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「深夜の合コン、爛れた女性関係…。」



日本晴れのお昼休み。今日は何となく外でランチを食べたい気分だったので、カフェに来てホットサンドとカフェラテを注文。ネットニュースを見ていて目に入ったタイトルと写真。どう見てもそれは、この間の合コンの写真だ。しかも、店内を撮影していて、あの場にいた誰かがリークしたものらしい



「いや、深夜じゃないし、爛れてもないし…たぶん。」



一人カフェラテを飲みながら好き勝手書かれたニュースの記事にツッコミ。そして、リークしたのはきっと、わたしの隣にいた男性だろうと想像ができた。わたしを助けるためとはいえ、飛雄も挑発していたし、自業自得なんだけど、まさかわたしが飛雄の元妻だとは思わないだろうし。飛雄は隠すつもりはないけど、積極的にアピールすることはしなかったから、知らない人がいても無理はない。むしろ、知らないこと人の方が多いくらいだ。それにしても、相変わらず敵を作りやすい男だな、と溜め息を一つ



「都築?」



まあ、そもそも彼女いるのに合コンに出たあの馬鹿が悪いんだけどさ。彼女がこのネットニュースを見たらショックを受けるんじゃなかろうか。いや、それよりも…この間のことは忘れよう、そうしよう。そう思いながらも嘘ばかり書かれた記事を上から下までじっくり読みながら、一緒に掲載されていた彼女の写真を見て溜め息をもう一つ



「都築、おれの声聞こえてるか?」


「…え?あ、うわっ。び、びっくりした……!」


「あ、悪い。驚かせたか?」


「びっくりしましたよ!岩泉先輩、どうしてここに?」



急ににゅうっと視界に入ってきた手に心臓が止まるかと思った。手のひらを辿れば、右の眉尻を上げて、「大丈夫か?」と聞いてくる岩泉先輩。確か、尊敬するスポーツインストラクターを師事して単身アメリカに行ったことは知っているが、まさか日本に戻ってきていた、しかもここにいるなんて思わず、幻を見ている気分になった

どうしてここにいるのか尋ねれば「ついこの間こっちに戻ってきた」と簡潔な回答。わたしが欲しかったのとはちょっと違う回答に、ああ、そうなんだ、と思っている間に、「ここ、座るな」と言って、すとんとわたしの目の前の椅子に腰掛け、水を持ってきた店員さんにコーヒーを注文している。こちらが気にし過ぎなのかもしれないが、何となく今は飛雄と関わりのある人と会うのが気まずい。しかも、岩泉先輩、だし…



「影山と別れたのか?」


「……ご覧の通り、です。」



席に着くや否や、どストレートな質問に苦笑しながらホットサンドを掴んでいた左手を挙げて見せれば、「なるほどな」と頷いて、早速店員さんが持ってきたホットコーヒーをごくりと一口。一人ホットサンドを食べているのも気が引けて、残っていた半分を岩泉先輩に差し出して、「どうぞ」と声をかければ、「あ、悪い。さんきゅ」と言ってホットサンドの片割れに手を伸ばした



「じゃあ、半信半疑だったけど、あの噂は本当だったんだな。」


「何の噂ですか?」


「それ。」


「……あぁ。」



ホットサンドを咀嚼し、コーヒーで飲み下してから放たれた岩泉先輩の言葉にどきり。何のことかと聞いてみれば、「それ」と言いながらわたしの携帯画面を指差す。そこには、先程まで読んでいた飛雄に関するネットニュースの記事が映し出されていて。ロックをかけずに記事を開きっぱなしにしてしまっていたことを後悔しつつ、このことで噂になっているなんて、あまりいいことではないな、と思案。「まあ、心配すんな」とわたしの顔色で色々と察知したらしい岩泉先輩が、がしがしとわたしの頭を撫でる。相変わらず、その見た目通り、男らしく不器用な撫で方。髪の毛がボサボサになったと唇を尖らせるわたしを見て豪快に笑う岩泉先輩がちょっと懐かしい


それ、とは言われたが、実際にはどんな噂なんだろう…。


この記事みたいな噂だったら、嫌だなと思う。だって、この記事に関してで言えば、半分以上が嘘で塗り固められていて、明らかに飛雄を貶めるために作られたものだ。合コンにいたことは事実なので、責められても仕方ないとは思うが、あの時の反応からして、きっと無理矢理参加させられたんだろうなと想像できる。昔からそういうことに無頓着、というか、バレー以外に興味のない男だったし



「敵作りやすいからなあ、あいつ。」


「まあ、そうですね。昔から。」


「金田一が心配してたけど。」


「誰を、ですか?」


「都築のことに決まってんだろ。」


「飛雄もいるじゃないですか…。勇太郎がわたしを心配って、連絡全くないですけどね。」


「自分からはしづらいんじゃね?メッセージぐらい都築から送ってやれば。」


「えー…。」


「何だよ、嫌なのか?」


「勇太郎、昔から世話焼きだから面倒なんですよ。口煩いし…。」


「ははっ、都築がお気に入りだからな。仕方ねえな。」



お気に入りって…ただの幼馴染なだけですけど。


勇太郎には飛雄と付き合うまで色々と協力してもらったっけ。そもそも、飛雄と知り合うきっかけも、勇太郎だったな。勇太郎に誘われて、バレー部の見学に行って、そこに飛雄がいて。いつの間にか、バレー部のマネージャーになって、飛雄と付き合って。

中学の終わり頃に二人がぎくしゃくしてしまって、すごく気まずかったのを覚えている。マネージャーとして公平に接しないといけないし、結構苦しかったな。勇太郎には、飛雄と同じく烏野に行くって話したらくどくどとなんで烏野なんだと言われて喧嘩もしたけど、高校に入って、烏野が春高に行くときに和解したなあ。卒業してからはバタバタしてあまり連絡を取ってなかったから、それもあって向こうから連絡がなかったのかも。口煩く言われるのは嫌だが、心配しているなら連絡ぐらいしようかな、なんて岩泉先輩の助言を渋々聞き入れた



「別れたなんて聞いてねえから、影山が不倫かよって怒ってたぞ。」


「うわあ…離婚したって言わなかったことをまず怒られそう。」


「あー、確実に言われるな。」


「やっぱり、連絡取るのやめよ。」


「連絡してやれよ、そこは。」


「うう…はあ。」


「露骨に嫌な顔するな、本当。」


「岩泉先輩には従順でしょうけど、勇太郎ってすごく面倒臭いんですよ…。」



勇太郎は昔から先輩には従順なわんこのように、言われたことをしっかりやるタイプで。でも、わたしには幼馴染だからか遠慮がないし、なかなかに手厳しい部分もあったりで、ちょっと面倒臭い。何より世話焼き、だしなあ



「それにしても…モデル、なあ。」


「綺麗な人ですよね。人気、みたいだし。」


「おれは知らねえけど。興味ねえし。」


「確かに興味なさそう。岩泉先輩らしいですね。」


「及川は影山のくせに生意気だって言ってたけどな。」


「アルゼンチンにいるのに及川先輩もよくご存知で…。」


「ん、まあな。及川も都築のこと心配してたけど、あいつには連絡取らなくていいからな。」


「あ、はい。」



勇太郎には連絡してやれと言って、相変わらず及川先輩には手厳しい岩泉先輩に笑ってしまうと同時にすごく懐かしい気持ちになった。昔から何かと茶々を入れてくる及川先輩に、そんな及川先輩を追いかけ回してボコボコにしていた岩泉先輩。もう10年も昔のことなのに、今でも鮮明に思い出せる、わたしの青春の一ページだ

岩泉先輩は、コーヒーを飲みながらわたしの携帯に映し出された彼女の写真をまじまじ見る。次いで、頬杖をつきながらわたしの顔を見て一言



「影山のタイプじゃないのにな。」


「え?」


「んじゃ、元気でやれよ。飯、ありがとな。」


「え、あ、はい。」



ぽん、と最後にわたしの頭を撫でて席を立つ岩泉先輩。残していった言葉が、整理のつかないわたしの頭に深く反響した



波紋を作る、一言。
小さな波が、少しずつ、少しずつ。


(って、あれ、伝票…!)
(ご相席のお客様がまとめてお支払いになりましたよ。)
(あ、あ、あの、その人どっちに行きました?!)
(すみません、そこまでは…。)
(もー…男前か!)


さて、お昼休みも終わりだと席を立ち、お会計をしようとして伝票がないことに気付き、慌てるわたしに店員さんが、岩泉先輩が支払ったと教えてくれて、余計にあたふたとする。偶然会って奢ってもらうなんて、しかもわたしの方が色々頼んでたのにと申し訳なく思い、追いかけようにも、もう既に岩泉先輩の姿は見えない。後でお礼の連絡と、お返し、考えよう。岩泉先輩のあまりのスマートさに舌を巻く。男前過ぎるだろう…なんて思いながら、思い出す、さっきの一言。タイプじゃないって何が?どっちのこと?よくわからずに眉間に皺が寄っていく。わたしか、それとも、彼女か。長年一緒にいて、きみのタイプなんて聞いたことなかったな、とつま先を見ながら溜め息を一つ落とし、やばい、もうすぐでお昼休みが終わると急いでカフェを飛び出した。

あとがき


岩ちゃんは男前豆腐並みに男前だと思う。歳とってから冷奴の美味しさに気づいた。
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