70 side MIYA

少し冷たい風が頬を撫でる。備え付けられているベンチに腰掛けて手にしていたコーヒーを隣で棒立ちしている飛雄くんに差し出せば「あざっす」と言って受け取る姿に何とも言えない気持ちになる


ほんまは真緒ちゃんの分、やってんけどなあ。


まさかこんなところで出くわすとは思わなんだ。本当にたまたま真緒ちゃんの分のコーヒーを買って、エレベーターホール近くの待ち合いロビーで話が終わるのを待っていようと思っていた。そこに着いたのは、たぶん、真緒ちゃんがエレベーターホールにくる数分前だ。エレベータホールに真緒ちゃんの姿を見つけたから、近寄ってみれば飛雄くんが真緒ちゃんの頭を撫でている姿が目に入って。それはおれにとってすごく嫌な光景で。そして、あろうことかそのまま、真緒ちゃんのお父さんの病室に二人で消えていきそうな雰囲気で、思わず声をかけた。かけざるを得ない、そんな状況だったから



「…で、何やおれに話って。」


「宮さんもおれに話があるんすよね?」


「え?ああ、まあ。」



ぶっちゃけ、話なんて大層なもんちゃうけど。


まあ、確かに飛雄くんと一度話をしておきたいと思っていた。けれど、実のところこうして呼び出したのは、真緒ちゃんと二人きりにさせたくなかったし、一緒にいる姿を見るのが嫌だったからというのが大きい。これは所謂、世間一般で言うところの嫉妬、というものなのだろう。自分でも随分と色呆けしているなと自覚はしている。自分がされたら絶対に嫌だが、真緒ちゃんの全てを独り占めしたいとさえ思ってしまう。他の男と一緒にいる姿を見るのも嫌だ。特に、飛雄くんとは。飛雄くんが関わると、真緒ちゃんはいつもおれの知らない顔をする。おれにはしてくれない顔をするから。その顔を見る度に、胸に巣食う嫌な感情。真緒ちゃんが聞いたらドン引きして口も利いてくれなくなるかもしれないけれど



「飛雄くんが先に言うて。」


「あ、はい。あー……宮さんは、真緒のこと、どう、思ってるんすか。」


「好きやけど。」


「…そう、っすか。」


「飛雄くんがおれに聞きたかったことってそれだけなんか?じゃあ、逆におれが飛雄くんに聞きたいんやけど。」


「何すか?」


「飛雄くんこそ真緒ちゃんのこと、どう思ってるん?」


「おれは……。」



その反応だけで、答えなんて聞かなくてもわかった。というか、前から薄々気づいてはいた。普通に。あの飲み会の日からずっと、実は、そうなんじゃないかって。でも、本人に確かめたわけじゃないし、彼女いるとか何とか風の噂で聞いたし。確信したのは、その噂の彼女と一緒にいる飛雄くんを見た時。全くもってそんな匂いがしないから


知っていて、ずるっこやな。


それなりに恋愛経験を積んでいれば、飛雄くんと彼女が付き合ってないことぐらいわかる。彼女の方はあからさまだけど、飛雄くんが全然興味ないって雰囲気だし。飛雄くんの目に熱が篭る瞬間なんて、すぐわかる。だって、おれと一緒だから。それでも、真緒ちゃんには言わなかった。傷ついてるって知っていながら、おれは利用したんだ。全部。ずるっこだってわかっている。でも、利用できるもんを利用して何が悪いのか。形振り構ってられないんだ。それぐらい、心から手に入れたいと初めて思った女の子だったから

ごくりと、コーヒーを二口嚥下するほどの長い沈黙を要して、意を決したようにベンチに座るおれを見据えて、飛雄くんが口を開く。握り締められたコーヒーの紙コップが少し凹んでいた



「……おれは…真緒には、幸せになってほしい、と思ってます。だから。」


「そんで?」


「で?って…。」


「おれはそんな綺麗ごと聞きたいんとちゃう。自分の率直な気持ち、聞かせてほしいだけなんやけど?」


「……。」


「もう一度聞くんやけど、飛雄くんは真緒ちゃんのこと、どう思ってるんや。」


「……おれは。」



先程と同じように「おれは」から先が紡がれず、長い沈黙がやってくる。飛雄くんは俯き、コーヒーを持つ手が小さく震えていた。次いで、急に顔を上げて、まだ熱いはずのコーヒーを一気に飲み干して、グッと眉間に皺を寄せながらおれを射るように見据える。先程よりもずっと飛雄くんの瞳が色濃く見えた



「おれは……。」


「……。」


「おれは真緒が好きです。」



ああ、やっぱり。そうやろな。


真っ直ぐおれを見据えて放たれた言葉。その言葉が持つ想いの強さを聞けて、やっと対等になれた気がした。これで正々堂々、この男と勝負ができる。勿論、真緒ちゃんの気持ちを優先して…と、言いつつ今までも結構強引にしてきたけど。頑なに想いを隠す飛雄くんに苛立ちとちょっとのアンフェア感があったが、これで遠慮しなくて良いと思うと少し胸の内がスッとした気がした



「それは、良かったわ。」


「は?良いって…宮さんと真緒は付き合ってるんじゃ。」


「それはどうやろな?」


「何すか、それ。…もし、真緒のこと、遊びとかなら手を引いてください。」


「ははっ。悪いな、飛雄くん。」


「宮さん!あいつはそんな器用な奴じゃねえし、あいつのこと傷つけるんだったら!!」


「生憎、本気や。」


「は。」


「本気も本気や。」


「え…っと、そう、っすか。別に、それならそれで…。」


「あと、言うておくけど、まだ、おれと真緒ちゃんは付き合うてへんし。」


「え?」


「んーっ、はあ。さすがに長距離運転疲れたわあ。さて、飛雄くんの話がそれだけやったら、おれは真緒ちゃんの所に戻るわ。ほな、またな。」


「ちょ、あの、宮さんの話は!」



ぐーっと伸びを一つして、ベンチをぎしりと鳴らし立ち上がる。くるりと踵を返してつかつかと靴底を鳴らしながら屋上の入口ドア前。近くにあったゴミ箱に飲み干してぐしゃぐしゃに丸めたコーヒーの紙コップをポイッと捨てたら階段へと続くドアに手をかけた。そんなおれに慌てたように声をかける飛雄くん


ああ、そういえば、そう言うてここに呼び出したんやっけ。


飛雄くんの気持ちが聞けて満足して忘れていた。くるりと再度飛雄くんのいる方に向き直り、ビシッと人差し指の腹を飛雄くんに向けてニヤリと笑う



「宣戦布告や!」


「は?」


「自分がぼやぼやしとったら、まだ、が、もう、になんで!真緒ちゃんとはちゅーも済ませた仲やしな!!」


「え、な、ちょ、はあ?!」


「ちゃんと自分も本気になってかかってこおへんかったら、真緒ちゃんはすぐにおれのもんになんで。」


「……宮さん!」


「飛雄くんが本気で真緒ちゃんのこと好きなんやったら、早よあの厄介な姉ちゃんどうにかしいや。おれもいい加減、見過ごせへんよ?」


「……。」


「ほな。」



片手を上げ、ひらひらと軽く振って開けるドア。パタリと閉まれば、口から溢れ出る溜め息一つ


敵に塩を送って、どうすんねん。


付き合ってることにしておけば、飛雄くんだったら真緒ちゃんのためにとか偽善者ぶった言葉を並べて身を引いたかもしれないのに、本当のことを言うなんてどうかしている。上手く利用すればおれの望んだ未来が待っているかもしれないのに。それでも、何となく、この男にはフェアな状態で正々堂々と真緒ちゃんを奪いたいと思った。試合でもそうだ。こういう状況は、より一層燃える。俄然やる気が出てきた。飛雄くんが本気でおれと勝負しないならしなかったでそこまでの男だっただけの話。そうなったらゆっくり真緒ちゃんを攻略するだけだ。難敵であればあるほど楽しいものはないし



「待ってください、宮さん!」


「ん?何や、まだ何かあるんか?」


「おれも、行きます!」


「…ははっ、ええんちゃう?望むところやで。」



先程出たドアの閉まる音が響いて、おれを呼び止める声。振り返った先にギラギラと燃えるような炎を灯した瞳がおれを射る。そして放たれた開戦宣言に思わずどくどくと胸が高鳴った



今日からぼくらは好敵手。
今日から、今から、この瞬間から。


(つか、付き合ってもないのに手出すとか何してんすか。)
(中坊か。大人なんやから別にええやろ。何やったらしたんはちゅーだけちゃうし。)
(……は?)
(大人やし、なあ?ハハハ。)
(ちょ、どこまでっ!?)


目を見開いて狼狽する姿に思わずニヤリと不敵な笑みを一つ。いつも冷静にコート内を把握してプレーする姿とは違い、真緒ちゃんのこととなると、ちょっとつつけば思ってることがダダ漏れな飛雄くん。揶揄い甲斐のある奴だ。慌てている飛雄くんに「さて、どこまでやろなあ?」と含みを持たせた言い方をすれば、グッと眉間に寄る皺。いい気味だ。少しはそうやって翻弄されろ。おれがされているように。どこまでしたのか足を止めて考え込み始めた飛雄くんを他所に階段をタッタッと降りて置き去りにしていく。飛雄くんがムッとした顔で追いかけてきて余計におかしい。真緒ちゃんと知り合ってから退屈しなかった日常が、更に面白いものになりそうだ。隣を歩く男の顔をチラリと見て、さて、これからきみをどうやって攻略していこうか、頭の中で考えるだけでワクワクするんだから、もうこれは重症だなと自分でも少し呆れた。

あとがき


書いていて楽しい二人のやり取りでした!


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