「それが?」
「それがって…。」
「好きとか嫌いとか聞いて、何になるんだよ。」
「べ、べつにっ。そうなのかなーって思っただけ。」
「あっそ。」
「あっそ…って、二口、ちょ、何その反応!」
「くだらねえことばっかり考えてんなあって呆れてるだけ。」
「くだらなっ……?!」
くだらないことって何!?わたしは真面目に聞いたっていうのに、どういうことなの!!わたしのこういう質問よりも二口がいつも吐く嘘の方がくだらないよ!なんて思いながら頬を膨らませて、ふん、と鼻を鳴らした。なんて失礼な奴なんだ、本当
何よ、何なのよ……!
わたしだってこんなこと気にしたくない。なのに、なぜか、気になって仕方なくて。さっきの倉田さんの言葉が頭の中をぐるぐるして気持ち悪いからなんて責任転嫁もいいところだ
「好きだって答えたら、篠山、お前はどうすんだよ。」
「は……。」
覗き込まれた瞳。見えた世界に映るは二口の顔だけ。二口から放たれた言葉が胸に突き刺さる。深く、突き刺さって、わたしはまるで言葉を忘れてしまったかのように何も言えずにそこに立ち尽くすだけ。ただ、立ち尽くして、射抜くかのような鋭い二口の視線を受け止めるのが精一杯で
やっぱり、好きなんだ。
それなのに、二口はわたしの隣にいるから。ああ、それは違うんだったね。わたしが隣にいるから、二口は倉田さんを隣に置けないんだ。また、瞼の裏に貼り付いてしまった光景が蘇ってくる。ここに閉じ込めてしまった、わたしの知らない二口
気持ち悪くなった。吐き気のような、それに似た何かがせり上がってくる。言葉を吐き出そうとして、口を開いた瞬間、わたしよりもずっと早く二口がわたしの顔に手を伸ばしてきた。それにぎょっとしたわたしが目を瞑ろうとした瞬間、むぎゅっと頬を強く摘まれる感触
「は、はにっ…?!」
「ぷっ……なんつー顔してんだよ。」
「は、はにゃしぇ!」
「よく聞き取れませーん。」
「ふはふいのばか!」
「誰がばかだよ、ふざけんな。」
「っ…き、聞き取れてるじゃん!!」
ぱっと離れていく手。ひりひりする頬を擦りながら、恨めしげに二口を見上げると、にいっと意地悪な笑みを一つ。もう、と唇を尖らせて膨れるわたしの頬をぐりぐりと指で潰しながら、たった今思い出したかのように二口が口を開いた
「監督が小夜のこと探してたぜ。」
「え、嘘!行かなきゃ!!」
「嘘。」
「嘘?!」
「そ。」
わ、訳わからんっ!二口が本当に訳わからんっ!!
ぐっと握り締めた拳。さて、これをどこにお見舞いしてやろうか。握った拳の落としどころをどうしてやろうか考えている間に二口がドア口へと避難。「逃がすか!」とずんずん、足音を立てながら迫れば、ドア口へと避難していた背中が拳を握り締めるわたしを振り返ってにやりと笑う
「元に戻ったな。」
「えっ……。」
「そうしている方が篠山らしいんじゃねーの。」
「ちょ、ちょっと二口!」
言い逃げの如く、足早にここを後にしていく二口。わたしは追い掛けようと思ったのに、足が動いてくれなくて。まるで石化してしまったかのように、ぴくりとも動かない足。ぱくぱくと魚のように口を開閉させて、やがて何かを吐き出そうとした口を、そっと閉じた
「何、今の。」
ていうか、わたしらしいって何。こうやって拳を握り締めて鬼のような形相で二口を追い掛け回しているのがわたしらしいってこと?何それ、どういうこと。全然嬉しくないんだが?
失礼しちゃう、なんて頬を膨らませていても、なぜだか段々と口角が勝手に上がっていっちゃって、おかしい。これは本格的におかしいぞ、なんて思っている間に完全に上がりきった口角。にやにやと笑いが止まらなくなってどうしよう
ばからしくなっちゃった。
本当、何うじうじしていたんだろう。ひどく卑屈になっていたように思う。二口が言ったわけじゃないのに、まるで二口の声のように人の言葉を聞いて、一人で変に突っ走って、ばかみたいじゃないか
「ぷっ。」
お腹を抱えて笑う。ひーひー言って、ひとしきり笑ったら、目尻に溜まった涙を服の袖で拭った。そして、よし、と気合いを入れてガッツポーズ一つ
「さて、続きをやりますか。」
ぱんぱん、と洗濯物を広げて、乾いた物は畳んで所定の位置に納める。そうこうしている間に体育館に戻らなければいけない時間。しっかり給湯室のドアを閉めて体育館へと続く廊下を靴音高く響かせながら歩く
途中、足を止めて、暗幕が引かれた空を見上げた。そこに散りばめられた小さな光たちを見て、昔のことをふと思い出す
「星を掴めたら、ね。」
なぜか、急に思い出した。幼い頃の記憶。二口が言っていたんだ。星を掴むことができたら、どんな願い事でも叶うって。それが二口の嘘だってもう知っているのに、わかっているのに、わたしは今も夢を見ている。星を掴まえたら夢が叶うって
「わたしの夢、ね。」
大した夢じゃない。だけど、叶えたい夢がある。伊達工業に入って、二口に誘われるままにバレー部のマネージャーとして活動するうちに自然と抱いた夢が。選手たちと一緒に見る夢がある。連れ行ってもらうのではなく、わたしも彼らとともに走っていくのだ、と
「うっ……。」
また、痛み出す頭。いつかと同じような激痛がまたわたしを襲う。ぐらりと揺れる視界。その場に蹲って、頭を押さえるも、吐き気すら伴うその痛みに意識が段々と遠のいていく
「小夜?」
暗い一人きりの廊下のはずなのに、その声がはっきり聞こえて、さらに痛みを増す頭。くぐもった声で助けを求めようと歪み始める視界で伸ばした手を誰かが握った。その手のひんやりとした感覚に、さっきまでの痛みが嘘のように引いていく
「あ……。」
「おい!篠山、大丈夫か?!」
「あ、うん。ごめん、ちょっと。」
「この間からどうしたよ?変だぞ、お前。」
「ごめん、あの、うん、ありがと。」
「篠山が来んの遅えから監督が心配してる。早く…あ、いや、おれが監督に言っておくから、ちょっとそこで休んでろよ。」
「あ…うん、ありがとう。」
あたふたとしている二口が珍しくわたしを気遣う言葉に、素直に頷いた。体育館へ向けて走り去っていく二口の背中を見つめながら、ふう、と息を吐き出して、ぽつり。
「変、だな…。」
前の頭痛も、今回の頭痛も。そして、この間の指先の痛みも。おかしいと思ったそばから、なぜかその疑念が消えていってしまう感覚も。
「あれ、何だっけ…。」
何かを変だと思っていたのに、何だったのか忘れてしまっている。いや、何を忘れてしまったんだろうか?そもそも何も忘れていない。あれ、わたしはここで何を?
自分が今なぜここにいて、ここで何をしているのかわからなくなって混乱。その混乱を切り裂くように、廊下の奥からわたしの名前を呼ぶ二口の声が聞こえて、全て霧散していった
きみの声に紛れていく
そして、消滅する疑念
(篠山は二口の世話をし過ぎだ。)
(え、ああ、はい。)
(疲れが出たんだろう。ゆっくり休め。)
(あ…ありがとうございます。)
(二口、篠山に迷惑かけんなよ!)
体育館に戻って、監督の元に行けば開口一番でなぜかそんなことを言われて目が点。次いでわたしを気遣う言葉にびっくりしながらも、照れ臭くなって。素直にお礼を口にすれば後ろできみが「こいつがお節介なだけっすよ!」と言っているのが聞こえたが聞こえない振り。監督の言葉に追撃するかのように茂庭先輩がきみに向かって「少しは自分のことぐらい自分でしろ!」と言っているのが聞こえていい気味だ。そうだ、きっと疲れていたんだと思う。何で疲れているのかはわからないが、そう思ったことも何故だったのか騒がしさに紛れてよくわからなくなった。
めちゃくちゃ眠い…眠いです…