雨宿り


「雨だね。」


「雨だな。」


「岩ちゃんの頭が爆発気味。」


「雨だからな。」


「だよね。」



なんとなく噛み合わない会話。だけど、気にしないのがわたしたちだ。こんなこと毎日だし、気にしていたらきりがないもん


岩ちゃんの攻撃力が高そうな髪の毛も湿気でいつも以上にぴょんぴょこ跳ねてしまっている髪型を見ながら雨音に耳を傾ける。雨はなんか憂鬱な気分になるし、髪は跳ねて、朝セットするのは一苦労だし、部活は大変だし。あ、いや、これは雨に限らずだから関係ないか。いつものことだもんね

ああ、でもいつまでも学校にいるわけにはいかないよねえ。「とりあえず帰ろうか」なんて言いながら傘がない。少なくともわたしは持っていないだから、「岩ちゃんは持ってる?」なんて聞いたんだけど、どうやら岩ちゃんも持っていないらしい。「お前持ってなかったのかよ!」なんて言われてわたしは唇を尖らせる


なんでわたしが持っているのがさも当たり前だろみたいに言うの、ばか。


むうっと唇を突き出し始めたわたしを見て岩ちゃんが頭をぼりぼり掻き毟って、あー、とか、うー、とか低い唸り声を上げた。次いでわたしの頭に手を置いて「悪かったから、不機嫌になんじゃねえよ」と一言。よし、仕方ないから機嫌を直してあげよう、なんて至極げんきんなわたし


さて、問題はこれからだ。


ざあと降り止まない空を見上げて二人同時に溜め息。「どうする?」と岩ちゃんに尋ねれば、どうしようもないだろって返ってくる的確な答え。傘がなかったらこの雨の中帰るのはちょっとしんどいよね。たとえ濡れたとしても、制服の予備はあるから服的には大丈夫だけれど、びしょ濡れになるのを覚悟して帰る勇気は決してない。それに、と隣にいる巨体を横目でちらり


大事な体、だもん。万が一、これで風邪なんか引こうものなら大変だし


そこが一番ネックだよね、と独りごちて溜め息。岩ちゃんがわたしの視線に気付いて「おれを見て溜め息吐いてんじゃねえよ、しばくぞ」なんてわたしの頭を小突いて怒る。自分がパワーゴリラなのを自覚してほしい。小突いたその力の強さでわたしの頭が割れるかと思った



「誰かの傘でも拝借するか。」


「えー、借りパク?」


「パクるんじゃなくて拝借だって言ってるだろうが!」


「岩ちゃん。」


「なんだよ。」


「もうちょっとこのまま雨宿りしてよう。」


「はあ?」



あ、今、及川を見るような目で人を見たでしょ!


どこかに傘はないか探していた岩ちゃんが戻ってくる。次いでわたしの隣にすとん、と収まって。「帰るって言ったのに何なんだよ、お前…」と文句をもらしつつも、隣にいてくれる岩ちゃんに向けてわたしはにやにやが止まらない。気持ち悪いって言われたけど、仕方ないじゃないか!



「たまにはこんな日もいいでしょ。」


「おいおい。しばらく家帰れねえぞ、これ。」


「そんな日もある!」


「そんな日もある!じゃ、ねえよ、ばか。」


「いたっ。」



見事な岩ちゃんのデコピンがわたしの美しいおでこにクリーンヒット。パワーゴリラのデコピンの破壊力よ。わたしのおでこが粉砕するところだった。痛みに悶えつつ、わたしは岩ちゃんのおでこに仕返し…はできないので、すぐ横にある脇腹にパンチを一発。びくともしない隣の巨体。「くすぐってえわ」なんて言われてわたしのパンチは全然効いてないのが本当に悔しい。そしてむしろパンチしたわたしの手が痛いのは何で?

でも、本当にどうしようか。止みそうにないけど、何だかこの空間を抜け出してしまうのはちょっと惜しい気もするわたしは頭のおかしい子?だって、岩ちゃんと二人きり、なんてそうないもん。いつも部活で忙しい岩ちゃん。帰りはもちろん及川たちと一緒で、最近は金田一くんや国見くんたちも加わって、みんなでわいわいと帰る毎日。今日はテスト期間だから部活がなく、岩ちゃんの自主練に付き合って、今に至るわけだけど


久しぶりに二人になれて嬉しいと思ってるのはわたしだけ、かあ。


確かにみんなと一緒に帰る帰り道も楽しくて好き。わいわいと騒がしいのは嫌いじゃないもん。だけど、たまには、さ、と思う。岩ちゃんと二人の時間はそうない。帰り道なんてあっという間。家に着いて、バイバイしたら、二人っきりの時間も終わっちゃう。そう思ったら、少し寂しく感じるのも普通、じゃないのかなあ



「おい。」


「んー?」


「仕方ねえから、もうちょっと弱くなるまで待ってるか。」


「………ふふ。」


「んだよ、気持ち悪いな。」


「んー、岩ちゃんが好きだなあって思っただけ。」


「はあ?意味わかんねー。」


「あ、照れてる?」


「うっせ。しばくぞ。」


「いたっ。もう。」


「牛か。」


「ばか!」



そうやってすぐおでこを狙ってくるんだから。「牛じゃないし」と呟きながらひりひりとするおでこを押さえて隣にいる岩ちゃんを見る。少し赤くなった頬を掻きながら「どうすっかなー」なんて呟いている岩ちゃんににやにやが止まらなくなった


あー、もう。


大好きだ。本当。口は悪いし、すぐおでこ攻撃してくるし、無駄にでかいし、短気だし、パワーゴリラでむかつくけど、だけど、人一倍努力家で、男前で優しくて、何だかんだ面倒見の良いこの不器用な男が愛しくて仕方ない。どうしようもないくらいわたし、岩ちゃんの全部が好きなんだなあ、なんて。まあ、ちょっとはその短気な部分を直してくれたらいいと思うけどね、うん。すぐおでこを攻撃するのだけはいただけないよ!



「まあ、こんな日もいいか。」


「うん、そうだね。」


「このままじゃどうしようもねえしな。」


「ねえ、岩ちゃん。」


「あー?」


「次はどっちかが傘を持って来ようね。」


「どっちかって何だよ。おれもお前も持ってくれば解決だろ。」


「それじゃ相合傘できないもん。」


「はあーっ。ガキかよ。」


「うるさい。」



「ガキとか人のこと鼻で笑っちゃってさ、岩ちゃんも本当はしたいでしょ?」なんて言えば、「馬鹿か」って言い返された。むう、意地っ張りめ。「傘を二人で差したらその分距離ができて寂しいもん」と頬を膨らませたわたしの頬をぐりぐり指で潰してくる岩ちゃん。指先で人を殺しに掛かるとは。パワーゴリラの真骨頂か

「痛い痛い痛い!」と怒って反撃を試みたわたしの腕をいとも簡単に取ってぐいっと引き寄せる。わっと倒れ込む岩ちゃんの腕の中。強かに鼻を岩ちゃんの胃の辺りにぶつけて、恨めしげに見上げるわたしの頭をホールドしてぎゅうと力を込める岩ちゃん。あ、これは頭を潰しにきてますわ…というのは冗談で、どうした、急になんて思っていたら少しだけ頬を染めた岩ちゃんが目に入った



「お前やっぱ可愛いな。」


「な。」


「たまにはこんな日もいいな。」


「ん。」



処理しきれない岩ちゃんのデレに追撃。「たまにはな」って照れ臭そうに言う岩ちゃんにどうしようもなく胸が高鳴った。うん、こういう日もたまにはいいんだよ。雨で帰れないけどね、うん。ぎゅうって回りきらない腕を岩ちゃんの腰に回して感じる温もりに、少しだけ冷えた体には丁度良い体温だと笑った土砂降りの夕暮れ



きみと二人きり、雨宿りの放課後
もう少しこのままでいたいな、なんて


(本当に止まねえなあ。)
(うん、どうしようかー。)
(さて、と。帰るか。)
(え?)
(相合傘、するんだろ?)


そう言って笑ったきみの手にはちゃっかり傘が握られちゃってる。「それ、どうしたの?」なんて聞けば「ロッカー室の忘れもん」と簡潔なご返答。ああ、あのがさがさしてた時に見つけたのか。ぱっと開いた傘。鞄を持つ手はお互い反対の手。逆の手できみは傘を持つ。わたしは開いた手で傘を持つそんなきみの腕を掴み、二人の距離をなくして、えへへ、と笑った。照れるきみが「ガキかよ」と一言。ガキ、なんて言って笑ったくせにやってくれちゃう優しいきみにまた、恋をした夕立の傘の中

20240303-20240407 CLAP

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