46 side MIYA

「で、ツムは何で真緒ちゃんのケツ追っかけてるん?」


「別に追っかけとらんわ。」


「どう見ても、おれのもんや、触んなや!って主張しているように見えるんやけどね、今の状況。」


「………。」



珍しく真緒ちゃんが酔い潰れて、ばたりと倒れた体を抱き留めた。サムも同時に手を伸ばしていたのが視界の端で見えて、それを遮るように、寸でのところで掻っ攫うようにして真緒ちゃんを自分の腕の中に閉じ込めた。それを見たサムに「必死か」なんて鼻で笑われて、苦し紛れに「うっさいわ」とだけ返す。サムには真緒ちゃんに対して下心などないことはわかっているが、何となく、触らせたくなかったり。確かにサムの言う通り必死だな、と自嘲

サムに突っ込まれた言葉になんて返すか迷って閉口する。確かに、この状況を見たら、ケツを追いかけているように見える。でも、認めるのは何だか癪で否定してみたところで、サムにはバレバレなんだろうけど。とりあえず、と抱き留めた真緒ちゃんの体をそっとラグが敷かれた床に寝かせ、ソファーにあったクッションを枕代わりにして頭を乗せる。少し肌寒そうにしている真緒ちゃんに着ていたパーカーを脱いで、そっとかければ気持ち良さそうに眠るその顔に思わずニヤつく自分が気持ち悪い



「随分とご執心やな?真緒ちゃんをわざと怒らせるようなことばっかして。」


「夫婦漫才みたいなんを楽しんでるだけや。」


「ふーん?」


「ふーん、って何や。別に他意はないし。」


「ええやん、別に。真緒ちゃん彼氏おらんのやろ?」


「まあ、おらんのちゃう。」


「知らんの?」


「本人が言うてたやん、おらんって。だから、おらんのちゃう。」


「そやったら、何でそないに手をこまねいてるん?おれに落とせない女はおらんって昔から豪語しとるツムらしくないやん。」


「…うっさい。」



そんな簡単な女やったら、こんなになってないわ。


サムには言えない本音。苦虫を噛み潰したような顔で搾り出した言葉にサムがケラケラ笑う。らしくないとか言われても、真緒ちゃんはそんな簡単な女じゃない。近づいてきたと思ったら、そうでもなかったり。そのくせ、色んなところに気を持たせたりするし、気づいたらおみおみも名前呼びしてたり、赤葦とデートしてるし、結構強かで、ずるい女だと思う。でも、実は真緒ちゃんにしてみたら、特に他意はなく、みんな平等なだけ。たった一人を除いては。それに気づいたのは、結構最近で、そしてそれに気づくと同時に認めたくない自分の気持ちも自覚した

真緒ちゃんの心を乱すのは、この世で一人だけなのだ。そりゃあ、人間だから照れたり、はしゃいだり、嬉しそうにしたりとかは普通にあるけれど、寂しそうに泣きそうになったり、取り乱したり、心を閉ざしたりするのはいつだってあいつの、飛雄くんのことがある時だけ



「めっちゃおもんないって顔しとんな。」


「…酒、寄越せや。」


「飲んでないとやってられへんって感じ?」


「ちゃうわ、阿保。喉が渇いたんや。グラス空やし。」


「あー、はいはい。」


「さっきから自分何なん?」


「別に?何もないで。」



別にと言いつつ、面白い玩具でも見つけたかのようにニヤニヤと笑いながら、おれのグラスにサムが日本酒を注ぐ。一気に飲み干しても、全然酔えない。お代わりを要求するおれに、サムが「ほどほどにしとけや」と言いながら、とことこ日本酒をグラスに注いでいく。真緒ちゃんとサムが作ってくれたおつまみに箸を伸ばしながら、隣にいる真緒ちゃんの顔をちらりと一瞥。悶々としているおれとは裏腹に、幸せそうに寝ていて、何だか少し腹立たしい



「真緒ちゃん、ツムのこと変態セクハラ魔神とか言うてたけど、自分普段何してるん。」


「……恋人体験ごっこ。」


「何やねん、それ。」


「恋人っぽいことしとったら、そう錯覚させられるやろ。」


「えぐいな、自分。で、効果は。」


「そんなもんあったら、今頃サムはおれの部屋で一人寂しく日本酒呷って、おれと真緒ちゃんはここでイチャイチャしとるわ、阿保。」


「ほんまやな。」


「それやのに、サムをここに泊めて、真緒ちゃんもここにソファーで寝るとか言うし、意味わからん。無防備の極みを通り越して、もうそういうプレイなんかと思たわ。」


「苦労してんなあ。」


「はあ。」


「とりあえず、真緒ちゃん布団に運んだれや。床とか可哀想やし。おれが運んでもええけど、真緒ちゃんに触られたら嫌なんやろ。」


「要らん気遣い、おおきに。」


「素直やないなあ。」



くくっと笑いながら、「いいから運んだれや」と言って顎をしゃくるサムに肩を竦めながら、仕方ないと立ち上がる。床に転がした真緒ちゃんの背中と膝裏に手を差し入れ、「よっ、と」なんて掛け声つきで持ち上げれば、ギュッと引き寄せてもっと密着する体。ゆっくり立ち上がって、リビングを後にしようとするおれの背中にサムが「襲ったらあかんで」なんて。サムもいるし、ヤるわけがない…たぶん。色々前科がありすぎて、少し自信はないが、サムに言うわけもなく、「誰がヤるか、阿保」とだけ残してリビングを出て迷いなく廊下を進み寝室へと向かった

寝室のドアを体で押し開けば、そこにはおれと赤葦で組み立てたベッドがある。そっとそこに寝かそうと思ったのに、ベッドへ置こうと少し体を離そうとした瞬間、真緒ちゃんが幸せそうにおれの胸に頬を寄せてきたりして。何だ、やっぱり、おれは試されているのだろうか?チキチキ耐久レースですか、これは



「真緒ちゃん…?」



一応起きているか確認してみる。真緒ちゃんの口元に耳を寄せてみれば、規則的な寝息が聞こえて、確かに寝ているのだとわかる。寝ているから、何だという話なのだが


何なんこれ、めっちゃ離し難いんやけど…。


彼女から甘えてくることなんて、そう、ない。たぶん、おれに甘えているわけでないことはわかっている。そして別に真緒ちゃんが重たいから、というわけではなく、この体勢はなかなかに辛い。徐々に腕が痺れてきた。早くベッドに置けばいいものを、直立不動でそれに馬鹿みたいに耐えたりして重症だな、と一人でに苦笑した



「ふ…、ん。」


「……ははっ。」



どうするかなあ、なんて思っていたら、真緒ちゃんが、ふう、と息を吐き出して、次いで眉根をグッと寄せる。口をへの字に曲げたりなんかして、へんてこな顔をするもんだから思わず笑い声をあげてしまった。とりあえず、離し難い気持ちはグッと抑えて、ベッドに真緒ちゃんの体を横たえる。さっきの変顔はどこへやら。今は安らかに眠る真緒ちゃん。自然と伸びた手。枕に広がった髪を一撫でしてみる。起きてたら、きっと「触らないでくださいよ」なんて怒るんだろうなあ、と思いながら覗き込んだ真緒ちゃんの顔。その顔に貼り付いた、微笑に思わず息を呑んだ


無防備過ぎるって、言うてるやん。


このまま触れてたらあかん、と慌てて手を引っ込めようとしたのに、制される手。ギュッと掴まれて、引き寄せられる。突然のことにびっくりして、また、酔っ払いのくせになかなかの力強さで引っ張るもんだから、体が真緒ちゃんの上に倒れ込みそうになって何とかグッと堪える。至近距離。アルコールで火照った顔に、握られた手の熱さ。湿った唇から規則的に吐き出される吐息に、理性と本能が拮抗する



「と、びお…。」



微かに聞こえた、掠れた声。それが紡いだ名前に、とてつもなくイラつく



「飛雄くんやない、おれや。」



開かない目。主張したところで返ってこない。掴まれた手を引き寄せる。自分の存在を刻み込むように真緒ちゃんの体を抱き竦めて、あいつの名前を出すその口をもう吐き出せないように塞いでやった



紡がれない、名前。
そして、堰き止める、名前。


(おーい、ツム。)
(…何やねん。)
(襲うな言うたやろ。)
(襲ってへん。ただ…。)
(ツム?)


寝室のドア前でサムに声をかけられて、慌てて彼女の側から離れる。やっつけのように布団をかけて、何事もなかったかのようにサムのところに歩み寄れば、ニヤニヤと笑いながら「現行犯やで」とか言われて、ムッときた。何もしていない、わけではないが、別に襲うつもりは毛頭なかったし、すぐに戻るつもりだった。でも、彼女が紡いだ名前に、腹立たしさを覚えて、その名前を聞きたくなくて。すぐに立ち去ることだってできたのに、そうせずに、夢の中で幸せでいるであろう彼女の笑顔に馬鹿みたいに刻んでやったのだ。おれが、側にいる。真緒ちゃんの側におるのは、あいつやない、おれや、と。真緒ちゃんが握っている手はおれの手やのに、何で。答えを持たないおれはただ、アルコール濃度の高い溜め息を溢して、寝室のドアを閉めるだけ。

あとがき


子供の寝言ってすごいですよね…急に歌い出した時は心臓がばくばくしました…
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