「小夜、知ってるか?」


「なあに、堅ちゃん。」


「星を掴まえられたらどんな願い事も叶うんだってよ。」


「そうなの?!すごい!でも、堅ちゃん。お星様はお空にあるから、掴まえられないよ?」


「空に近い場所に行けば取れるんだよ。そうだな…ああ、ほら、あの山とか木の天辺とか。あとは、流れ星の落ちる場所を予測して掴まえるとかさ。」


「そうなんだ!すごいね!!」



目をきらきらと輝かせて、空を見上げた。そこに満天の星空。「こんなにいっぱいあったら一個くらい掴めてしまいそうだね」って笑ったあの日

堅ちゃんは何でも教えてくれる。わたしの世界を埋め尽くす事情は堅ちゃんが全て教えてくれたことばかり。星を掴まえたら願いが叶うのも、雲の上にお城があるのも、どんな病気でも治すことができる金色の魔法の花があるのも、鬼がどこかに隠れていて悪い子を食べていることも。この世界に溢れているわたしが知らないたくさんのことを堅ちゃんは教えてくれて、わたしはそれを素直に聞いて信じて目を輝かせてた


全部、嘘だったけどね。



「ふわあ。」



懐かしい夢を見た。あの純粋に何でも信じていた幼い頃のわたしの夢。口からもれる欠伸を手で押さえようともせずに、机に突っ伏していた顔を上げて、見上げた先にあった顔にぎょっとした



「篠山、お前、何回呼んでも起きねえから死んでんのかと思ったわ。」


「ふ、二口っ!」


「帰るぞ。」


「えっ、あ、うん。」



ホームルーム全部寝ちゃったのか…最近過ごしやすい気温になってきたから、ついつい寝ちゃうんだよなあ


制服のポケットに手を突っ込んで、鞄を片手に教室を出て行こうとする二口の言葉に、違和感。でも、すぐにそれは消えてなくなって。何考えているんだろう、早く行かないと二口に置いて行かれちゃう、っていうか、もう置いて行かれてるし!机に引っ掛けていた鞄を手に取って急いで追い掛ける背中

二口の背中が小さくなって消えてしまう前に追いついて、横に張り付くようにぴったりと歩く。「どこの教室も騒がしいね」と言えば、二口は「そうだなー」と少しつまらなさそうに答えて



「やっぱり二年になってから思うんだけどさー。」


「何を?」


「部活入っておけばよかったなあって。」


「面倒だろ、部活とか。」


「…そう?二口は運動神経良いから入学した時は運動部からの勧誘、引く手数多だったね。」


「あー、そうだったな。」


「サッカー部、バスケ部、テニス部、陸上部でしょ…あと、どこだっけ。」


「覚えてねえー。」


「あ、バレー部だ、バレー部。二口バレー好きじゃん。バレー部に入れば良かったのに。」


「は?べつに好きじゃねえよ。」


「え?」



また嘘を言って、なんて言おうとして視線をやった先の二口の顔。何変なこと言ってんだというような顔でわたしを見る。あれ、わたしがおかしいのかな。あれ、わたしが変なこと言っているのかな


なんで、二口がバレー好きだって…。


違っていたっけ。いや、あれ?なんか、おかしい。何がおかしいのかはわからないけれど、おかしい。戻ってくる違和感。隣を歩いていたはずの二口がいつの間にか数歩前を歩いている。また置いていくんだから、と考えはそっちへシフトチェンジ

廊下、すれ違う人たち。体育館へと続く渡り廊下。そこから聞こえてくるボールの音。キュッという床を擦る少し高い音。思わず、二口の制服の袖を引いた。あっちに行かなきゃ、とでも言うかのように。そんなわたしをおかしな子を見るような目で見て「何だよ、帰るんだろ?」なんて言って首を傾げる



「アイス買って帰ろうぜー!」


「黄金川くん、だめだよ。買い食いは禁止されてるでしょ。青根さんからも言ってやってください!」


「……む。」


「むむっ、だ、だ、だけどパペコの新作が出たんすよ!ね、ね、買って帰りましょう!」


「……もう、黄金川くんは仕方ないなあ。」


「一つだけだ。」


「うーっす!」


「あ……。」



わたしたちの横を通り過ぎていく男の子三人。いかつめの先輩らしき男の子とやたらと背の高い変な髪色の男の子と、顔が小さくて可愛らしい男の子。凸凹コンビというのがぴったりなくらいの身長差。何故か、声を掛けそうになった。喉元まで出掛かった声。霧散して、飲み込んだ唾と一緒にゆっくり消えていく



「おい篠山。大丈夫か?いい加減帰るぞ。」


「え、ああ、うん。そうだね、帰ろ……。」


「だあああ!笹谷めっ。おれが大事に育ててきた筋肉をばかにしやがって!!」


「ばかになんてしてないだろ。」


「このままだとお前筋肉ゴリラで非モテまっしぐらになんぞ。」


「ひどい!」


「……何だあれ。」


「さあ。」



わたしと二口の後ろをばたばたと騒がしく通り過ぎていった三人組。むさ苦しい筋肉男子と、制服を来ているから辛うじて生徒だと判別できる見た目の男子。そしてそんな二人の後ろを呆れ顔でついていく疲れ顔の男子。二口と二人、視線だけで三人を追い掛けて、首を傾げる。何だあれ、本当。でも、何でだろう。


なんか、懐かしい。


不思議、わたし、あの三人と面識ないはず、なんだけど、なんか懐かしく思ったの。さっきの、三人もそう。飲み下した言葉。あの時、なんて言おうと思ったかは思い出せないけれど、でも、何故か懐かしい感覚。騒がしい、その時間が、知らないはずなのに、何故かひどく覚えのあるもので



「篠山、いい加減帰るぞ、まじで。」


「あ、うん。ごめんごめん。」



ぼうっとしてしまっていたわたしに二口の催促の声。また二人歩き出す。肩を並べて歩く廊下。騒がしい教室の前を幾つも通り過ぎたら、玄関が見えて、そこに備え付けられている途方もなく大きな掲示板が目に入った。そこに貼られたお知らせ一覧の中の一つ



「インターハイ、予選突破。全国、大会出、場。」



バレー部、インターハイ予選突破。全国出場。結果、ベスト16。



「篠山?」


「……ねえ、二口。」


「どうした?」


「何でだろう、わたし、何か大事なことを忘れているような、気がするの。」


「大事なこと?」


「そう。なんか、この記事、わたしすご……いっ!」



突如襲ってきた頭痛。頭が割れそうなほど痛い。呼吸が上手くできなくなるほどの痛み。頭を押さえてうずくまるわたしに駆け寄る二口。なぜか駆け寄ってきた二口が後ろからぎゅうっとわたしを抱き締める。それにギョッとして上擦った声で二口に声を掛けた



「ふ、二口っ?!」


「篠山、どうかした?」


「どうかしたってなんかすごく、頭が……て、あれ?」



痛かった頭が不思議なほど痛みのいの字もなくなっている。「どういうこと?」なんて二口に聞いても、黙り。そりゃそうだよね、わかるわけないか。二口はお医者さんじゃないし


て、ててていうか、なんていう状況だ!


気付けば、二口に後ろから抱き竦められている。心臓がばくばくと音を立てて、どうしよう。二口に聞かれていないだろうか、心配。いや、それよりもなんで、これはどうして、どういうことだ!



「ふ、ふふふ二口?!ど、どうしたの?!」


「んー?篠山が可愛いなあって。」


「な、なな何言って!ま、また嘘吐いてわたしのことからかってるんでしょう?!」


「なんでそう思うわけ?」


「だって。」


「おれは篠山が好きだよ。」


「え?」



急に告げられた二口の気持ちに動揺。何、言ってんの。また揶揄って。頭の中に浮かんでくる返事はあるのに、どれも口から出てきてくれない。何か返さないと。だめだ、沈黙してしまったら、聞こえてしまう。この胸の鼓動が、二口に聞こえてしまうかも



「おれは篠山がいてくれたらそれでいいよ。」


「……二口、何、してるの?」



二口の言葉にドキドキするはずの展開が、急にわたしを冷静にさせた。目の前にある掲示板のお知らせ。大きく場所を確保され書かれたお知らせをくしゃり、と二口の手が握り潰している。片手でわたしの体を引き寄せながら、そのお知らせを今にも破いてしまいそうなくらい強く握り締めて、次いで毟り取るように掲示板から奪い去って丸めてポイ

その瞬間、胸が引き裂かれそうなほどの衝撃を受けた。「何をしているの」というわたしの問いには答えない。振り向いた先の二口がにっこり笑って、わたしの頬に手を這わす。お知らせを奪い去ったその手で



「やめて!」



近付いてくる二口の顔を押さえつけて金切り声で叫んだ拒否。違う、こんなの。



「篠山?」


「……わたしの、夢だったの。」


「何言ってるんだよ?夢って何だよ。」


「みんなと、二口と一緒に全国に行くのが、一緒に走っていくのがわたしの夢なの!!」


「……篠山。」



自分で、自分が何を言っているのかわからなかった。何故か、しっくり来たの。今の言葉。わたしの夢。全国に行くのが夢だと言った言葉は、何故か二口のわたしを動揺させた突然の「好きだよ」の言葉よりもずっと、胸に響いたの

丸めて捨てられた紙。そこに書かれたバレー部全国ベスト16の文字。その文字を見た時、自分のことのように嬉しくなった。ここまで来たんだよって自慢げになった。ここまで走ってきたのだと胸を張りたくなった。二口に丸めて捨てられた時、それが全て汚されたような気がして


……違う。


近付いてくる二口。でも、二口じゃない。わたしの知っている二口じゃない。腕を広げてわたしを抱き締めようとする二口の体を、胸元をとん、と押して、言う



「二口は、そんなこと言わない。そんなこと、しない。だって、二口は。」



バレーが大好きで、バレーばかで、なんだかんだ言ってもバレーバレーってうるさくて。いつもしょうもない嘘ばかり吐くけど、空気読めない時だってあるけど、面倒な奴だけど、でも、誰よりも仲間思いで、練習だって頑張って。いつだってわたしに夢を見させてくれた



「あなたは二口じゃない!」



わたしの知っている二口じゃない。二口だけじゃないここはわたしの知っている世界じゃない。だって、わたしも二口もバレー部だったはず。思い出したんだ。さっき、すれ違ったみんな。大好きな仲間で、大事な仲間たち。忘れちゃいけないのに、忘れていた

「近寄って来ないで」と言ってもう一度、二口の体を強く押した。その瞬間、広がる闇。学校の廊下も、掲示板も、二口だった何かも全てなくなって、ただ広がる黒



「小夜。」



響く、声。懐かしい、響き。もうずっとその声で聞いていない呼び名。振り返る。真っ直ぐにその声だけを辿って走り出す。もう、迷わない。



きみの声で、わたしを夢に導いて。
今度こそ、わたしの夢が掴める場所へ。


(篠山ー!)
(篠山先輩。)
(小夜さんっ。)
(小夜ちゃん。)
(小夜。)


行かなくちゃ。聞こえてくるみんなの声に向かってただ走る。何も見えなくても、何もなくても、怖くない。さっきの世界の方がずっと怖かった。みんなのことを忘れて、みんなと、きみと一緒に掴むんだと決めた夢を忘れてしまっていた世界の方がずっと怖かったんだ。でも、もう迷わない。もう、大丈夫。みんなの声が、きみの声がわたしを導いてくれるから。わたしの夢が掴める、そんな場所へ連れて行ってくれるから。だから、今、行くよ。


今回長かったですね!次でラストです!そしてこの回を書いてて気付いた。青根全然出してなかった!

back to list or top