性格

ジャージに着替えて体育館。たくさんの目がこちらを向いて、ひい、と小さく悲鳴を漏らしながらどう対処すべきか慌てるわたしの元に駆け寄ってくる清水さん。どうやらここのマネージャーはこの人一人のようで、それも三年生の先輩のようだと言うのは少し前に繰り広げられた澤村さんとのやり取りでわかったことだ

じりじりと清水さんの後ろから迫ってくる巨人たち。月島くんよりは大きい人はいないようだったけれど、それでも、わたしから見たらどの人も身長の高い人たちばかりで。二人だけ、わたしとさほど身長が変わらない人が。一人は見たことのある顔で、確か一年生だ。もう一人は知らない…と、いうことは先輩だろうか。それよりも突き刺さる視線が痛すぎる。何とか助けを求めた先に月島くん。ふ、と鼻で笑われて終わり。助けを求める相手を間違えすぎた。ていうか、誰でもいいから助けてほしいのですが



「こらこらお前ら、やめなさいよ。」


「大地さん、この子はっ?!」


「月島の紹介で入部希望者の神内千尋さんだ。もちろんマネージャー志望で。ああ、でも、今日は体験入部だから粗相のないようにしろよ、お前ら。」


「ごめんね、神内さん。慣れるまでびっくりしちゃうだろうけど、慣れたら大丈夫だから。」


「は、はあ。」


「月島の紹介?へー。どんな関係?」


「ツッキーおれの知らない間に女子の知り合いが…。」


「あ、山口がショック受けてる。」


「お前どんだけ月島大好きなんだよ!」



好奇の目に晒されることに耐えられなくなったわたしは清水さんの後ろにサッと隠れる。その様子をじとっと見てくる烏野男子バレー部の面々。それを見兼ねて間に入ってくれる澤村さん。その間、月島くんは一切助けてくれませんでしたとも。あの野郎、わたしにそんな態度とっていいのか…あのことバラしてやろうか、なんて思ったけれど、後が怖かったのでお口にはチャックをして、心の中で悪態を吐いて舌を出すことにした



「神内、お前何してんの。」



いろいろ面倒だなあ、なんて思っているわたしの頭上に降り注いだ一つの声。誰だ、と顔を上げればよく見知った顔が一つ。さっきは月島くんのせいでよく見えなかったらしいその顔はわたしのクラスメイトの顔だ



「あ、影山!え、あれ、影山ってバレー部だったの?」


「お前本当、人に対して興味のない奴だな。普通クラスメイトがどんな部活入ってるかぐらいそれなりに知ってるもんだろ。」


「影山だけには言われたくないんだけど。影山こそ他のクラスメイトがどんな部活入ってるのか知ってるの?」


「知らねえ。興味ねえし。」


「はあ?前言撤回しろ、このばか山。」


「なっ、お前にだけは言われたくねえよ!」



何で今わたし貶されたのか意味わからんだろう、影山くんや。


罵り合うわたしと影山の間に澤村さんが止めに入る。笑顔で「お前らうるさい」なんて。あ、これは逆らったら命がないパターンですわ、と瞬時に判断して、命を刈り取られる前にわたしは唇をきゅっと引き結ぶ。影山も同じようにしてすぐに罵倒の口を閉じて不満げな顔をわたしに向けた。この顔は「お前のせいで怒られただろ」っていう顔だ。何だそれ、それを言うならこっちの台詞だ

澤村さんが長い溜め息を吐き出した後、わたしと影山の顔を交互に見て首を傾げる。何かを思案している模様。読心術なんてお持ちではないわたしは澤村さんが何を考えているのかはわからず、ただその様を見つめるだけ。数拍の後、澤村さんが何でもないという笑顔で放った「部活始めるぞ」という一言でこの不思議な空気は霧散していった



「神内さんは、こっち。」


「あ、はい。」



集まる部員たちのところから離れて、わたしは清水さんのそばへ。どうやらこれからドリンクやらタオルやらを準備するらしい。手渡された準備道具。それを片手に首を傾げる。清水さんはそんなわたしを見て笑いながら、「給湯室に運んでくれる?」と優しく教えてくれる

たくさんのドリンクボトルを両手いっぱいに抱えて給湯室へと向かう。そんなに部員数がいないといっても、一人でこの量は結構大変ではないか、と身をもって体感し、今までこれを一人でやってきた清水さんに感服した。わたしだったら絶対に無理だ。たぶん心折れてすぐにサボってしまうだろう。だから、清水さんが一年生からずっとこうしてやってきたことに素直に尊敬



「神内さんって、影山と同じクラスなの?」


「え、あ、はい。」


「そうなんだ。じゃあ、月島とは、違うクラスだよね?」


「あー…まあ、そうですね。」


「月島とは、仲が良いの?」



清水さんがドリンクボトルの中にさらさらとドリンクの粉を入れていく。最初に見本で作ってもらった手順を頭の中で反芻しながら、清水さんが粉を入れたドリンクボトルに規定の量の水を入れてしゃかしゃかと振って一本、また一本流れ作業で作っていくドリンク。気まずくならないように話を振ってくれる清水さん。しかしながら、その話題が少し答えづらいものが飛んできて、苦笑。ああ、なるほど。清水さんの質問で、部活が始まる前に澤村さんが微妙な顔をした理由がわかった。

確かに変な話だ。同じクラスに影山がいて、それなのに月島くんにバレー部に入部したいなんて持ち掛けるなんて。どう考えても、影山に先に声を掛けるのが普通だ。それに、先ほどの月島くんとわたしのやり取り、影山とわたしのやり取り。比べて見てどちらが親しいかなんて目に見えてわかる


何と言えば、いいかな。


答えに詰まるわたしを見て、清水さんが首を傾げる。何かまずいことでも聞いてしまった?と不安で揺れている瞳を見て、慌てて口を開こうとした瞬間、体育館の方から清水さんを呼ぶ声。あの声は澤村さんのものだ。何かあったのだろうか



「ごめん、神内さん、悪いんだけど続きしていてもらってもいい?わたしちょっと行ってくる。」


「あ、はい。大丈夫ですよ。」


「ごめんね。じゃあ、よろしくね。」


「はい。」



助かった、と思った。何があったのかはわからないけど、なんて答えればいいのかわからなかった清水さんの素朴な質問はさらりと流れて。ほっと安堵の息を吐き出して、止まっていたドリンクを作る手を再度動かす。しゃかしゃかとボトルを振る音と、流れていく水の音に占拠された給湯室。無心で、流れるようにドリンクを作っていると、かたん、と後ろから急に物音がしてびくりと跳ねる肩。誰、と勢い良く振り返った先にわたしがこうしてドリンクを作るはめになった元凶がそこに立っていた



「びっくりした…月島くん何してんの。練習は?」


「べつに。」



べつにって、それわたしの質問の答えになっていないんだけど。


はあ、と溜め息を吐き出して月島くんのせいで止まってしまったドリンクを振る手をまた上下に同じように動かす。しゃかしゃかという音だけが響く。それから何を言うまでもなく、月島くんが入り口付近に立っていて、こっちを見ている。すごく気まずい。ものすごく気まずい。何してんの、と言っても、べつに、しか答えないし

大体、今一人で、給湯室にこもって作業しているんだからそんな監視しなくても、あの事を誰に話すって言うんだか。だから余計にここに月島くんがいる意味がわからんし。こっちから話す事もないと思っているから二人して黙りで。最後の一本を作り終えようとした時、月島くんが急に口を開いた



「王様と顔見知りだったんだね。」


「王様って影山のこと?まあ、同じクラスだし。」


「仲良さそうだったじゃん。」


「普通だよ。特に仲良いとかそんなんじゃないよ。べつに。」


「ふーん。」



それがどうかしたの?と聞こうと口を開こうとした時、わたしの横からにゅうっと伸びてきた腕。誰のなんて一人しかいない。その腕の先、腕から伸びた手ががしっと掴んだドリンクボトルを入れたカゴをすうっと引き寄せた。あっ、と言葉を発する間もなく、それは月島くんの腕の中にすっぽりと収まってしまう。振り返った先の月島くんがにこりともせず、何ともまあ、不機嫌とも取れるような顔で



「早くしなよ。」



それだけ言って、取り残されるわたしとドリンクボトル最後の一つ。



きみの性格が掴めない。
意地悪なの、優しいの、はっきりしてよ。


(ちょ、ちょっと月島くん!)
(何。)
(いい、いいよ、わたしが持つって!練習、あるでしょ!!)
(うるさい。)
(うるさっ…?!)


取り残されてしまった最後のドリンクボトルを手に、急いで追いかけるきみの背中。追いついたきみに向かって、「わたしが全部持つからいいよ!」と言っても「うるさい」と一蹴。うるさいってなんだ、うるさいって!絶句するわたしを横目でちらりと見て、おかしそうに笑うきみ。本当にいい性格してるよね、と反撃を試みるも、すぐに「ありがとうございまーす」とか言い返されて終了。意地悪なのか、優しいのか、本当にはっきりしてほしいんだけど、なんて唇を尖らせながら、憎まれ口はあれだけれど、持ってもらった事実に小さくお礼だけ言うわたしにきみはちょっとびっくりしたような顔をしたり。何それ、面白いねその顔。素直じゃないきみのその顔に思わず上がった口角を認めて、きみが「気持ち悪い顔しないでよ」なんて言う。やっぱり、きみは嫌な奴だった。


1年3組です。モブ小島も影山とそれなりに仲良し。ちなみに一話で怒られていた英語の授業の影山は夢の中を旅していた模様。