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「宮さん、またご飯待ちですか?オムライスは作りませんからね。」


「何や自分、この部屋の住人と同棲でもしてるんか?」


「……は?」


「あれ、ちゃうかった?」


「いえ、隣の者ですが…えっと、宮さん、ですよね?」


「はあ?確かに宮やけど。」


「どこかで頭打ちました?!やばい、MRI検査必要かな!え、どうしよう、どうしよう!宮さん、どうしよう!!」


「ちょ、何なん自分。やめえや。服引っ張らんといて。」


「本当に宮さんですか?!今朝わたしに痴漢を働いた変態セクハラ魔神の宮さっ!」


「誰が変態セクハラ魔神やねん!犯すぞ!!」


「なっ、え、宮さんが分裂した…?」


「真緒ちゃん、時々阿呆やな。」



赤葦さんにマンション前まで送ってもらい、ぺこぺこと頭を下げあって別れたのがつい5分ほど前の出来事。お土産コーナーで買った梟のストラップをお礼に渡すと、驚いたような顔をして、次いで微笑みながら「ありがとう」なんて言われて思わず照れる。今日は何だか赤葦さんに翻弄されてばかりだな、と思いながら、エレベーターに乗り込み10階へ。目的階に着いたエレベーターを抜け出し、自分の部屋を目指して廊下の角を曲がれば、なぜか宮さんが自分の部屋のドアに背を預けて腕を組んでいた。

中に入ればいいものを、そんなところで何してるんだろうと訝しげに思いながら近づき、またご飯待ちなのかと話しかけて、びっくり。わたしと同棲してるのか?なんて聞いてくるもんだから頭がイカれてしまわれたのかと思ったけど、背後から聞こえた声に振り返ればもう一人の宮さん。脳天に食らったチョップと宮さんが二人いるという衝撃に卒倒しかける頭を何とか正気に保って、分裂したのか聞いてみれば、阿呆かと言われてムッとする



「分裂してへん、こいつは双子の片割れや。」


「あ、あーっ!双子さんでしたね!びっくりした…これ以上厄介な変態が増えたらどうしようかと思ってました。」


「誰が厄介な変態やねん!」


「あー、さっきから気になっててんけど。ツム、この人誰なん?」


「お隣さんや。」


「お隣さんです。」



ほぼ同時にお隣さんだと言い張るわたしと宮さんに、宮さんの双子の片割れさんが訝しげな顔をする。交互にわたしと宮さんの顔を見て、首を傾げながら「…それにしては、親密やね」なんて言うもんだから、つい「親密?どこがですか。ご家族に言うのもなんですけど、あなたのご兄弟とんだ変態セクハラ野郎ですよ」なんて言ってしまい、ハッとした時にはわたしの頭をガシッと掴む宮さん。そのままギリギリと締め付けられて脳味噌が飛び散るかと思った



「変態セクハラ…。」


「誰が変態セクハラ野郎や!…はあ。で、サムは何しに来てん。」


「まあ、ちょっと。泊まらせてえや。」


「え、嫌やけど。」


「はあ?!兄弟が遥々兵庫から来とんのに泊まらせへんってどういうことなん?!」


「むしろ何でホテル取ってへんの?!」


「まあ、ツムを当てにしとったし、金ないし、ほんまに泊まるとこないねん。」


「知らん。金ないんやったら来んなや。この近くにビジネスホテルあるし、そこでも行ってみたらええやん。」


「何やそれ!冷たい男やなあ!」


「それならウチに泊まります?布団、あるし。」


「はあ?!」


「え、ほんま?」


「え、泊まるとこないんですよね?」


「ちょ、ちょい待ち!自分阿呆なんか?真性の阿呆なんやな!?」


「失礼な!」


「せやったら、おれが自分とこに泊まって、サムはおれんとこに泊まればええやん!」


「え、嫌ですけど。」


「何でや!」


「何でやって…宮さんのご家族でしょ?それに宮さんは変なことしてくるけど、ご家族はしてこない、でしょ?」


「たった数分で何がわかんねん!」



だってお金もなく、泊まるところもないって言ってるし…それに宮さんのご家族だし。


宮さんが変なとこをしてくるのはいつもだけど、もう一人の宮さんはそんなことなさそうだし、と唇を尖らせるわたしに、宮さんが「あーっ、もう!」と頭の後ろを掻き毟って「泊めればええんやろ!泊めれば!!」とやけくそのように言い捨てる。その言葉にもう一人の宮さんが小さくガッツポーズしたのが見えて、何だか少し微笑ましい

ここで立ち話も何だからと宮さんが自分の部屋のドアを開けて、入るように促す。いや、わたしはここでお暇させてもらいますよ、とそそくさと自分の部屋に帰ろうと鞄から鍵を出すわたしの腕をがっしり掴むもう一人の宮さん。え?と脳味噌が事の処理をしている間に、あれよあれよと宮さんの部屋に引き摺り込まれて、リビングに座らされている



「えっと、なぜ?」


「自分がおったら、ツムが愉快やから。」


「愉快…。」


「余計なこと言うなや!つーか、何で真緒ちゃんがサムの隣やねん!」


「自分、真緒ちゃん言うんか?」


「え、あ、はい。」


「真緒ちゃん。可愛ええ名前やね。」


「スケコマシツインズ…。」


「は?」



隣に座るもう一人の宮さんが頬杖をつきながら、わたしを見上げるように放った言葉に、ポロリと思わず出てしまった本音。慌てて口を押さえ、「何でもありませんことよ!おほほほ!」と言えば、もう一人の宮さんが大して面白くなさそうな顔で「自分、面白いなあ」と言った。同じ顔なのに、違う反応が返ってきて、少し困惑。宮さんだったらきっと「誰がスケコマシツインズや!」って突っ込んでくれるんだろうけど、それがないとちょっと寂しい

宮さんが淹れてくれたコーヒーをなぜか三人で啜っている奇妙な空間。わたしはそろそろ帰ってご飯を作りたいんだけれど、なかなかに言い出しにくい空気だ。もう兄弟水入らずで過ごせばいいのになぜわたしはここにいさせられているのかさっぱりわからん



「店の方はええんか?」


「ああ、まあ。」


「店?」


「ウチな、おにぎり屋やってん。」


「へえ!似合わないですね!」


「はっきり言うなや…。」


「あなたが継いだんですか?」


「治。」


「え?」


「あなた、やのうて、治や。」


「あ、えっと、治、さん?」


「そ。ええね。あと、継いだわけちゃうよ。自分で店始めてん。」


「それは凄いですね…!」


「おい、何でナチュラルに名前呼びさせてんねん。真緒ちゃんも、この間おれのこと侑って呼ぶの拒否したやろ!」


「だって、宮さん二人になるし…。」


「じゃあ、サムが宮さんでおれのことを侑って呼べばええやん!」


「えー…。」


「ほら、言うてみ。」


「宮さんの方が、宮さんらしくていいですよ。」


「意味わからへんのやが?!」



意味わからん、と言われても。もう一人の宮さんは仕方なく、治さんと呼ぶだけなのに、何をそんなにムキになっているんだろう、この人。侑さんって呼びにくいし。宮さんの方が、しっくりくるんだよなあ



「宮さんって呼ぶのは、宮さんだけですよ?」


「…他は名前呼びやんけ。そりゃ宮さんはおれだけになるやろ。」


「でも、宮さんって呼ぶのは宮さんだけなんだからいいじゃないですか。」


「ところで、ツム。」


「この流れをぶった斬ってくるんか、自分は!」


「おれがおるのを忘れて変なラブかますなや。」


「うっさいわ!ラブなんてあらへんわ、くそっ!!」


「真緒ちゃんはツムの彼女、なんか?」


「ないないないない!」


「ないの勢いが凄い否定が辛い!」



またあらぬ誤解を招いてしまった。本当みんななぜ不本意な誤解をするんだろう。わたしの態度が悪いんだろうか?それとも宮さんが変な気を発しているのか?何でなんだろう、と考え込むわたしを他所に宮さんはなんか落ち込んでるし、それを見て治さんは楽しそうに笑ってるし、カオスだ


お腹空いてきたし、帰りたいなあ。


コーヒーをごくりと飲み干して、カップを置く。さてと、と立ち上がろうとするわたしの腕を掴む治さん。え、何ですか、その手は。宮さんじゃないし、離せとも言えず困惑するわたしをじっと見つめてくる治さん



「折角やし、ここでパーっと飲もうや。」


「え?いや、あの、わたしはもうお暇しようかと…。」


「な、ええやろ?日本酒持ってきてん。」


「お酒はちょっと。色々失敗が…それに明日、用事がありますし。」


「ちょっとやから。男だけで酒盛りしても楽しないやん?ツムの女呼んでもええけど。」


「おらんわ、阿呆!余計なこと言うなや。」


「え、本当ですか?是非そうしてください!」


「え、ちょ、ちょお待ち、真緒ちゃん!」



ちらりと宮さんを一瞥して、にっこり笑いかけながら治さんにそう言えば、椅子をがたりと鳴らして、慌ててわたしの腕を掴む宮さん。宮兄弟に両腕を掴まれて身動きできず。何なんだ、この状況は。一人はずいずい日本酒を近づけてくるし、一人はなんか「あいつが言うてることはちゃうくって」とか何とか言っている。同じ顔の二人にサンドされてもう訳がわからなくなってきた



「あー、もう!うるさーい!!」



腕を振り上げて叫べば、どちらの手からも解放された。引いていた椅子に乱暴に腰を落ち着けて、治さんに顔を向ける



「飲めばいいんでしょ、飲めば!一杯だけですからね!!」


「え、ほんま?ツム、グラスどこや。」


「サム、お前ほんま無茶苦茶しよるな…。真緒ちゃん真緒ちゃん。」


「何ですか。」


「おつまみ、作ってや。」


「……はあ。」


「え、ちょ、ど、どこ行くん!真緒ちゃん!!」


「この家におつまみ作れるようなものないんで、家で作ってくるんです!」


「じゃあ、おれ手伝うわ。」


「え、本当ですか?やった、お願いします。」


「何でサムには優しいんや!ちょ、おれも行く!!」



図々しい宮ツインズにステレオサウンドで翻弄されながら、溜め息を一つ吐き、どたばたとリビングを三人で飛び出した。



もう一人の宮さん。
双子の片割れの治さんが襲来した。


(大体図々しいんですよ。何でわたしがおつまみなんか…。)
(日本酒には何が合うやろ。)
(冷奴でええんちゃう。)
(それええな。あ、揚げ出し豆腐もええよね。)
(今から作れと…?)


何言ってやがんだ、この双子は。しかも人の家で、人の家の食材で。ガサガサと無遠慮に冷蔵庫を漁る二人を冷ややかな目で見つめながら溜め息を一つ。宝探しでもしているんですか。治さんの方が若干マシかなとか思っていたけど、それは大きな間違いだったようだ。さすが双子。顔はそっくり、雰囲気は、まあ似てないけど。見つけた豆腐を片手に笑顔で揚げ出し豆腐を作れと要求してくる宮さん。面倒なリクエストに「醤油でもぶっかけて食べてれば」と言えば、「揚げ出し豆腐も好きやで!」とか会話になってない。きゅうりを見つけた治さんが「ほんだしとごま油ある?」と聞いてきて、二つ揃えて出せば、パッパッときゅうりを切って、叩いて、ほんだしとごま油でたたききゅうりの出来上がり。あまりの手際の良さに拍手をするわたしに宮さんが「料理教室通うか…」と意味不明な呟きを落としていった。


美形の双子って尊い…うちの双子は妖怪マーママと、おしゃべり小坊主で構成されています。
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