38

「練習試合、ですか?」


「そうや。」


「今日?」


「そうや。」


「それがどうしたんですか…。」


「行こうや。」


「は?こんな朝っぱらからピンポン連打とかふざけてんですか…。」


「ええやん、自分暇やろ?」


「暇じゃないし、ふざけんな。」


「ちょ、いてててて!」


「何、悪徳セールスマンみたいなドアストッパーしてるんですか!」


「よっしゃ、行こか。」


「え、ちょ、ちょっと待って、わたし着替えとか、化粧とか!いや、待ってってば!!」



土曜日の朝。ちなみに朝5時半。お休みだからと今日は9時ごろに起きて、遅めの朝食がてらカフェに行って、読書でもするかなんて思っていたのに、優雅な休日は鳴り響いたチャイムによって打ち砕かれた

けたたましく鳴るチャイムに今にもくっつきそうな瞼を擦って、寝間着のままドアを開ければ、笑顔で「おはようさん」と手を挙げる宮さん。何だよ、こんな朝早くに、と聞いてみれば、今日は練習試合があるらしい。だから何だよと思っていたら、行こうやとか意味わかんないことを言うもんだから、ドアを閉めようとしても閉まらないドア。よく見ればドアの隙間に宮さんの足が挟まっている。あなたは悪徳セールスマンかよ!と思いつつも仮にもスポーツマンの足だ。仕方ないので、ドアを再度開ければグイッと引かれる腕。まさか演技か。今のは演技だったのか、ちくしょう。わたしの腕をがっちり掴み、逃がさないといった宮さんの笑顔に冷や汗が流れた



「ちょ、今わたし寝間着ですから!化粧もしてないですし!」


「園田さんがするんやったらまだしも、真緒ちゃんがしたところで、してもしなくても変わらんやろ…。」


「うるさいわ!そう言う問題じゃないですから!じゃあ服!せめて服をっ。」


「あー大丈夫大丈夫。真緒ちゃんの着替えはここにあるで。」


「なっ、ちょ、それ、わたしのジャージ!ど、どこから!!」


「この間来たときにこそっと拝借したんやで。」


「したんやで、じゃないわ!変態か!このジャージ泥棒め!!」



何が、拝借した、だ!それは立派な窃盗だよ!!


宮さんが掲げて見せたのは、紛れもなくわたしの烏野バレー部のジャージ。ついこの間、練習場の手伝いに行っていた時に着ていたものだ。次の練習の時にも着るからと、更衣室に置いていたのに、それを笑顔で持っている宮さんに薄寒さを感じて、奪うようにジャージを取り返せば、「そんな慌てて着ようとせんでもええのにー」なんて言う。怖い、怖いよ!

これで服は確保できたな、と言って寝間着にも関わらず、ぐいぐい腕を引かれて、マンションの駐車場。一際存在感を放っている一台の黒いワンボックスカーに近づけば、がらりと開いて中に押し込まれる。もうこれは立派な拉致事件ではなかろうか?



「いっ、た!ぐいぐい押さないでくださいよ!!」


「うえ、あ、あれ、都築さん?」


「あ、日向…おはよ。」


「はよ…なんか、すげえ寝起きだね。」


「うん、拉致された。この人に。」


「……一緒に住んでるのか?ここ、宮さんのマンション…だよね。」


「そんなわけないでしょ。たまたま同じマンションなだけ。」


「そっか。」


「うん。」



中に押し込まれて、座らされた座席の隣に日向。勢いよく押し込まれてすぎて、日向の腕に顔面を強打。びっくりしている日向に挨拶すれば、なんか変な誤解をされたので即座に否定しておいた。もう本当やめてほしい。鼻痛いし

日向に詰めてもらって、仕方なくわたしも座席に座ると、すかさず隣に宮さんが乗り込む。寝間着のまま、男二人に挟まれるカオス…助手席には明暗さんがいて、運転席には練習場で何度か顔を合わせたことのあるスタッフの南さん。寝間着の女一人が異様に浮いて見える車内で体を小さくして、突っ込んでは疲れるだけだからと諦めにも似た溜め息を一つ吐き出し、もう何も言うまいと心に決めた



***



車で移動して、高速に乗り数時間。着いた体育館の住所を確認すればそこはまさかの埼玉県。ワンボックスカーを降りて、伸びを一つすれば男たちに挟まれ押し込められていた体がボキボキと不穏な音を奏でた。一人寝間着で恥ずかしいからと駆け足で、体育館へ向かう。駆け出すわたしの背中に宮さんが「そんなに楽しみにしとったんか」なんて笑って言うのが聞こえイラッとしたのは言うまでもない。誰のせいでこんな走ってると思ってるんだ、まったく。突っ込めば突っ込むほど寝間着でいるわたしが晒されるだけだと考え、グッと堪えて更衣室へ急いだ

女子更衣室へ入って、寝間着からさっさとジャージに着替える。上履きもなぜか宮さんが着替えセットと称して用意していて、その用意周到さに舌を巻いた。はあ、と溜め息を一つ落とし、ジャージの袖に腕を通して、鏡で一応確認。してもしなくても変わらないとは言われたが、やはり化粧もしないで外にいる、しかも人と接することに少なからず抵抗はある。せめてベースメイクぐらいさせてほしかった、と思っても後の祭りなので、もう考えないことにして、変なところがないか確認だけに留め、更衣室を出れば、一瞬前を通り過ぎた見知った姿にギョッとして、思わず出たばかりの更衣室に逃げ込んだ


あれ、ここ、埼玉県、だよね…?


いやいや、まさか。再度、ここの住所を携帯電話の地図アプリで確認してみるもやっぱり埼玉県だと表示される。もしかしたら幻かもしれない。いや、そうだ。だって、まさかこんなところにいるわけ…



「え、真緒?」


「ゆ、ゆゆゆ勇太郎!?」


「なんっ、えっ、は?」



顎に手を当てて、ぶつぶつと、まさかいるなんてことはないとか独り言を言いながら出た更衣室。ここで考えあぐねても仕方がないとアリーナへ向かって、まさかの入り口でばったり。さっきのはどうやら幻ではなかったようで、目の前には見知ったらっきょのような頭をした幼馴染の姿



「おま、何して。」


「いや、まあ、ちょっと。」


「すみません、ちょっと。」


「あんまり時間かけるなよ。」


「うっす。」



巨神兵の如く、ずんずんとこちらに寄ってきた勇太郎にがっしり腕を掴まれて、その腕をグイグイ引かれ、連行される。アリーナから離れて、ホールの端の方ですぐにパッと離れる手。仁王立ちでわたしの前に鎮座し、刻まれた眉間の皺に冷や汗が流れる



「つーか、真緒、お前なあ、離婚したって連絡も寄越さねえで…岩泉さんから聞いたけどよ。」


「いや、本当ごめんて…というか、近い近い、近いよ!そんな寄ってこないで!怖いから!!」


「真緒が逃げるからだろ。」


「勇太郎がこっちに来るからでしょ!」



愛想笑いで逃げようにも、こちらににじり寄ってくる勇太郎に後退するわたし。なんか怒ってるし、こういう時の勇太郎に関わると碌なことがないというか、長い説教をくらう羽目になるから面倒で。捕まりたくない一心で逃げるわたしを壁に追い込むと、逃げられないように、ドンと顔の横に手をついてわたしを見下ろす


最近、こういうパターン多くないですかね?!厄年かな、本当!



「なんなら結婚式以来、連絡寄越さねえし。」


「連絡するタイミングが、ね!」


「別れたって連絡はできただろうが。」


「わ、わざわざ離婚しましたなんて連絡できないって!」


「大体なんで離婚なんか…おれがどんな想いでお前たちの結婚式に出たと思ってんだよ。」


「ゆ、勇太郎…?」



ダン、っと拳をついて言う勇太郎に、びくりと肩が跳ねる。確かに色々あった飛雄とわたしの結婚式に参列するのを勇太郎が渋っていたのは知っていた。わたしと飛雄が出会えたのは勇太郎のおかげだったし、参加して欲しいと国見からもお願いしてもらって参加してくれたけど、やっぱり迷惑だったんだろうか



「真緒ちゃん?」


「み、宮さん。」


「どうしたん?こんなところで。早せんと、明暗さんに怒られるで。」


「真緒、後で。」


「あ、うん。」



アリーナに来ないわたしを心配して宮さんが呼びに来たらしい。宮さんの声に、離れていく勇太郎の体。くるりと踵を返してアリーナへ向かう勇太郎に手を振って、後でと言う言葉に小さく頷いた。宮さんは怪訝そうな顔でわたしを見て「誰?知り合い?」と聞いてきたので「幼馴染です」と答えれば面白くなさそうな顔で「ふーん」と唇を尖らせた。



過去の友の勇み足
どんな想いで祝福したのか、と迫る足音


(勇太郎、なんて呼んで随分と仲良さそうやったね。)
(な、盗み聞きですか!悪趣味ですね!)
(おれのことも侑って呼んでええんやで。)
(冗談は顔だけにしてくださいよ。)
(冗談になるほどの顔やないわ!)


アリーナへ急ぐ廊下の途中。横を歩くわたしをちらりと一瞥して宮さんが放った言葉。だいぶ棘のある言い方だな、と思いながら、ムッと眉間に皺を寄せるわたしを呼び止めて、手を掴み、グッと握り締められる。「何ですか」と振り返ったわたしに、とてつもなく面白くないという顔で「後で、どこ行くん?二人でどっか行くんか」と聞いてくるもんだから、茶化すように「ヤキモチですか?」と笑って聞いてみれば、宮さんはびっくりしたような顔をして、次いでぽつりと呟くように「…何や、そうやったら悪いんか」なんて言って頬を掻く。ヤキモチ焼くようなこと、ないのに何を焼いているんだか。さっぱりよくわからないが、そんな顔をされては居心地が悪い。困った人だなあ、と笑ってみせれば、より一層強く握られた手の平の力に、か弱いわたしの骨がピキピキと悲鳴を上げた

あとがき


勇太郎は色々葛藤してます。
back to TOP