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並べられたおつまみに、それぞれ手にしたグラス。8分目まで注いだ日本酒が入っているグラスを三人揃って掲げ、乾杯をする。かちん、とグラス特有の高い音を響かせて、次いでごくりと嚥下すれば焼けるような、喉をキュッと締め付ける感覚に、鼻を抜けるお米独特の甘い香り。グラスに日本酒を注ぎながら治さんが「これ、めっちゃ美味いんやで」と言っていた通り、飲みやすくて美味しいお酒だ



「真緒ちゃん、いい飲みっぷりやな。」


「これ、凄く美味しいですね!」


「そうやろ、そうやろ?ほら、もっと飲みや。」


「あ、ちょ、わたしそこまで強くないので…!」


「ええやん、酔っても自分の部屋なんやから。」


「おいサム、真緒ちゃんにあんま飲ませんなや。」



手で制していたにも拘らず、ずいずいと日本酒の瓶を近づけて、やっと3分目になったわたしのグラスに注ぎ足されていく日本酒。あっという間に8分目に元通り。ああ、これはやばいやつだ、と思いながらも、ついつい美味しさに負けて口にしてしまう。宮さんが見兼ねて、治さんに釘を刺すもさらりと聞き流されてあまり効果はないようだ


自分の部屋だし、おつまみも美味しいし、お酒進んじゃうなあ。


わたしと治さんで作った簡単なおつまみだが、出来映えは上々で。しっかり日本酒に合う味付けになっている。わたしたちが作っている横で宮さんは何もすることができず、リビングにあるソファーで体育座りをして、唇を尖らせながらキッチンを眺めていただけ。本当、どうやって生活しているのか不思議だ。部屋にも調理器具ないし。そういうところ、何か飛雄に似ているな、なんて。バレーに全スキル振っちゃったんだな、きっと

そして結局酒盛りはおつまみを作ったわたしの部屋で開催されることになり、今に至る。自分の部屋だと思うと、ストッパーが緩むのか、お酒の進みが早い。外で飲んでいれば勿論それなりに自制はするのだが、自分の部屋だし寝てしまっても問題ないな、なんて。しかしながら、男性二人がいるし、一人は変態宮さんなので気は抜かず、寝ないようにペースを少し落として飲む。まあ、日本酒なので落としたところで、なのだが二人のペースに合わせていると速攻で夢の中に落ちそうだと考え、治さんに注がせないようにちびちび口にすることにした



「ツムと真緒ちゃんは付き合ってないって聞いたわけやけど、真緒ちゃんには彼氏おるん?」


「今はいませんよ。」


「ほんまにおらんの?可愛ええのに勿体ないな。」


「え、本当ですか?嬉しい。」


「今は、ってことは前はおったん?」



治さんの質問が、鋭く胸に突き刺さる。自分の失言に思わず舌打ちをしたくなった。別に隠すことでもないんだけれど、何となく話したくなくて、突っ込まれないようにただ簡潔に答える。



「……まあ、いましたね。」


「まあ、そりゃそうやろな。」


「治さんはモテてそうなので、彼女の一人や二人いるんじゃないですか?」


「一人や二人て…。おれはおばちゃんたちにはモテんねんけどなあ。昔から若い子はみんなツムにいくんやなあ。」


「若い子て!その歳で熟女キラーとは凄いですね。宮さんは、まあ、何となく想像できますね。よっ、スケコマシ!」


「誰がスケコマシや!そんでもって、真緒ちゃん。」


「何ですか。」


「さっきからな、ずっと思っててんけど、何かおれとツムの扱いに差があらへん…?納得いかんのやけど。」


「自分の胸に手を当ててよく考えてみてください。」


「こう、胸に手を当てるんか?これでええ?」


「はい、そうですね。何か心当たりはあります?」


「え、好かれる要素しかないねんけど。」


「うわあ。」


「真緒ちゃん、ドン引きしとるやんけ。くくっ、珍しいな、ツムが苦戦しとんの。」


「うっさいわ!放っとけ!!」



ケラケラ笑う治さんに苦虫を噛み潰したような顔をする宮さん。日本酒を呷りながら、対照的な反応をするそんな二人を頬杖をつきながら見遣る。


双子って不思議だなあ。同じ顔しているのに、性格は違うんだ。


目の前に並ぶ顔はそっくりで、前髪と髪の色を同じにしたら見分けがつかないくらいだ。でも、性格は全然違うと感じる。治さんは割と落ち着いた性格だな、と思う。まだ数時間しか関わっていないけど、少なくとも宮さんよりは大人しめ、というか、冷静な人なんだと思った。あと、料理が上手だ。食べるのも好きだと聞いたし、そういうのに興味があるんだろうなあ。高校卒業と同時にバレーも卒業して家業のおにぎり屋さんを継いだと聞いて、何となく納得。そんな治さんとは割と反対に位置しているような宮さん。子供っぽいし、スケコマシだし、セクハラはするし、変態だし。でも、一途なバレー馬鹿で。

スケコマシや変態じゃないけれど、バレーに一途過ぎて、他がだめだめなそんなところは、飛雄によく似ている、気がする。セッターの人ってそういう人が多いのかな、なんて、そんなわけないのに、自分の知っているセッターの人の顔を思い浮かべてみたり。わたしが知っている限り、スガさんや及川先輩は普通に器用だし、頭も良くてそんな感じはしない。飛雄と似ていると思ったことはないな。やっぱり、特別この二人が似ているのかな、なんて



「真緒ちゃん、顔赤いけど大丈夫なんか?」


「え、大丈夫です。気持ち良く飲んでおりますよ。」


「ほな、もっと飲も飲も。」


「え、あっ。」



楽しそうに飲んでいる二人を前に酔ってきているなんて言えなくて、強がりで放った言葉。それに反応して、拒否する間もなく、治さんの手によってとことこ注がれる日本酒。だいぶ回ってきているアルコールで頭が少しくらくらする。普段はビールを1、2杯飲んで、あとは度数の低いお酒に逃げていたから、こんなに度数の高いお酒を飲み続けたことがない。それこそこの間赤ワインをがぶ飲みした、あの合コンぶりだ。変に酔ったら、まずいとは思いつつも、注がれてしまったものは飲まなきゃなんて思って、ごくりと嚥下する日本酒。少しでもアルコールを緩和したくて手を伸ばす、たたききゅうり


明日約束したけど、このままじゃやばい、かも。というか、宮さんは大丈夫なんだろうか?


二日酔いになってしまうような気がする、なんて思いながら、ちらり、と宮さんを見遣る。ほんのり頬が赤くなっているだけで、顔色を変えずに飲んでいる姿に少し悔しくなる。治さんに至っては全く顔色が変わっていなくて、どんだけ強いんだと舌を巻いた。翡翠色の瓶にはまだたっぷり日本酒が残っている。少しずつ減ってはいるが、なくなるにはまだまだ時間が掛かりそうだ。ぐるぐるしてきた視界の中で、早くなくならんかな、と翡翠色の瓶を睨みつければ、宮さんがこちらを心配そうに見て、わたしの目の前でひらひら手を振る



「ちょ、真緒ちゃん大丈夫か?なんか目、据わってへん?」


「だいじょぶです。」


「いや、いやいや、大丈夫に見えへんって!呂律回ってへんよ!」


「なにいってんですか、これぐらい、どうってことねえですから。」


「どうってことあるある!見たことないくらい酔っとるし、なんかキャラ変やから!!ちょ、サム、お前飲ませ過ぎや!阿保!!」


「すまん、いい飲みっぷりやったから、つい。」


「つい、ちゃうわ!」


「もー、みやさんはうるさい。」


「それサムや!」



宮さんに話しかけていたつもりが、どうやら治さんに話しかけてしまっていたらしい。「これは失敬失敬」と謝るも、その際に頭を下げて上げてを繰り返してしまい、余計にアルコールが回ってきた。目が回り始め、脳味噌が揺れて、ひどくくらくらする。宮さんが話しかけてきたけれど、呂律が上手く回らず、受け答えがままならない。やばいな、なんて頭の隅っこではわかっていながら、ふわっと一瞬意識が浮上して、一気にブラックアウト。宮さんの「あかんって!ちょっ、待て待て!!」という声がやたらと遠くで聞こえた気がした



蝕むアルコール
ゆっくり脳味噌を占拠して、制御不能。


(飲ませ過ぎや、サム!)
(ほんま、すまんかったって。)
(どうすんねん、これ。)
(まあ、寝かしてあげるしかないやろ。)
(そう、やけど。)


アルコール漬けになった脳味噌。寝てはだめだ、と思うのに、そう思えば思うほど、余計に酩酊状態になっていく。ふわふわした意識の中で、宙に浮いている感覚。何だか暖かくて、気持ち良くて、頬を寄せて、ふう、と一息。吐き出した息がひどくお酒臭くて、ムッと口をへの字に曲げて、眉間に皺を寄せるわたしの耳に響く、朗らかな笑い声。さらり、とわたしの髪を撫でる手の感触がきみの手によく似ていて、思わず目を細めて笑えば、誰かの息を呑む音がいやに耳にはっきり聞こえた気がした。もう少し、もう少しだけ、きみの手の感触を味わっていたくて、離れていこうとした手をギュッと掴み、引き寄せる。引き寄せた手を逆に引かれ、力強くわたしを抱き竦める腕に、息もできないくらい溺れそうになった。


日本酒はあかんですよ、結構だめになります、本当。でも、次の日に残らないのも日本酒です。
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