68

「は?何言ってんですか。」


「腹ごなしの運動。必要やろ?」


「だから、ラジオ体操をおすすめしてるって言ってるじゃないですか。」


「ラジオ体操は早朝限定や。」


「早朝限定とか意味わかんないし…ラジオ体操はいつやっても大丈夫です!何と言ってもとっても健全だから!!」


「不健全な運動もいつやってもええんやけどねえ?夜限定ってことはないやろ。」


「それ、は…そうかも、しれないですけど…。」


「ぷっ……けど、何や?」


「わたしと宮さんは、そういうのダメ、ですよ。」


「そういうのって?何でダメなん?」



そういうのって、しかも何でって…そんなこと言われても困るんだけどな…。


別に、宮さんだけじゃなくて、宮さん以外とも嫌だし、ダメだけど、でも、何となく、宮さんだから特にそういうことをするだけの関係になりたくないと思った、じゃ、宮さんは納得してくれなさそう。自分でも言い表せられない感情に、戸惑ってしまい思わず唇を尖らせる

紡ぐ言葉を探しつつも、宮さんを真っ直ぐ見据えながら、胸元に手を当て軽く押した。やっぱり何も言えず、ただ「ダメです」と言って首を横に振るわたしの頬に手を当てる宮さん。その手が、ひどく熱い。手のひらの熱をわたしの頬に移して、すり、と目元を軽く擦る。胸元を押す手の力が緩んだのを見逃さず、頬を撫でる手とは逆の手でわたしの手を取り、胸元から避けて床に固定すると、少しだけ距離を詰め、ずいっと近づいてくる体。一瞬、絆されそうになった自分にハッとして、慌てるわたしに意地悪な笑顔を向けて、頬を撫でていた手でわたしの顔を固定し、近づいてくる宮さんの顔。抵抗する間もなくただ触れるだけの唇が、少し冷たかった。すぐに離れたその唇から、深い溜め息が一つ吐き出されて、倒れ込むようにわたしの上にのしかかる宮さん



「ぐえっ。」


「ぶっ、ふはは!ぐえって…自分、ほんま色気ないな!」


「色気関係ないですよね、これ!?潰れてる!内臓圧迫死するから!!」


「あー、おもろ。なあ、真緒ちゃん?」


「や、ちょ、ちょっと宮さん…その、耳に、ふっ、てするの、やめてくださ、っ。」


「んー?真緒ちゃん、耳弱いん?」


「べ、別に弱くないで、つっ!」



宮さんが話す度に耳元に息が当たって擽ったい。身を捩って逃れようとするも、体重をかけられて重しのように宮さんの体が乗っかっているため逃げられない。それをいいことに、わざとらしく、耳元に息を吹きかけるようにして話す宮さん。息が耳元に当たる度にぞくぞくと背筋を這う何か。「やめてくださいってば!」と言って、宮さんの体を押すも体格差もありびくともしない


何か変なスイッチ入ってませんかね…これ。


面白い玩具でも見つけたかのような意地悪な笑顔で、執拗にわたしの耳元に息を吐いて、その度に跳ねるわたしの肩。びくっと震える度に満足そうに笑って、わたしの手を床に拘束していた手を離して、耳たぶを指で挟んで弄ぶ。その指の感触にも過剰に反応してしまう自分が嫌になるわたしを尻目に、息を吹きかけていた耳をぱくりと食む宮さん。びっくりし過ぎて思わず口から漏れた「ひえっ」という声に宮さんが肩を震わせて笑う



「もっ、やだって、ば!」


「えー、どないしよ。」


「て、いうか、ちょ、なんか当たってるんですけど!」


「真緒ちゃんが可愛くて、つい。」


「つい、じゃないですから!もーっ、退いて!!」


「しゃあないなあ。よっ、と。」


「え、ちょ、うわっ。」



スッと消えた重みにホッとするのも束の間、腕を掴まれて引き起こされ、次いでわたしの両脇に添えられる宮さんの手。掛け声付きで、体がひょいっといとも簡単に持ち上げられて、浮いたそこに宮さんの体が滑り込み、胡坐をかいた。向かい合わせになるように、宮さんの足の上に体を下ろされて座らされると、ぎゅうっと腰に回る宮さんの腕。密着する体に、何これと状況把握できず、脳味噌が上手く機能しない



「何ですかこれ。この体勢は何。」


「対面座位。」


「は?」


「対面座位や。」


「タイメンザイ…?何ですか、それ。チンゲン菜みたいに言われても。」


「何や、チンゲン菜て……体位の一つや。」


「タイイ…?タイイって何ですか。」


「エッチする時の正常位とか、バックとかあるやろ。それらの内の一つ。」


「は?……な、ちょ、はあ!?や、意味わかんないですからっ。ちょ、ちょっと離してって!」


「真緒ちゃん顔真っ赤やなー。」


「人の話聞いてます?!何、ちょっと、何でそんな力強っ、んう。」



グイグイと宮さんの肩に手を置いて体を離そうとするのに、腰に回る宮さんの腕の力が強すぎてぴくりともしない。座らされているせいで足に力も入らないから立てもしない。なぜこの体勢にされたのか訳がわからず、とりあえず離してと暴れるわたしの後頭部に回る宮さんの手。グイッと引き寄せられて唇を押し付けられる。僅かに開いた隙間から差し込まれる宮さんの舌を押し返そうとして、逆に舌を絡めとられ、上手く息ができない。わたしの舌も巻き込んで口内を弄っているからか、その無遠慮な舌を噛むこともできず、自分の唾液に溺れそうになった

息が上手くできなくて、苦しさでドンドンと宮さんの胸元を叩けば、ゆっくり引き抜かれた舌に唾液が繋がる。一気に酸素が取り込まれて、肩を上下させるわたしの下唇から垂れる唾液を宮さんの舌が舐め取って、軽く口付けを落とし、真っ赤になるわたしを見て「可愛ええやん、その顔」なんて言ってニヤリと笑った



「いつも待てされてお預け食らってるんやから、たまにはご褒美もらわんとな?」


「どこが待てできてるんですか、どこが!」


「どう見ても待ってるやろ。」


「あっ、ちょ、や、どこに手入れて…!」


「いつでも、こうすることはできるのにせえへんのは、何でやと思う?」


「ちょっと、やだっ、何外してるんですかっ。」



Tシャツの中に入ってくる宮さんの手。背筋を指先でなぞるように上へ上へと這って、ブラジャーのホックに指をかける。ぱちん、といとも簡単にホックを外して、前にずり落ちてくるブラジャーに慌てて両手で胸を押え込み、ガードするわたしを見て「ほら、こない簡単にできるんやで」なんて言って笑う宮さん



「真緒ちゃんが好きやから、今はダメを聞いたるわ。」


「…ダメって言っても、こうしてセクハラするくせに。」


「最後までしてもええけど?」


「結構です!」


「ちょっとはおれのムスコにも気を遣っていただきたいところやけどねえ。我慢のしすぎでおかしくなりそうなんやけど。」


「自分のムスコさんなんですから、ぜひ自分でお世話してください。ノーネグレクト!」


「あ、そういう可愛くないこと言うんや?」


「や、嘘嘘!ごめんなさい!お尻に当たってるから!!やだ、ちょっと、本当に勘弁してください!!」


「人のムスコに向かって勘弁してくれってどういうことや!」



宮さんがグッと腰を上げる。その瞬間、お尻に当たる感触にギョッとして慌てて謝罪を口にするも、思わず口から出た言葉がお気に召さなかった模様。失言はまずいとキュッと口を引き結んだ


これ以上、ご機嫌を損ねたら何されるか堪ったもんじゃない…!


何とかご機嫌を取ろうと考えるも何も思いつかない。一刻も早くここから退きたいが、腰をホールドされていて動けないし。俯きながら唸るわたしの頭上に、はあ、とだいぶ音量大きめの深い溜め息。「顔、上げえや」と言われて馬鹿みたいに素直に顔を上げれば、ちゅっ、と小さなリップ音が響いて、パッと離れる宮さんの腕。先程と同じように両脇に手を差し込んで、わたしの体をひょいっと持ち上げると自分の横にすとんと下ろす。両脇から手を離して、再度、深い溜め息を吐いて頭を抱える宮さんによくわからない罪悪感がちくり。でも、とりあえず、宮さんが見ていない間に外されたブラジャーをそそくさと着け直す



「…コーヒー淹れ直します、ね?」


「ん。」



何と声をかけていいかわからず、今はそっとしておくことにした。すっかり宮さんのコーヒーが冷めてしまったし、わたしのマグは空になっていたのもあってコーヒーのおかわりを淹れることに。一応声をかければ小さく頷く宮さん。マグを二つ手にして立ち上がろうとしたわたしの耳に響く一つの着信音。テーブルに置いてあるわたしの携帯がぶるぶると震えていた


誰だろう…?


こんな朝早くに電話だなんて、と思いながら目にした携帯電話のディスプレイには「お母さん」と表示されている。滅多に連絡を寄越さない母からの連絡に、何となく心臓が嫌な音を立てた



「もしもし?」


『あ、真緒?!お父さんが、お父さんがねっ。』


「え、お父さんが何?どうしたの??」


『今朝、トラックに轢かれて…!』



目の前が暗さを増すと同時に手から携帯電話が滑り落ちていった。



不幸を告げる着信音。
同調するかのようにやけに響く、嫌な心音。


(真緒ちゃん、どうしたん…?)
(宮さん、どうしよう…どうしようっ。)
(ちょ、落ち着き。何、どうしたんや。)
(お父さん、お父さんが、今朝トラックに…!どうしよう、え、どうしよう!!)
(…わかった。わかったから、真緒ちゃん。ちょっと落ち着きや。)


背中に置かれた宮さんの手。「こういう時は慌てたらあかん。一回深呼吸しいや」と言って、浅い呼吸を繰り返す背中を擦ってくれる。何とか少し落ち着いた呼吸。宮さんが手から滑り落ちたわたしの携帯を拾って、耳に当てる。動揺して上手く会話ができないわたしの代わりに母と二言三言会話をして、切る電話。揺れる視界で宮さんを見上げれば、わたしの腕を掴んで、「行くで」と言って立たせ、腕を引きながら玄関へ。どこに行くのかわからないまま、床に置かれていたわたしの鞄を引っ掴んで、わたしに押し付けると靴を履いて「すぐ戻る」と言って部屋を出ていく。ただ呆然と玄関のドアを見つめていると、すぐにそれは開いて、ジャケットを羽織った宮さんが現れると「側におるから」と言って、石化した足で歩き出せないわたしの腕を引いた。

あとがき


セクハラにも気を遣う宮さん。
back to TOP