱を食い入る様に見つめていた。


「………………。」


どうするべきか。
何度となく彼は自身に問う。答えはもちろん決まっている。
渡すべきだ。
買ってしまった以上は渡す他ない。自分が使う様な物ではないし、だからと言ってどうでもいい奴に渡すのは癪だ。
渡すべきなのだ。
わかっていても、しかし。
……どうするべきか。
何度目かももう数えきれない問いが、ぐるぐると獄寺の中を巡っていた。
握りすぎで手の中の箱が少々変形している事にも気づいていない。


「はーやーとっ!学校終わったよ〜!!」
「…………。」


いや、わかっているんだ渡すべきだという事は。
問題はどう、渡すか。


「隼人ー?おーーい。」


学校帰りにいつも通りにぽいと渡せばいいのだろうか。いやしかしそれはなんだか誤解されそうだ。
そう、これはあくまでも誕生日プレゼント。飽くまでも友人に渡すプレゼントだ。できれば誤解は避けた方がいい。いや誤解じゃあないけれども下心はないのだから普通にこのプレゼントは渡すべきなんだ、うん。


「ねぇねぇ隼人ってば!学校、終わったよ?帰らないの?」


とすれば一体どういう風に渡すのが最適か。
考えろ。
考えるんだ俺。
ただの友人として、一片の誤解もなくこの誕生日プレゼントを渡すにはどうしたらいい。
計算は得意なんだ。これくらい造作ないはず。
一体、俺はどうするべきなんだ。


「ねぇってば!」

「うるせぇ!」

「………!」

「あ………。」


思考にどっぷりと浸かっていた獄寺が我に返ったのは目を大きく見開いた神流が視界に映ってからだった。
しまった、と思った時にはもう遅い。


「あ、いや、これは………。」

「………もう、隼人なんて知らないっ!!」

「お、おい!」


駆け去っていく神流。
引き留めようとした手が、虚しく宙をつかんむ。


「………………やべぇ。」


一人きりの教室でひくり、と獄寺は顔を大きく歪ませたのであった。




走る。
走る。
走る。
どこか、誰もいない場所まで。
このこみ上げてくる物を誰も見れない場所まで。


「……隼人の………馬鹿ぁ……っ!」


神流はぐすん、と小さく鼻を鳴らした。
訝しげにこちらを見る通りすがりの生徒たちも気にせずにただ少女は走り続けた。誰もいない場所を求め、足を動かす。
いつの間にか、その足は上へ上へと向かっている様だった。

バンッ!

勢いよく扉を開けて空の下に飛び出す神流。
赤い夕焼けに物悲し気に照らされる屋上で、熱い目がしらを抑えた。ぽろり、とこらえきれなかった涙が流れ落ちる。
一度流れ出したら、止まらなかった。
次から次へと熱い滴が頬をしたたり落ちる。
制服の袖が吸えなくなる程に何度も目をこすり、止めようとしてみるが効果がある様には思えない。


「うるさいって……うるさいって………っ!!」


わかってはいるのだ。彼に悪気がなかった事は。
嫌でも目で追ってしまう彼が朝から調子が可笑しかった事もしっていた。だから放課後少しでも力になれればと神流はさっそく教室でまだ考え込んでいた獄寺に話しかけたのだ。
うっとうしがられる事は承知の上で。
やはり予想通り乱暴に突っぱねられたわけだが──


「そんな言い方……ない、じゃん………っ!」


──片想いしている相手からの拒絶は、想像以上の激痛だった。
ごしごしと乱暴に拭いているせいでこすれたのか、ひりひりと痛みだした目元さえも気にならない程に強く胸を圧迫される苦痛。
彼が自分をそういう対象に見ていないのは百も承知。だからこそ友人というポジションに甘んじてきたのだ。いつか、隙を見つければさらに上へ乗り上げる誓いを立てて。
けれどもやはり。
やはり。
やはりやはりやはり。
いくら言い聞かせても心の奥は納得してくれないのだ。


「はや、と……のばか………っ!!!」


むしゃくしゃしてすべてを叩きつきつける様に神流が叫んだ時。


「好きだっ!!」


バァンッ!!

勢いよく開く扉音と共に聞きなれた声がその耳に飛び込んだ。


「………え………?」

「あ゛………。」


振り向いた少女の目に映ったのはやはり不格好にも恋い焦がれる銀髪の少年で。彼は先ほど叫んだ口をしまった、と言わんばかりの表情で覆っていた。
涙でぐちゃぐちゃな、赤くはれた目がぱちぱちと瞬く。


「……え、隼人……今………。」

「───っ!!!」


かぁっ、と茹で上がる獄寺の顔。
その熱に感化された様に神流の顔もまた真っ赤に染まった。


「ま、間違えた?!今日はただ───。」

「……あたしも好き。」

「誕生日ぷれぜ……え?」


動揺のあまり思わず口から出てしまった言葉を取り消そうとぶんぶんと首を振って訂正しようとした獄寺はふいに耳に届いた小さな声に固まった。言葉を紡ごうとした口を閉じられないまま泣きはらした顔の少女を凝視する。
涙でぐしゃぐしゃで。
目の下は腫れぼったくて。
走ったせいで服もぐしゃぐしゃ。
なのに。


「……あたしも、隼人が好き、です。」


顔を赤く染めて不器用にほほ笑んだその笑顔は、獄寺が今までに見た何よりも美しく映った。


「は……マジ、かよ……。」


かすれた声で、ようやくそれだけ紡ぎだせる。
すると少女は拗ねた様にわずかに頬を膨らませた。


「マジに決まってるじゃん。……今更、訂正とかなしだからね……?」

「………おう。」


気の利いた言葉でも言わなければ。
ぐるぐるとまわる頭は少年にそう命令するが、実際に漏れた言葉はそれだけ。
まわりすぎて、もはやパンク寸前だ。
嬉しそうに笑った顔がまぶしすぎてみていられない。いや、目をそらすだなんてもったいない。
ああ、一体どうすればいいのだろう。何も考えられなくなる。


「じゃあ、さ。改めて聞くね。」


ごしごしと残っていた涙をぬぐい、晴れ晴れとした神流は続けた。


「朝から調子おかしかったけど、どうしたの?」

「……別におかしくねぇ。」

「嘘つけー。絶対おかしかったよ!」


びしっ、と指さす少女だが、泣き顔のせいで今一決まらない。
あー……と獄寺は意味もなく呻き、夕暮れを見上げた。
たぶん、今が渡すべき時なのだろう。なんとなく悟って握りしめたままだった箱を突き出す。


「?」

「やる。」

「え?」


きょとんとしてわかっていなさそうな神流と目を合わせていられなくてふい、と獄寺は顔をそむけた。


「とっとととれよ。今日お前誕生日だろ。」

「…………おお、そういえば!」

「忘れてんじゃねぇよ、この馬鹿!誕生日くらいいつものテンションで自分から請求しやがれ!」


あまりにもあっけらかんとした言い様に思わず獄寺は噛みついていた。けたけたと陽気に笑う神流。


「いやぁ、朝からごっきゅんの様子がおかしいからつい!」

「誰がごっきゅんだ!」


くしゃくしゃの箱。
でもそれくらいが不器用な少年らしくてくすくすと神流は笑う。腕を組んで顔をそむけたままの獄寺の顔は夕焼け色で、少女の心を軽くする。

次の日、神流の胸にちいさなイルカのネックレスが光るのを見て獄寺が頬をほころばせるのは、また別の話である。



(お誕生日おめでとうございまする。
怒らせようか泣かせようか迷ったwww)


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砕夜 密様より。


ありがとううう
きゅんきゅんとまらんかったです!








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