「…ッ、う……」
涙をこらえるのに必死で走りながら嗚咽をもらした。なんで…なんで出ていけないのか…弱い自分にただただ苛立ちが募るばかり。
しばらく気づかれないように走り続けて、走って走って、街中に飛び込んだ。
せめて…ボスに会う前に仕事をしなくては……会いたくはない、見られたくない。でもこの気持ちをぶつける所もなく、苦しい胸を抱えて街のARM庫へ向かった。
「誰だ、ARM庫になんの用なん、」
「邪魔よ」
ドンッ、という頭が地に落ちる鈍い音。
警備の兵を片付ける。そのまま鍵を壊して中に入ればジッパーを発動し、中に近くのARMを順番に押し込んでいく。箱ごと入れていけば周りはすっきり空。これで一つ目の仕事終わり。ジッパーを戻し二つ目の仕事。
急がなければ。
「ウェポンアーム、デスウィップ!」
「なんだ!?」
「チェ、チェスの兵隊…!?」
目の前の村人があわてふためくのを見ながら多種変形鞭、デスウィップを発動する。複数の棘鞭を纏めた"1"に形態を変化させ、腕を振るった。薔薇の茎のような夥しい数の棘を持ったそれはそれぞれがバラバラに飛んで家やら人を壊していく。さらに棘から血を吸い、長さを伸ばして破壊範囲を広げていった。
「ぎゃああぁぁあぁ!!!」
「や、やめ、て、ああぁあ!!」
「逃げろ、逃げ…」
「だ、誰か…誰か助けてえぇぇッ!!」
村人の叫びが頭の奥に響いた。兵も一般人も関係なく打ち殺す。しなければファントムに首を駆られるのは私。…敵もとれない。躊躇などしなかった。急がなければ、の想いも強くなり、さらに鞭を振るう手を強めた
その時、
「お前!!何やってんだ!!」
「…!」
飛んできた声に思わず手を止めた。
間に合わなかった。
「チェスの兵隊か、お前。」
「……」
後ろをみないまま黙った。
魔女が話しかけているんだろう。
でもボスに気づかれるくらいなら…
「おじょーちゃんそないなことしたらあかんやろ。遊んでやるから顔みせてみぃ。」
「……アンダータ!!」
「なッ…!?」
急いでアンダータを発動した。
ボスの声に答えることはできない。結局はやはり私はチェスの兵隊なんだ。それでもボスには私と知って欲しくなかった。
「どういう事だ、あのチェス…」
「戦うような気もなかったみたいだよ?」
「顔も見せなかったしなぁ。」
「…ん?どうしたんだ?ナナシ?」
「…いや…」
ニコラの居なくなったボロボロの街でMARが話をしていた。そこで皆不可思議な相手の行動に頭を捻る。その時、ナナシが考えこむような表情を見せた。
「今のチェスの声…どっかで聞いたような気するんや…」
「マジかよ!?」
「…いや、多分気のせいや!とりあえず人助けにいかな!スノウちゃんばっかにまかせとけへんやろ!」
話をごまかしたナナシにさらにみんな頭を捻るがもっともな意見に散り散りに救助をしていく。ナナシはその声に引っかかっていたままだった。
(「たしかあの声…」)
何も知らない彼らの中で一人、彼女は一人、苦痛の中にいた。
過去など元に戻らぬもの
(今思ってもすでに遅くて罪を重ねる日々に堕ちる)