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「ん…。」差し込む陽の光。瞬きを繰り返して見えるカーテンが風で揺れている。気怠い体を何とか起こして、欠伸を漏らせば、外気でぶるりと震える体
「さっむ………は?」
あれ、なんか前にも同じことなかったっけ…?
既視感。そろり、と体を覆っていた布団を捲って恐る恐る確認。そして、ホッと胸を撫でおろす。良かった、着ている。服は。それは良かった、が、隣で寝息を立てているこの人は、なぜここに…?いや、違う。逆だ。なぜわたしはここで…宮さんの家で寝ている?
「ふわあ…あ。」
「おはようございます。宮さん、起き抜けで申し訳ないんですが、一点確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
「何や起きて早々…もうちょっと寝かせてや。」
「ぎゃっ。」
「色気ないな。」
「何抱きついてるんですか!やめてくださいよ!!」
「やっぱり真緒ちゃんは抱き心地ええな。」
「ちょ、どこに手入れてんですか、このド変態セクハラ狐、がっ!」
「いっ、た!」
色々確認するためにもぞもぞとしていたせいで、隣で寝ていた宮さんが欠伸を漏らしながら、目を擦り、次いでわたしの姿を捉える。目がばちりと合って、口から漏れる一音。わたしはにこりと笑顔でなぜこうなっているのか状況の説明を求めるも、はぐらかすようにわたしのお腹周りに腕を回し、ぐいっと自分の方に引き寄せると、そのまま抱き締められて。お臍辺りに顔を埋められ、思わず漏れるわたしの悲鳴を宮さんが鼻で笑いながら「色気がない」と一言。ムッときたわたしが怒るも、どこ吹く風で服の内側に忍び込んできた手に、すかさず蹴りを一発入れれば、宮さんが蹲りながら「何すんねん、阿保!ちょっとお腹触っただけやろ!」と睨みつけてきたが全然怖くない
ちょっと触っただけとかどういうことだ!油断も隙もないな、もう…!
少し乱れた衣服を整えて、ベッドを抜け出そうとするわたしの腕を掴んでグイッと引き寄せる。突然のことにびっくりして、抵抗できぬまま、ボフッとベッドに逆戻りする体。さっきと違うのは、なぜか視界に天井と宮さんの顔が見えること。掴まれた腕はシーツの波に飲み込まれて、身動きができず、ぎしり、とベッドのスプリングが嫌な音を立てた。本能と今までの経験によって導かれるある一つの答え。この体勢は、非常にまずい
「何ですか、この体勢。」
「んー?朝の運動でもしようかと。」
「それならラジオ体操がおすすめですよ。本当超おすすめ。何より健全だし、全年齢対象!一人でもできるし!!」
「えー?おれ的には不健全な運動がええんやけど、ねっ。」
「ひいっ!ちょ、ちょっと!当たってる!当たってるから!!」
グッとわたしに体重をかけて、太腿に当たる感触に、思わず小さな悲鳴を上げれば意地悪な笑みを湛えながら「え?何が??」と意味がわからないといった風にお惚けをかましながらわたしを見下ろす宮さん
何楽しそうな顔してんだ、この変態は!
抵抗したくとも、手は抑え込まれ、体重をかけられてしまったら、何も抵抗ができない。ぎりぎりと奥歯で歯噛みをするわたしを見下ろす宮さんの何と楽しそうなことか。ここで一つ悔やまれるとしたら、昨日は馬鹿みたいに飲み過ぎて、寝てしまったのかということだ。そもそもおんぶしてもらわなくても、タクシーで帰って、ちゃんと自分のベッドで寝ていたらこんなことにはならなかったはず。本格的に禁酒しよう。そうだ、アルコール漬けの脳味噌じゃきちんと状況判断できないからこういうことになったんだ…なんて、今更後悔しても遅いわけで。何とか自分の上から退いてもらわないと、と考えるも何も良い策が思い浮かばない
「宮さん…退いてください。」
「えー?どないしよ。」
「お願いします。」
「もう少し可愛く言うて。」
「は?」
「可愛く言うてみ?さん、はい。」
「……宮さん、お願い。」
「………まあ、悪ないな。しゃあなしやで。」
「やった、ありが、んうっ?!」
「今のおまけ付きで、ギリ合格やな。」
「ちょ、ちょっと!何で!!」
「ん?もっとしてほしいって?」
「イエ、ナンデモアリマセンヨ。」
可愛いかどうかはわからないが、自分なりの精一杯でお願いをすれば、ふう、と溜め息にも似た吐息を漏らす。次いで、わたしの手を拘束していた宮さんの手がパッと離れて、早速起き上がろうとするわたしの顎を捉えて、押し付けられる唇。ギョッとするわたしに、今のはおまけだなんて言って笑う宮さん。わたしの唇がおまけとはどういうことだ!と怒るわたしに、ずいっと近寄り、鼻がぶつかる距離で顔を傾けながら、もっとするぞと脅しをかけられて渋々押し黙った
そんなわたしを見て満足そうに笑い、約束通り離れていく体。ベッドから一足早く抜け出した宮さんが、何か思い出したように声を上げて、わたしを振り返る
「あ、そや。真緒ちゃん、お腹空いた。」
「はあ。」
「朝飯、食べよ。」
「気のせいかな、わたしに作れって言ってるように聞こえるんですけど。」
「そう聞こえへんかった?」
「はあ…どうせ嫌って言ったらまた意地悪するんでしょ。」
「うん。まあ、そうやね。」
「いけしゃあしゃあと…はいはい、わかりました。じゃあ、行きますよ。」
「よっしゃ。」
小さくガッツポーズを作る宮さんを尻目に、わたしもベッドを抜け出し、すぐ近くに置いてあった自分の鞄を手に取る。宮さんの部屋にはご飯を作れるような食材も調理器具も大してないので、わたしの部屋に行くしかない。宮さんの部屋の玄関に置いてある自分の靴を履きながら、そういえば、と朝一番で疑問に思ったことを思い出した
「そういえば、わたしは何で宮さんの部屋で寝てたんですか。」
「あー…あの後何度起こしても起きひんし、鍵探す余裕もなかったしな。」
「えっと、それは…大変失礼しました。」
「まあ、そのおかげでぐっすり寝れましたわ。」
そう言ってにこりと意地悪く笑う宮さんはスルーし、宮さんが靴を履いたのを確認して、二人揃って部屋を後にする。すぐ隣にあるわたしの部屋のドア前に着いて、ガサゴソと鞄から鍵を取り出し、かちゃりと鍵を開けて、ドアを開けば宮さんに中に入るように促した。玄関で靴を脱いで、洗面所へ直行しまず手を洗う。「リビングで待っていてくださいね」と声を掛け、まだ手を洗っている宮さんを置いて、わたしはキッチンへと足早に向かった
まずは冷蔵庫の中の確認。ベーコンとキャベツ、ミックスチーズと卵2個を取り出して、ぱたんと閉める。昨日は飲み会でご飯を炊いていなかったし、今から炊くと時間がかかるので、今日はパンにしよう、と冷凍庫から食パンを2枚取り出して、トースターへセットした。パンが焼けるまでの間に、キャベツを千切りにし、ベーコンは1cm幅に切る。熱したフライパンにサラダ油を引き、千切りにしたキャベツとベーコンに塩コショウを振って炒め、しんなりしてきたところで、鳥の巣状のものをフライパンの中で2個作り、作っていた窪みの中にそれぞれミックスチーズと卵を割入れた。あとは水を入れて、蓋をし、中火で火が通るのを待つだけ
「美味そうな匂いがするー。」
「あ、コーヒーでいいですか?インスタントですけど。」
「ん。ありがとさん。」
「今持っていくんで座っててください。」
さっきまでリビングのソファーに座っていた宮さんが匂いにつられてふらふらとキッチンに近寄ってきた。コーヒーも出していないことに気づき、これは失敬とコーヒーで良いか確認してケトルに水を入れてお湯を沸かし、インスタントコーヒーを淹れてソファーに大人しく座っている宮さんに「どうぞ」と言って差し出せば、「真緒ちゃんはええ奥さんになるわ」と言われて苦笑を返す。いい奥さんができなかったから、こうしてバツがついて一人なんだけど、とは言わなかったが、苦笑を返したことで色々察した宮さんが「おれにとって、ええ奥さんになるで?」といらんフォローをしてくれた
誰が宮さんの奥さんになるか、誰が。
「なりませんけど」なんてその言葉に言葉を返していると、チン、とトースターがパン焼けたと合図を送ってきたので、急いでキッチンに戻り、適当なお皿に乗せてテーブルへ。早速食べようとする宮さんにストップをかけて、再度キッチンに戻りフライパンを確認すれば良い感じに卵に火が通っている。火を止めて、用意していたお皿に盛り、お醤油を片手にテーブルに並べれば本日のモーニング完成
「美味そう。」
「いただきましょうか。」
「ん。いただきます。」
「いただきます。」
二人手を合わせて、声を揃えて、いただきます、と言えば、箸を手にしてさっそく巣ごもりキャベツをつついて食べる宮さん。一口、ぱくりと食べてにんまり笑うその顔に、わたしも少し嬉しくなったり
「うっま!なあ、これ、なんて言うん?」
「巣ごもりキャベツです。簡単に作れるし、ヘルシーで食物繊維も取れるからおすすめですよ。」
「へえ。真緒ちゃんは何でも作れるんやなあ。しかも美味い。」
「何でも、なんてことはないですけどね。」
「朝からおおきに。」
「……別に、宮さんのためじゃないですけど。わたしのついでです。」
真っ直ぐわたしを見据えながら放たれた言葉に思わず口角が上がる。いつものやり取りなのに何だか急に恥ずかしくなって、顔を逸らしながら、ついで、なんて言えば、宮さんはニヤニヤと笑いながら「真緒ちゃん、照れてる?可愛ええー」とか言っていじってくる。居心地の悪さにテーブルの上に置かれたテレビのリモコンを掴んで、電源ボタンを押下。点いたテレビでやっていたのは、普段は見ないワイドショーで。昨日朝にニュースを見た選局のままになっていて、口の悪いMCがゲストに話を振っている。そして、コメントを求められて映されたされた人の姿に、コーヒーを飲む手が止まった
「今日のゲストは、久しぶりに来てくれた芹香ちゃんでーす。会わない間に随分と春爛漫だねえ。」
「え?あはは!それ聞きますー?しかも番組冒頭じゃないですか!」
「気にするとこそこなの?!もうぜひ聞かせてほしいなー。えー、何、あれは本当なの?」
「そうですねえ、わたしから言えるのは…んー……ふふ、仲良くさせてもらってます、ってことだけですね。」
「もうそれが答えじゃーん!幸せオーラ全開!羨ましい!」
あははは、とスタジオにも家のリビングにも響く笑い声。手にしたコーヒーがわたしの溜め息で静かに揺れた。
画面から、ナイフ。
聞きたくないのに、そのナイフは鋭利な音でわたしに突き刺さる。
(お相手の影山選手も、女性に人気の選手ですからねえ。)
(芹香ちゃんは老若男女問わずファンが多いし、本当にお似合いの二人だねえ。)
(影山選手と言えば、イタリアセリエAのチーム、アリ・ローマへ移籍が発表されていますね。)
(どうなの?芹香ちゃんはイタリア。行く予定はある?もし行くとしたら、その時は、ね?)
(ふふふ。)
やっと体が動いて、画面から目を逸らそうとした時、わたしが持つテレビのリモコンを宮さんが奪い、電源ボタンを押して消すテレビ。ぷつん、という音とともに消えるテレビ画面を最後に、リビングを静寂が占拠した。まだ熱い状態にも拘わらずに手元のコーヒーをごくごくと飲み干して、喉がひりひりと痛む。それでも宮さんににっこりと笑顔作り、立ち上がるために膝立ちになりながら「コーヒーおかわりいりますか?」と聞けば、伸びてくる宮さんの手のひら。訳もわからず硬直するわたしに真っ直ぐ伸びてきたその手のひらが、わたしの両頬を捕まえて、グイッと顔を引き寄せられる。がたりとテーブルが音を立てて揺れた。膝立ちの状態で急に引き寄せられて、前のめりになる体に慌ててテーブルに手をついたわたしの唇を食べるようにして重ねられ、割り入ってくる舌に口内を蹂躙される。嫌だ、と抵抗するように宮さんの舌を噛んだのに、それに眉を顰めるだけで離れない唇。酸素を根こそぎ奪われていく。くらくらと酸欠で前に倒れ込むわたしの肩を押し、床に押し倒してわたしに跨りながら「やっぱ、食後の運動でもしよか?」なんて馬鹿みたいに笑って言った。あとがき
下心満載の宮さん…。