始めたい

「バレー部、すごいですね…!なんか、気合いっていうか、熱が、すごい!!」


「そうかな?どこの部活も練習は一生懸命だし、熱気はすごいよ。」



わたしの頭の悪さが滲み出る発言にも、清水さんは美しすぎる笑顔で受け答え。あなた様は女神ですか。バレー部すげえ。女神がいるよ、バレー部すげえ。もう先ほどから口を開けば「すごいすごい」しか言わないわたしを見ながら、授業の体育で得たバレーの知識しかない初心者のわたしにもわかりやすく色んなことを教えてくれる清水先輩


運動部って、こんなにすごいんだ。


今まで部活というものとは無縁の生活をしてきたから、初めて目の当たりにした光景に感嘆の声ばかりが漏れる。まあ、正式な部員ではないし見学者という立場だから他人事の目線でしか見えないのだけれど、それでもバレー部の熱気溢れる部活動の風景は何とも言えず、刺激的で

影山の部活動に取り組む姿が、教室で良く居眠りして怒られている姿とは全くの別物で、それも何だか面白い。一人くすくすと笑っているわたしに突如差す影。何、と見上げた先に至極不機嫌そうな顔を湛えた月島くん。さっきのことがあって何だか少しだけ気まずい雰囲気の中、勇気を振り絞って一音



「えっと、何?」


「何一人でくすくす笑ってんの、気持ち悪いんだけど。」


「ううううるさいな!月島くんには関係なかろう!」


「部活中に変な顔するのやめてよね、本当。」


「変なっ…?!」



さっきから練習の合間合間にこの野郎…!


何回か挟まれる休憩。みんなそれぞれドリンクを飲んだりしている中、月島くんはやたらとわたしに絡んでくる。まあ、監視をしているらしいのでそれも頷けるんだけど、こっちに近寄ってはいちいちわたしの粗を探してお姑よろしくねちねち攻撃をしてくる。わたしがそれにカッカッして言い返そうにも、月島くんが意地の悪い笑みを浮かべてさらに攻撃してくるもんだから、もう言い返すのも面倒になってきた次第だ

危うく口から出そうになった「そんなんだから振られるんだよ」という言葉だけは即座にごっくん。心の内だけに秘めておいてあげよう。わたしにもそれくらいの良心はある。でも、なんか言われっぱなしは癪だし何か言い返してやりたいなあ、なんて反撃の言葉を探している間に終わる休憩時間。キュッキュッとバレーシューズの床を擦る音を響かせながら戻っていく背中に見えないように舌を出してやるだけに留めてやった。なんてわたしは寛大なのか。自分で自分を褒めてやることで何とか溜飲を下げたりして



「神内さん、きつくない?」


「え、大丈夫ですよ。むしろ、楽しいです。月島くんの言動を除いては。」


「あはは。そっか、楽しいって思ってくれて良かった。月島はどうして神内さんにそんな突っかかるんだろうね。」


「…さあ。」


「神内さんがマネージャーとして入部してくれたら、すごく、助かるなあ。」


「そう、ですか?」


「うん、もちろん。」



何だろう、この空気。何だかやばい空気になってきてませんか、これ。


清水さんの言葉に思わず入部を覚悟してしまいそうになった。いや、わたしにはマネージャーなんて向いてないし、これは今日限りだから。今日限りと決めているからわたしは断らなければならないのに、清水さんの放った言葉を即座に否定することができなくて。喉にチクチクと突き刺さる言葉たち。なんと言ったらいいのかわからずに、何とか返す苦笑



「これから、合宿もあって、人手が本当に足りない状態だったから。」


「確かに、マネージャー一人じゃ、大変そうですね。」


「うん。まあ、でも顧問の武田先生や主将を始めとして、みんな色々と手伝ってくれるから何とかやっていけているんだけどね。」


「ああ、なるほど。」



確かに、ここまで色々と手伝ってくれた。まあ、タイミングが悪かったのか、それともそういうプレイなのかわからないが、清水さんに邪険にされていた人もいたけど…田中さんとか西谷さんとか。日向や山口くんとかは率先して声を掛けてくれて、動いてもくれるし、縁下さんとか菅原さんとかおかん味のある気配りがすごいし。良い人たちなんだろうなあ、とは思う。部内の雰囲気も決して悪くはないし

それでも、なあ、と迷っているのが現状である。こんなに感謝されること、初めて、だし、みんな良い人だし、初めての部活動で浮き足立っているのも事実で。それでも、四六時中月島くんに監視されるのは御免だし、マネージャーというのも自分には向いてないと思う。ずぼらでいい加減なわたしが男子バレー部のマネージャーになったなんて隣の席の小島が聞いたら、ゲラゲラとお腹を抱えて笑うことだろう。そんなことを考えては熱烈な入部勧誘アピールにただただ苦笑を漏らしてばかりだ


楽しい、とは思うんだけどさ。本当に。


入部する気なんて全くなかったし、半ば強引にこうした状況に置かれているわけだけれども、今日一日どうだったか、と聞かれれば、素直に楽しかったですと答えられるほどには刺激もあり面白味があった。清水さんの話を聞いていると大変だろうし、今日一日でも清水さん一人で色々と動いていたりして、こんなだめだめなわたしでよければ、烏滸がましくも微力ながら助けてあげたいとも思う。本当にいい先輩だし、何より女神だもの



「そう思うなら、入部すれば。」


「は、えっ、はあ?!な、なんでっ。」


「全部声に出てた。ていうか、みんな片付けでバタバタしてるんだから、そんなところでぼーっとされると迷惑なんだけど。」


「なっ。」


「ていうか、そんな悩まなくても入部はしてもらうけど。」


「決定事項?!か、勝手に決めないでよ。」


「だって今日一日、楽しかったんでしょ?」


「いや、それとこれとは話が別で…。」


「まあ、楽しくなかったとしても入部してもらうけど。」


「だから!」



何、この人宇宙人なの?!わたしの話、聞いてるの?!わたしの話はちゃんと理解できてますか!!


何を言っても交わることのない会話。どうやら入部は月島くんの中では決定事項のようで。いや、だからと言っても、そこはわたしがちゃんと意思決定をするわけだから、わたしがノーと言えば、入部なんて出来やしないのに、何でそんな強気なのか本当意味がわからない

「何してんだ、お前ら」と片付けをしていく部員のみんなに呼ばれて、わたしも月島くんも慌ててそれぞれの持ち場に。清水さんの横でいろいろお手伝い。重たい物とかは田中さんたちが率先してやってくれて本当に助かった。何だかあっという間に部活も終わり。澤村さんの号令と、コーチである烏養さんの言葉を頂き、武田先生の気を付けて帰ってくださいねなんていう先生らしい一言で締めくくられ、それを合図に各々散開する男子バレー部員たち



「あ、神内さん。」


「あ……はい。」



各々着替えに部室へと向かって解散していく中、わたしも更衣室に着替えに行かねば、と体育館を出ようと思ったら、後ろから澤村さんに呼び止められる。ああ、そうだ。大事なことを忘れていた。部活が始まる前に澤村さんに言われていたんだった。入部の意思確認、するんだって



「今日一日体験入部として入ってもらったけど、どうだった?」


「え…あ、楽しかった、です。」


「それじゃあ!」


「でも、あの、わたしやっぱりマネージャーなんて向いてないと思うんです。だから、その、ごめんなさい。」


「…そんなこと、ないと思うけどなあ。」


「え?」


「今日、清水がいつもよりずっと、楽しそうに部活してたし、助かったって言ってたよ。」


「でも。」


「何かを始めるのに、向いている、いないなんて関係ないんじゃないかな。始めてみないとわからないこともあるし、ね。」


「そう、ですか。」


「それに何より、やるか、やらないか、だと思う。結局、ね。…あ!だからって無理に誘っているわけじゃ決してなくて…。」



澤村さんの言葉が胸に響く。確かに、そうかもしれない。向いている、いないではなくて、やるか、やならないか。そう考えたら、わたしはどうだろうか。向いているとか、初心者だとか、そういうこと全部取っ払って、今日のことを振り返ってみる


楽しかった、よね。それは、その気持ちは本当に、純粋に本物だ。


月島くんに監視されるのは嫌だし、あの人が監視をしたいが為に入部させられるなんて、本当に癪だけど、でも。わたし、いいかな、って思った。すごく、すごく不本意だけど!ものすごーく不本意だけど!!



「わたし、でも、やれ、ますかね。」


「もちろん!」



そんな力強く頷かれては、もう否定するなんて、できないじゃないですか。まさか自分がこうやって運動部の、それもあの男子バレー部のマネージャーをやることになろうとは。昨日の、いや、今日の放課後が始まるまでの自分は予想だにしていなかったに違いない

ついてないと思ったけど、でも、いいか。そう思いながら、わたしは澤村さんの差し出された手をぐっと握り締めて、その肯定に応えるように力強く頷いた



何かを始めたいと思った、今。
誰かに感化されただけだったとしても、今、そう思った。


(色々大変だろうけど頑張ろうな!)
(はい。)
(あ、そうだ。)
(はい?)
(今度のゴールデンウィーク、合宿だから。)


そうだ、それはさっき清水さんも言っていた。あれ、まさかそれにわたしも参加しろと仰ってますか?と聞こうと思ったら、口を開く前に満面の笑みを湛えた澤村さんの口から告げられる「もちろん参加だよ」と。あれ、まさか読心術ですか?入部早々合宿なんて。しかもゴールデンウィークは家でゴロゴロすると決めていたのに。今からでもさっきの話取り消しにはできないだろうか、と考えるわたしの脳味噌をがっしりと誰かに掴まれる。誰だ、なんて振り返った先ににっこり笑ったきみが「帰るよ」なんて言うもんだからひどくげんなりしたわたしの口から二の句は発せられなかった

あとがき
単純思考だけど、乗せるとやる子。