51

「自分ら…まさかこの短時間で?」


「は?何やねん。」


「ヤッたんか?」


「阿保か!」


「な、何もないですよ!」


「ふーん?」



二人で治さんを待たせていたベンチのところに戻るや否や、ぶつけられた治さんの問いかけにぶんぶんと勢い良く首を振って否定する。治さんの訝しげな視線を受けて、冷汗が止まらない。別にやましいことはしていない…いや、正確に言うとしていない、わけではないけど、治さんの言う厭らしいことはしていない。してはいないが、治さんのその訝しげな視線を上手に躱せる術を持たないわたしは、口を噤んで目を逸らすしかできなくて。嘘を吐くのが下手だと宮さんに言われたばかりの状況で、治さんに嘘を吐く勇気は持てなかった。口を開けばボロが出そうで、軽く下唇を噛んで塞き止める言葉たち。ちらりと横目で隣に立つ宮さんを一瞥すれば、面倒臭そうに首の後ろに手を当てて治さんをあしらっている


何か、とても普通、だ。


先程のことはまるで何事もなかったかのように、振舞っている宮さんのその姿に余計、混乱してしまう。悪い夢を見ていたような気分になりながら、確かに妙に痛い心臓を押さえて、はあ、と溜め息を一つ。聞き間違い、では処理できないほど、まだ、はっきりと耳に残っている宮さんが放った言葉たち。何せ、たった数分前の出来事だ



「真緒ちゃん。」


「……。」


「おーい、真緒ちゃん。」


「えっ、あ、は、はい!何ですか?」


「そろそろ帰りの新幹線の時間が近づいてきてるし、おれは東京駅に行こ思てるんやけど…。」


「あ、ああ。そうなんですね!それなら東京駅まで見送りに行きます!」


「え、ほんま?ええの??」


「勿論です!」


「やって。ツムはどうすんねん。」


「行くに決まってるやろ。」


「ツムな、真緒ちゃんが来るから行く言うてんねんで。真緒ちゃんがおらへんかったら、おれの見送りになんて絶対来おへんよ。どや、意外と可愛ええところあるやろ。」


「うっさいわ!全部聞こえてんねん!!」



治さんが揶揄うようにわたしにこそこそと耳打ちした言葉たち。こそこそ話しているのに隣にいる宮さんにしっかり聞こえていて、ツッコミと同時にバシッと頭を叩かれ、宮さんと治さんの小競り合いがまた始まるのを苦笑を漏らしながら見守る。二人を見ながら、治さんがわたしに耳打ちした言葉を反芻。宮さんに気持ちを吐露される前のわたしなら、何かの冗談だと思って「え、ストーカーですか?」とか馬鹿みたいに宮さんに言っていたと思うけど、宮さんの気持ちを知った今は、言われている意味がわかってしまって、気恥ずかしい

近づいてくる治さんが乗る帰りの新幹線の時間。仕方ない、と二人の小競り合いを止めに入ると、渋々といった様子で二人は小競り合いを中断して、居心地悪そうに頬を掻きながら東京駅へ行くか、と最寄り駅に足を向けて歩き出す。最初は二人並んでわたしの前を歩いていたのに、いつの間にか治さん一人が数歩前を歩き、宮さんがわたしの隣に並んで歩いていて。いつの間に隣に?と不思議に思っているわたしの手を取り、ギュッと握り締める。びくりと肩が跳ねたわたしを見て、クスリと笑う宮さん。振り解こうとするわたしに構わず、指と指を絡めて、離れないようにキュッと力を込めて握られる、手



「…離してくださいよ。」


「嫌や。別に、減るもんちゃうやろ。」


「いや、たぶんもう何か減ってますから。」


「何かって何やねん。」


「わたしに聞かないでくださいよ!」


「……えいっ。」


「痛っ!?いた、いたたた!骨!骨!!骨が擦り減ってる!!」


「ははっ。」



わたしの指と指の間に入った宮さんの指がぐりぐりと痛いくらいに締め付けて、骨がごりごりと奇妙な音を立てて、激痛。「粉砕骨折するかと思った!」と涙目で訴えるわたしに、けらけら笑いながら「するわけないやろ!そんなん自分の骨がスカスカやからちゃうか」と言う宮さんに、唇を尖らせて「そんなことありませんし!自慢の骨太だから!!」と言えば、「自慢の骨太て」とさらに笑われて、「もう離してください!」とやけくそのように言い放つも、全然離してくれない手

近づく最寄り駅。改札前まで来て、後ろで言い合いをしているわたしと宮さんが気になったのか、前を歩く治さんがくるりと振り返り、こちらをギロリと睨めつけながら「自分らイチャイチャするんやったら、ついてくんなや!鬱陶しい!!」と怒られた。物凄く納得がいかないんだが。



「宮さんのせいで治さんに怒られた!」


「人のせいにすんなや!真緒ちゃんがうるさくしたからやろ!?」


「どっちもうっさいねん!あー、もうええ。もうここでええから自分らどっか行け!!」


「えっ。」


「え、ほんま?じゃ、元気でな、サム。」


「そんなあっさり!?もう少し名残惜しさとか醸し出さなくていいんですか?!」


「いらんいらん、そんなもん。海外とか行くんやったらあれやけど、こいつ実家におるだけやし。」


「いや、そうかもしれないですけど、ご実家兵庫ですよね?せっかくこっちに来てくれたのに。」


「真緒ちゃんはほんまええ子やなあ。それに引き換えこの薄情者。」


「うっさい。自分がどっか行け言うたんやろ。早よせんと電車乗り遅れんで。」


「うおっ、やばい。んじゃ、ほな、またなツム。」


「おう。」


「真緒ちゃん。」


「わっ。」



お気をつけて、と振ろうとしたわたしの手をグイッと引く治さん。突然のことで、宮さんの手がわたしの手から離れる。引き寄せられる力に倒れ込むわたしの体を抱き留めて耳元に唇を寄せる治さん



「ツムのこと、頼むな。」



頼むって、何を?


本日二度目のその言葉に、何をどうしたらいいのかわからず困惑。そんなわたしは置いてけぼりのまま、治さんがわたしの体をくるりと反転させて、とん、と背中を押す。押された体はその衝撃に逆らうことなく、真っ直ぐ宮さんのところへ行き、足がもつれて前のめりになるわたしの体を宮さんが慌てて抱き留めた。それを見て、治さんが満足そうに笑うと、片手をひらひら振りながら改札へ向かう。その背中を見ながら「頼まれても、困りますよ」と唇を尖らせながら小さく呟くわたしに宮さんが「何やて?」と聞いてきたが丸っと無視をした



「サム、何言うてたん?」


「…別に、ただ、元気でって。」


「やっぱり真緒ちゃん嘘下手くそやな。」


「なっ、う、嘘じゃないですし!」


「ほら、もう慌ててしもてるやん。」


「ううううるさいな!嘘下手ですけど、何か!!」


「何も?ただ、そんなところも好きやなって思て。」


「〜っ!!」


「めっちゃ真っ赤!自分、トマトさんみたいやな。可愛ええ、可愛ええ。」


「……帰る!」


「ちょ、え、真緒ちゃん?!」



さらりと言ってのけるその言葉に、思わず、かあっと頬が熱くなる。真っ赤になっているであろう顔を指摘され、その上可愛い可愛いと揶揄われながら頭を撫でられて恥ずかしくて堪らない。やってられるか!と頭を撫でる宮さんの手を払い除けて、くるりと踵を返す。宮さんの顔も見ずに「帰る!」と言うわたしの背中に、慌てた宮さんの声。宮さんなんか知るか、と慌てる宮さんは放って、ずんずん前へ前へと歩を進めるわたしの手を掴む、熱い手。少し空いた距離を詰めて、わたしの隣に立った宮さんがわたしの顔を覗き込みながら口を開く



「仕切り直し、しようや。」


「は?わっ。ちょ、ちょっと!」


「デート、約束したやろ。」


「いや、で、でも、もうこんな時間ですけど!」


「行くで。」


「ちょ、待っ、待って!待って!!」



引かれる手にもつれる足。歩幅大き目で飛び出す駅、17時18分。



約束に向かって手を引く。
今からが、昨日約束したデート、だと。


(転ぶ!転ぶから!)
(転んでも受け止めたるよ!どーんと来いや!)
(いや、そういう問題じゃないですけど!)
(真緒ちゃん、トロイな!)
(うっさいわ!誰がトロいんじゃ、ボケェ!)


身長差なんぼあると思ってるんだ、この人は!客観視したら、きっと巨人と小人みたいなもんだぞ!!と思いながらも、自分をチビだと認めるようでそれはそれでムカつくので歩幅を大き目に、まるで競歩かと言いたくなるほどの早歩きで何とか宮さんの隣に並んでやると、ムキになっているそんなわたしを見て「やっぱ真緒ちゃんは面白い子やなぁ」と言いながら朗らかに笑う。褒められている気が全然しない。だがそれに突っ込むのも面倒になり、とりあえず「どこに行くんですか?」と聞いてみれば、意地の悪そうな企み笑顔で「さあ?」なんて首を傾げて白々しいにもほどがある。ていうか、さあ、ってなんだ、さあって。ムッとして「じゃあ、帰ります!」と言えば、「帰さへんけど」なんて言って、意地悪な笑顔を湛えた宮さんが離れないようにとわたしの手を強く握り締めた。

あとがき


色々吹っ切れて、遠慮がない宮さんと何だかんだ兄弟思いの治の図。

back to TOP