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ステージ上で、用意されていたスツールに腰掛ける飛雄の姿をじっと見つめた。目を逸らそうとしたのに、なぜかできなくて、ただそこ一点だけを見つめる。MCのお姉さんの声がマイクを通しているのにやたらと遠くで聞こえた「真緒ちゃん、行こ。」
「え?」
「ツム、急にどうしたん?」
「ええから、行くで。」
「ちょ、ちょっと、宮さん、待っ。」
「ええから!」
急に立ち上がって、わたしの腕を掴む宮さん。見たことないくらい怖い顔をしていて、びくりと跳ねる肩。訳のわからないまま、無理矢理立たせられて、がたりと椅子が鳴った。急に立ち上がるわたしと宮さんを何が起こったのかわからないといった困惑顔でこちらを見る治さん。トークショーが始まったばかりなのに、急いで立ち上がるわたしたちを周りの人が異様なものを見るような目で注目。宮さんの高身長も相まって悪目立ちしてしまっている。
ふと、牛島さんの自己紹介が行われているステージを見れば、驚いた顔でこちらを見る、黒目。ばちりと目が合って、気まずい。そんなわたしに構わず、痛いくらい強引に腕をぐいぐい引いて人混みを抜けようとする宮さんの手を振り解こうにも、力で敵うわけもなく。どんどん小さくなっていく飛雄の姿。人混みを抜けた頃には、もう見えなくなってしまった。それでもまだわたしの腕を引いて歩く宮さんの背中に必死で声をあげて足を止めさせる
「痛い、痛いって、宮さん!待ってってば!!」
「……。」
「宮さんっ!!」
「………何や。」
「痛い、ですよ…手、離してください。」
「…離したら、戻るんか?」
「は?」
「おれがこの手を離したら、自分はあそこに戻るんか?」
「…戻れないですよ、もう。」
だって、もう席は埋まっちゃっている。戻ろうと思っても、もう戻れない。
そう言えば、宮さんはわたしの腕を掴む手とは反対の手でぼりぼりと乱暴に頭を掻きむしる。目を瞑って、はあ、と深い溜め息を一つ吐き出し、腕から離れる手。ホッとするわたしにムッとした顔で宮さんが再度わたしの手を取り握り締める。指と指を絡めて、グッと力を込めて離れないように強く握り締められる手に、「痛いですってば」と言っても、無視されて。
手を握って、そのまま歩き出す宮さん。歩調はさっきよりもずっと遅く、一歩一歩踏みしめるように、前に進む。どこに行くのか、というか、治さんを置いて行ってしまっているけれどいいのか、色々と聞いてもどれもこれも丸っと無視されて、ただ目的もなく前に進んでいくだけ。そこから出来るだけ離れた場所に行きたいという一心で
「あの、宮さん。」
「……。」
「宮さんってば。」
「真緒ちゃん。」
「え、あ、はい。」
「自分のその顔嫌いや。」
「は?」
「ブッサイクやから。」
「はあ?!」
いきなり言われた嫌いに加えての不細工発言に眉尻を上げて、宮さんを睨みつければ、そんなわたしの顔を見てケラケラと笑いながら「あー、その顔は好きやわ」とか言う。意味わかんないし、怒っている顔が好きとか何なの。ていうか今、わたしのこと不細工って言ったよね?
「何なんですか。」
「ちょっとスッキリしたわ。」
「わたしはモヤッとしてますけど!」
「ええやん、ちょっとはモヤッとしいや。」
「何で!ていうか、手、離してください。」
「えー、嫌や。」
「出た、わがまま!手握られてる意味がわからない!!」
「迷子になったら困るやろ?」
「この歳で迷子になんかならないですよ!失礼な!!」
「おれが。」
「おれが、かい!」
思わず突っ込めば、宮さんが心底おかしそうに笑う。「ええツッコミやな!」と親指を立ててグッジョブポーズ付きで言われて、少しイラっとした。イラっとした気持ちのまま「いいから離してくださいよ!」と勢い任せに言えば、離れないようにぎゅうっとより強く握り締められる手。手のひらから聞いたことのない、ボキボキ、という音が聞こえた。スポーツ選手の握力半端ない。
これ以上何か言おうものなら、わたしの手の骨が砕け散ること間違いなしだ。そう確信して、口を噤むわたしをちらりと一瞥して満足そうな笑みを湛える宮さん。人のことを痛めつけて笑うとは、とんだ変態野郎だ
「ていうか、治さん置いて来ちゃいましたけど。」
「子供やないんやから大丈夫やろ。」
「それにわたしのイチゴバナナチョコカスタード…まだ一口しか食べてないのに。」
「真緒ちゃんが太らんように救ったおれに感謝してくれてもええんやで。」
「誰がするか!余計なお世話ですー!」
どんだけわたしを太るキャラにさせたいんだ、この人は!
置いてきてしまった治さんも心配だし、せっかく買ったイチゴバナナチョコカスタードも一口しか食べられず、治さんに持たせてしまったままだ。大丈夫かな、と何度か後ろを振り返るわたしに宮さんが「そんなに、向こうが気になるん?」と聞いてきたので、「だってわたしのクレープ、治さんに持たせてしまったままだし」と答えると「何や、そっちか」と呟きを落とすと、すたすたと歩いていた足を商業施設内にいくつか設置されたベンチの前でぴたりと止める。すとん、とそこに腰掛ける宮さん。手を繋がれたままのわたしも否応なしにそこに腰掛けさせられて、ただ座る、静かな時間が流れた
「真緒ちゃん。」
宮さんがやたらと照明が眩しい天井を仰ぎながら、ぽつりと呟くようにわたしの名前を呼ぶ。その声が、何だか少しいつもと声色が違って、返事をするのを躊躇った。特に返事は求めていなかったようで、宮さんはちらりとわたしの顔を横目で一瞥すると、そのまま口を開いて
「あーっ!こんなとこにおったんか!!」
「………サム、自分なあ。」
「なんで置いていくん?!ありえへんのやけど!」
「え、あ、ごめんなさい。」
「真緒ちゃんのクレープはおれが食ってもうたわ!」
「ええっ!まだ一口しか食べてないんですよ!!」
「クレープなんて持って追いかけられるかっちゅーねん。」
「確かに。あれ、宮さん何か言おうとしてませんでした?何ですか??」
「…もう、ええわ。阿保。」
「はあっ?!」
宮さんが何かを言いかけたのとほぼ同時に、治さんがずかずかとこちらに歩み寄りながら割って入り、掻き消える宮さんの声。ぷりぷりと怒る治さんが移動するのに邪魔だったわたしのクレープを食べてしまったらしく、軽く落ち込む。でも、確かにわたしたちを追いかけるのにクレープを持っていたら邪魔になるから仕方ない、と溜飲を下げて、はたと思い出す。そう言えば、宮さんが何かを言いかけていたな、と思って聞いてみれば、なぜか阿保呼ばわり
何もしてないのに、何で阿保なのよ!ひどい悪態だ!!
もうご飯作ってあげないんだから、と思いながら唇を尖らせるわたしに宮さんが「ひょっとこみたいな顔やな」と笑う。誰のせいでこんな顔になったと思っているのか。ムッとして、わたしの手を握る宮さんの手を乱暴に振り解いて、すっくと立ち上がる。急に立ち上がったわたしにびっくりして「どこ行くん?」と慌てたような宮さんの声に少し気を良くして「お手洗いです!」と言って案内表示を確認。右に曲がって少し歩いたところにあるらしい
「ちょっと行ってきます。」
「え、あ、ああ。うん。行ってらっしゃい。」
二人はベンチのところで待っていてくれるらしい。見送られながら、右に曲がって、案内表示を確認しつつ、お手洗いに向かってすたすたと前を歩く。トイレの案内表示を見ながら角を曲がって、どん、と人にぶつかる。強かに顔をぶつけて、鼻を押さえながら「すみません!」と慌てて頭を下げたわたしの頭上に落ちてきた声
「真緒……?」
下げた頭が、上げられなかった。
引き合う縁の中で。
どうして、こう、タイミングが悪いんだろうか。
(大体なんで自分ら急にいなくなったん?びっくりするやろ。)
(悪かったって言うてるやろ。)
(あの影山のこと、飛雄って真緒ちゃん呼んどったけど。)
(……せやったか?聞こえへんかったわ。)
(ふーん?)
なんでここにいるのか、とか、そもそもイベント中では?とか、本当にタイミングが悪くてわたしは誰かに呪われているのか、とかぐるぐると色んなことが脳味噌内を巡回。顔を上げなくても、わかる。もう何年もその声で、呼ばれてきた。だからこそ、顔を上げられなくて、硬直する体。そんなわたしを見てきみが、はあ、と溜め息を一つ吐き出して「悪い」と一言。それに対して何か答えないと、と思うのに、言葉が出てこない。顔を上げて、きみの顔を見るのが怖い。さっき目が合ってしまったから。きっと見えた、はずだ。宮さんに腕を掴まれて歩くわたしの姿が。別にきみには関係なんてないのに、ひどく気まずくて仕方がない。それでもこのままでいるわけにもいかない。グッと拳を握り締めて、何とか顔を上げたわたしの視界に映るきみの顔に結局何も言えずに、石化した。
宮さんはいつも邪魔が入って可哀想。そして飛雄とはトイレばかり…