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「真緒、たまには連絡寄越せよ。国見も心配してる。」


「あ、うん。」


「及川さんも連絡くれって言ってたし。」


「あー…岩泉先輩は及川先輩にはしなくていいって言ってたけど。」


「まあ、暇だったら。…えっと、宮さん。」


「ん?」


「真緒のことをよろしくお願いします。」


「え、ああ、はい。」



丁寧に頭を下げて、じゃあと改札口でわたしと宮さんを見送る勇太郎に、何で宮さんによろしくするのか突っ込めば、「いいから早く行けよ!」と怒られる。本当に解せないんだけども、と思いつつ電車がホームに入ってくるアナウンスが聞こえ、宮さんに手を引かれるまま、勇太郎に手を振った

電車に飛び乗ってギリギリで閉まるドア。はあはあと肩を上下させながら、乱れた呼吸を整える。久々に全力疾走したし…と、ちらりと横を見れば涼しい顔で、ドアに背を預けている宮さんが目に入って何だか悔しくなった。何となく、ムカついたので掴まれていた手をパッと離し、離した手で宮さんの腕をぐりぐりと攻撃。「やめろや」と言って、攻撃する手をすぐに掴まれ、わたしの手を持つ反対の手で、こつん、と頭を小突かれて、反撃しようにも手は掴まれているし、わたしよりも幾分高いところにある頭には手が届かず、仕方がないので反撃は断念し、唇を尖らせるだけに留めた



「座ろか。」


「あ、はい。そうですね。」



大宮駅で乗客のほとんどが降りて、がらんとした車内。立っているのもなんなので、宮さんの提案に乗っかり、端の席にちょこんと二人腰掛ける。社内アナウンスを聞きながら、携帯電話で降りる駅を確認。まだまだかかるようで、朝早かった、またアルコールも手伝って先程から欠伸が止まらない。そんなわたしを見兼ねてか、宮さんはわたしの頭を自分の肩に乗せるように誘導して、「着いたら起こしたるから、少し寝えや」と言って、頭をぽんぽんと撫でる



「いや、でも、朝早かったのは宮さんも同じですし…!」


「ええって。自分、さっきから欠伸しとるし。」


「あ、いや、これは…。」


「今だけタダで貸したるわ。」


「いつもは有料なんですか。」


「そりゃそうやろ。言うとくけど、めっちゃ、たっかいで。」


「えー…タダより怖いものはないって言うし、やっぱりいいです。」


「この流れで何でそうなんねん!ええから、寝えや!」


「だってタダとか怖いし…あ、そうだ。200円あげます。30分、貸してください。えっと…財布。」


「何やそれ健康ランドのマッサージ機か!そうやな、そんなに払いたいんやったらこれでええよ。」


「は?な、んっ。」



流石に一人寝るのは気が引けて、ちょっと茶化して遠慮しようとしたのに、本当に財布を鞄から出そうとするわたしの顎を捉えて、ちゅっ、と小さなリップ音。触れるだけのキスを落として、ニヤリと笑い、赤くなって手の甲で口を隠すわたしに「自分、酒臭いな」なんて言う。自分だって、わたしより飲んでてお酒臭いくせに何を言う。むうっと唇を尖らせるわたしに「まさかのお代わりご希望ですか?」なんて言って、頬に手を這わせまたキスをしようとしてきたので、「痴漢、だめ、絶対」と言って近づく顔をぐいぐい押し返してやった。ぐえ、なんて蛙が潰れたような声を出して恨めしそうに「誰が痴漢やねん」と言ってわたしを見遣る宮さんに、ふん、と鼻を鳴らして顔を背ける。同意のないキスしてくる奴なんて痴漢以外の何者でもなかろう、何言ってんだこの人



「寝たらええやん。対価ももろたし。」


「いや、この流れで寝れるほど馬鹿じゃないですけど!」


「何でや。」


「寝たら何されるかわかったもんじゃない…!」


「お、ええ傾向やな。」


「は?何がですか。」


「気、許すな言うたやろ。」


「今までも気を許した覚えは全くないんですけど。」


「ちゅーされたやん。」


「したのは誰ですか!」



本当何言ってんだ、この人は!確かに油断はしたかもしれないけど、この流れで、しかもこんな所でキスする方がおかしいと思うんですけどね!


人がいないとはいえ、電車内。誰に見られているかもわからないし、またキスされたら堪ったもんじゃない。気を許すなって言うのであればお望み通りそうしてやろう、と距離を取るように一人分のスペースを空けて座席を移動すると、なぜかついてきて、ぴったりとくっついてくる宮さんに「次はストーカーですか?」と聞けば、「むしろ何で離れるん?」とか白々しいにも程がある。ふん、と鼻を鳴らして宮さんの質問は無視し、再度離れれば、また距離を詰めてくる。繰り返して、ついに、端に追いやられ、逃げ場がない



「もう何なんですか!」


「そっちこそ何なん?!急に離れて!」


「気を許すなって言ったじゃないですか!言動不一致!!」


「そない急に離れたら寂しなるやんけ!」


「はあっ?!自分が無防備なのがいけないとか何とか言って襲ってきたくせに、何なんですか!」


「今離れることないやろ!」


「気を許すなって言ったり、離れるなって言ったり、もうどうしたらいいんですか!」


「………そうやな。」


「何ですか、急にマジトーンで…。」


「今は、離れんといてよ。」


「お願いされることではないですけど…まあ、はい。もう端だし。」



端に追いやられ、逃げ場がないし仕方ない。やれやれと肩を竦めてそこに腰を落ち着かせると宮さんは満足そうな顔でわたしの顔を見やる。「何ですか」と視線を投げれば「手、繋いでええ?」とか懲りずに聞いてくるもんだから、「嫌ですよ」なんて言ってあっかんべーをした。それに対して、可愛くないとか頭おかしいんちゃうとか色々文句を言われたが聞こえないふり。可愛くなくて結構だし、頭おかしいのはわたしじゃなくて宮さんの方だ、畜生

もう何なのよ、と思いながら、時間を見るためにジャージのポケットから携帯電話を取り出したわたしの肩がなぜかずしりと重くなる。肩口が妙に擽ったい。ふと、横を見れば宮さんの頭がすぐ横にあって、びくりと肩が跳ねた。はあ、と溜め息にも似たアルコールを含んだ吐息がわたしの肩を少し湿らせて、熱い



「真緒ちゃんはさ。」


「はい、何ですか。」


「ずるい女やなあと思うねんな。」


「何が、ですか。ていうか急に何言ってるんですか。」


「らっきょくんが可哀想やわ。」


「らっきょ…ああ、勇太郎?」


「そうそう。あ、そうや、何で勇太郎なん?」


「は?」


「おれは宮さん、で、らっきょくんは勇太郎?」


「付き合いの長さですかね。幼馴染だし。」


「おれのことも侑って呼んでええんやで。」


「は?そこまで仲良くないです。」


「はあ?!」


「こっちこそ、はあ?!ですけど!」


「エッチした仲やろ。」


「してません!心臓に悪!変なこと言うの本当やめてくださいってば!!」


「あー、そうやなくて、やな。」


「もう何ですか。」



宮さんは頭をぼりぼり掻きむしりながら「そういう話がしたいんやなくて」と言って、あー、とか、うーとか唸り出す。何なのだ一体。しばし、宮さんの言葉を待つも、続きが発せられることはなく、ふう、と息を吐き出して、バッグを抱えるわたしの手の甲に自分の手の甲を当てて、軽く擦り合わせる。その行動の意図がわからなく、何がしたいの?と口を開こうとしたのとほぼ同時に宮さんが口を開く



「……本当、しんどい。」


「肩、重っ!人に寄りかかってしんどいって何ですか、もう。ちょっと、話の続きは?」


「寝る。」


「はあ?高いですよ、わたしの肩。」


「真緒ちゃん。」


「何ですか。」


「料金分おれにちゅーしてもええよ?」


「しないです。もうタダでいいから早く寝てください。」


「ん。」



小さく頷いたかと思えばすぐに肩口にかかる規則的な呼吸。アルコール混じりの寝息が熱い。携帯電話を取り出して、時間を確認。仕方ないなあ、とわたしも目を瞑る大宮駅発新木場駅行きの22時



電車は溜め息を乗せて。
ゆっくり、明日へ向かっていく。


(……起こしてって言うたやん。)
(す、すみません!まさかわたしもぐっすり寝てしまうとは。)
(終電、ないで。)
(ええ?!嘘!)
(嘘や。はあ…行くで。)


新宿を目指したはずが、なぜかここに表示されている駅名は新木場。やらかした。朝早かったし、アルコールは入っているし、それに、電車の中は妙に暖かくて。二人呆然として、溜め息。まだ、終電まで時間がある、そう言って宮さんが自然な動作でわたしの手を引く。思わず寝てしまったことを後悔して平謝りするわたしに宮さんが「もうええって」と言って、わたしの頭を撫でる。それでも謝るわたしに宮さんは笑って「ええって。これで真緒ちゃんと長くおれるわ」なんて言って。何それ、男前ですね、と思いながらも口では「いや、家隣なのに何言ってるんですか」とか憎まれ口一つ。ははっと宮さんは笑って「そうしている方が真緒ちゃんらしくてええよ」と言う。やっぱり、宮さんの中のわたしの認識に疑問符を抱いて、仕返しにわたしの手を握る宮さんの手を振り解き、大股一歩、二歩で歩いて、追い抜き様に宮さんの背中にバンッと一発平手打ちした

あとがき


電車って何であんな眠くなるんですかね…
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