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「何でこうなるんや…。」


「まあ、いいじゃないですか。」


「ツム、真緒ちゃん。次行くで。」


「治さん、楽しそうだし。」


「はあぁぁぁぁあ!」



だいぶ気合いの入った溜め息を吐く宮さんに困ったように笑えば、ちらりとこちらを見て「自分も楽しそうやな」と一言。何だか恨み節の効いたその言葉に「食べ歩きって楽しいじゃないですか」と返せば、宮さんはもう一つ、より一層深い溜め息を吐いて、頭の後ろを掻く

現在11時半。ここに至るまでひと悶着あり、何とか落ち着いたのが今、だ。事の発端は朝食時のこと。今日は宮さんと出掛ける約束をしているけど、どうするのか成り行きを見守っていると、宮さんが治さんに「今日は真緒ちゃんと出掛けんねん。はよ、帰れや、サム」とご飯を食べるやいなや早々に切り出して帰そうとした。それに対して治さんが「つれないこと言うなや。折角来たんやし、おれも混ぜて3人で一緒に遊ぼうや」なんて言って宮さんと治さんが喧嘩しだし…収めるのに30分ほど費やした


本当に、本当に大変だった…。


掴みかかってるし、色々察知して事前にテーブルの上の朝食たちを避難させたりで。少しでも避難が遅ければ部屋の中が大惨事になるところだった。それぞれに一発ずつわたしがグーパンを脳天に決めたところでやっと喧嘩が止まって、結局3人で遊びにいくことになり、現在に至る



「まだ食う気なんか、自分。」


「そうや。今日でこんなに回らんとあかんねんで。」


「何でそんな義務みたいな感じなん。そのリストのもん全部食うたら、真緒ちゃんが太るやろ!」


「何でそこでわたしを引き合いに出すんですか!」


「女子はみんなそういうの気にするやろ。な。」


「な、じゃないわ!」



本当この人は失礼だな!


別にわたしを引き合いに出さなくてもいいのに、ぽん、とわたしの肩に置かれた宮さんの手を払い除けて突っ込めば、宮さんは楽しそうにケラケラ笑いながら「冗談や」なんて言う。全然冗談に聞こえませんでしたけどね、さっき。突っ込むのが面倒で、はあ、と溜め息を一つ。その溜め息に何を思ったのか「おれは丸い子も嫌いじゃないで」とか言われた。阿保か。何言ってんだ、こいつ

治さんがこっちで食べたいお店のリストを携帯電話のリマインダーで作っていて、それを基に次々と回るお店。食べるのが好きな治さんがピックアップして作っただけあって、どのお店も美味しい。自分じゃ行かないようなお店も入っていて新しい発見があり、結構楽しんでたりして



「真緒ちゃん甘いもん食う?」


「あ、いいですね!丁度甘い物食べたい気分でした!」


「じゃあ、クレープ食いに行こうや。」


「真緒ちゃん。」


「何ですか。」


「良かったやん、洋菓子の中でもクレープはちょっとカロリー低めやし、大丈夫やな。うん。」


「何が大丈夫なんですか!宮さんうるさい!!」


「痛っ!」



人のことを勝手に太るのを物凄く気にしているキャラにして楽しんでいる宮さんの脇腹にグーパンを決め込んでやれば、痛がる姿に少し溜飲が下がる。確かに太るのは嫌だし、カロリーを気にすることもあるが、他人に言われるのはなかなかに腹が立つ。しかもニヤニヤしながら宮さんに言われれば尚更、だ


二人ともあれだけ食べて、よく太らない…しかも朝ご飯しっかり食べたのにまだ胃袋に空きがあるなんて化け物なのか?


その体のどこに食べた物が収容されているのか。今朝だって、ご飯を2回もお代わりして、おかずも完食。その上、こうして食べ歩きしているのも残さず食べている。さっき食べたのは唐揚げ専門店の唐揚げで、ぺろりだ。それも一つが結構な大きさで、わたしは一個でギブアップしたのに…。確かに、宮さんは普段運動しているし、まあ、それが仕事でもある。治さんはよくわからないけど、あれだけ食べているのに太らないのは元々の新陳代謝の違いなのかなぁ。わたしだったら、速攻で5キロぐらいは太りそうな勢いだ

治さんが地図アプリを開きながら、ナビゲート。それについていく宮さんとわたし。唐揚げ専門店のところから2ブロック先にある、おしゃれなお店が建ち並ぶ商業施設に入って、目的地は3階に位置しているらしい。3人でエレベーターに乗って3階へ。目当てのクレープ屋へ向かう途中、わらわらと宮さんたち目当ての女性グループがやってきて声を掛ける。身長高いし、同じ顔二つだし、それはそれは目立つ目立つ



「今暇ですかー?」


「いんや、暇ちゃう。」


「え、双子?凄い、美形の双子ですね!」


「あー、はいはい。」


「彼女とかいるんですか?」



なんてきゃあきゃあ声を掛けられているのを見ながら、すごい人気だなぁ、と二人の数歩後ろを歩きながらどこか他人事で見守っていると、急にくるりと宮さんがこちらを振り返って、こちらに近づき、わたしの腕をグイッと引き寄せて「これ、彼女やから」と一言。思わず否定の声をあげそうになったわたしの口を手で塞いで、「こいつら面倒やから、話合わせといて」と耳打ちされ、渋々、本当に渋々頷いた

黙って腕を引かれてるだけで、彼女たちは蜘蛛の子を散らすようにそそくさと立ち去っていく。去り際に「あれが、彼女?釣り合ってないね」や「あー、もしかしてそういう地味系が好きなのかな」とか言われたが彼女じゃないので不思議と全く気にならなかった。これは宮さんの彼女になる人、大変だわ、とかどこか近所のおばちゃん気分で同情したり



「はあ、真緒ちゃんがおってくれてほんま助かったわ。」


「大変ですね、顔が良いのも。」


「顔がええのは事実やけども、言い方!…ていうか、サムどこ行った。」


「ここや、ここ。もう店に着いとる。」


「歩くの早っ。」


「自分らが歩くの遅いんや。何食う?」


「あの人込みをどうやって移動したんですか…もしや治さんは瞬間移動でも心得ているのかな。」


「んな、阿保な。ツムがいちいち相手するから進めへんのや。ツンとしといたら、道開けてくれよったで。」


「おれの無駄に凄いサービス精神があかんかったんか…!」


「あー、はいはい。すごーい。」


「真緒ちゃん、突っ込んでくれてもええんやで。」


「その無駄に凄いサービス精神のせいで巻き込まれ事故でした。」


「いや、ほんますんません。」


「ええから、自分ら何食うんや!」



食べるの大好き治さんの我慢の限界で、早く決めろと宮さんと二人怒られる。宮さんのせいだ、わたしのせいだと小競り合いを始めるわたしたちの脳天に「ええ加減にしいや!」と治さんのチョップが炸裂して、脳味噌がぐらぐらと揺れた


高さを利用したいい攻撃だ…高身長のチョップとか痛すぎる……。


涙目になりながら、痛い、と唇を尖らせてチョップを食らった頭頂部を押さえ、これ以上怒られるのは嫌なので、クレープ屋のメニューを三人で覗きながら「イチゴバナナチョコカスタード」とカタカナばかりの呪文みたいなクレープを注文。宮さんはバナナチョコで治さんはイチゴスペシャルを注文していた。5分ほど待って、受け取ったクレープを手に、イベントが行われるらしい広場に移動。イベントステージから2席ほど離れたところに腰掛けて、ぺりぺりとクレープの包み紙を破いて、一口。がぶりと齧りついたわたしたちの耳にイベントのMCらしき女性の声がマイクを通してよく響いた



「では、皆さんのお楽しみのお時間がやってきました!」


「何やるんやろ。」


「さあ。」


「イベントスケジュールありますよ。えっと…。」


「シュヴァイデンアドラーズの皆さんです!拍手でお迎えください!!」


「え?」


「は?」


「アドラーズの選手とトークショーやって。何や、牛若とか出るんか?…って、どうしたん?」



ステージに釘付けになる、わたしと宮さんに心配の声をあげる治さん。いつの間にか女性客や子供が増えていた広場。大きな拍手と黄色い声援に包まれながら入ってきた姿にイチゴバナナチョコカスタードが手から滑り落ちていった。



視線の先は、遠い。
きみから見れば、きっとわたしはたくさんある顔の、一つに過ぎない。


(ちょ、真緒ちゃん、危ないっ。)
(飛雄…。)
(え?)
(…タイミング悪。)
(え?え?何なん??)


牛島さんを先頭にアドラーズの選手が入ってくる。その中にきみの姿も勿論あって。まさかこんなところにきみがいるなんて思いもしなかったわたしにとって、心の準備も何もできず、そのまま衝撃となってぶつかる。その衝撃に呼吸を忘れたかのように、石化状態でその姿を追う。手から滑り落ちたクレープを寸でのところで治さんがキャッチ。思わず口から零れ落ちた名前を治さんの耳が拾って、聞き返される。それに構わず、息を呑んでステージ上を見つめるわたしと、苦虫を噛み潰したような顔をする宮さん。交互にわたしたちを見て治さんが困惑気味にどうしたのか聞いてくるが答える物はおらず、壇上に上がった人たちへ向けられた観衆の拍手と黄色い声援だけが三人の間を駆け抜けていった。


たまに商業施設でやっているイベントってついつい5分くらい立ち止まって見ちゃいますよね。
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