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少し薄暗い店内。テーブルを挟んで8脚ずつ並べられた椅子。そこに座る男女。運ばれてくるお洒落なグラスに、お酒。これがかの有名な合コン、というやつかと息を呑む



「ごめんね、一人遅れてくるんだ。」


「先に始めちゃいます?」


「そうしよっか。たぶん、あいつまた熱中して忘れてんだろうなあ。後で電話かけるわ。」


「じゃ、乾杯しよう、乾杯。」


「みんなグラス持った?」


「今日の出会いに、乾杯!」



カチン、とグラスを打ち付けて、ごくりと嚥下するビール。今日も仕事を頑張ったので、やっぱり美味しい。ちらりと横を見れば、集められた女性陣の皆様は、色とりどりの甘いお酒を飲んでいて、あれ、もしかしてわたし選択ミスった?なんて思ったが、頭数を合わせるために呼ばれただけだからいっか、ともう一口

8人ずつの男女が集まる予定が、どうやら向こうは一人遅れてくるらしい。しかも何かに熱中して約束を破るなんて碌な奴じゃないな。そういう人は嫌だなあ、なんてもうすでに第一印象から最悪で、見もしない人に対して少し失礼な感想だなと自分でも思った。遅れてくる一人に電話をかけるからと、園田さんの目の前の男性が席を立つ。どうやらあの人が向こうの幹事さんらしい。こちらの幹事は言わずもがな、園田さんだ



「えっと、まずは自己紹介からしましょうか。」


「あ、じゃあ、こちらから自己紹介しますね。」



こちらから、と言って幹事の園田さんから自己紹介を始める。営業部の園田さん、その隣は法務部の森さん、広報の安元さん…次々に挨拶していく。皆さん、それなりに場数を踏んでいるようで自己紹介の仕方が合コンのそれっぽくてすごいな、と観察していたのも束の間、すぐに自分の番がきてアタフタ。14の視線がこちらを向いていて緊張が走る。名前とあと、何を話せば良いかわからずに、とりあえず名前だ名前と見切り発車で口を開いた



「経理をしています、都築真緒、です。あの、えっと、今日は、よ、よろしくお願いします。」


「都築ちゃんは初合コンなので、みんな優しくしてあげてね!」


「なるほど、通りで初々しい!」


「あ、はは。」



合コンという場所は何でも盛り上がれる要素になるらしい。みんな楽しそうだな、とかどこか他人事でビールをごくり。お酒がないとこのテンションにはついていけなさそうだ。次は男性陣の番だ、と向こうの幹事の人が口を開いた瞬間、入店音が響き、息切れをしながらこちらに近づいてくる足音。「悪い、忘れてた」と言ったその声に、思わず椅子を鳴らして立ち上がり振り返る



「な、なんで。」


「……真緒?お前、どうして。」


「あれ、二人知り合い?」


「そ、園田さん、わたし帰ります!!」


「都築ちゃん?」



がたりと椅子を鳴らしながら、手荷物入れのカゴに入っている自分のバッグを手に取って帰ろうとするわたしの肩をガシッと掴む園田さん。氷点下にも思えるような、キンと冷えた音でわたしを呼び止めるその声に、ギギギと油を差していないロボットのようにぎこちない動作で園田さんを振り返れば、確かに笑顔のはずに目が全然笑っていない園田さんがいて、思わず「ひいっ」と喉元で悲鳴を上げた



「わたしの合コン、ぶち壊すつもり?」


「……イエ、ナンデモナイデス。ゴメンナサイ。」



わたしだけに聞こえるほど小さな声で、だが、確実に鋭さを持った声音で告げたその一言に、ここで帰ったら殺されると思わせるほどの威力があった。仕方なく、元いた椅子へ腰掛ける。そして遅れてきたこの男も、空いていたわたしの目の前の椅子に腰掛けて、明日も練習だからと烏龍茶を頼む。そして何事もなかったかのように再開される男性陣の自己紹介



「株式会社シュヴァイデンの営業をしてます、佐藤です!」



シュヴァイデン…って、アドラーズの会社、だよね。なるほど、アドラーズの…それでなぜこの目の前の男が合コン?一番縁遠い人種だと思ってたし、何より彼女がいるのでは?



「んで、遅れてきたこいつがかの有名なバレーボール日本代表選手でーす!」


「…影山です。」


「実はね、こいつ結婚してたんだけど奥さんと別れちゃって!会社辞めてイタリアに行くって言うから最後に一回くらいは来いよって言ってやっと今日来てくれたんだよ。」


「え、影山くんイタリアに行くの?」


「あー…はい。そうっすね。」


「そうなんだー!イタリアなんてすごいね!」


「若いのにバツイチ?えー、何で別れちゃったの?」


「あー…。」



女性陣の質問攻めにあう飛雄を見ながら、やってられるか、と手元にある半分飲みかけのビールを飲み干す。そして店員さんを呼び止めてお代わりを要求。女性陣はほとんど飛雄目当てになったようで、その間にぐいぐい質問やら話題を振ってお近づきになろうとしている様を目の前で堂々と見せつけられていた。男性陣は少し面白くない顔で、後から来たくせに全部を掻っ攫っていった飛雄から女性陣を引き離すために席替えを要求。どうやら手製のクジで席替えをするらしく、一人ずつ引いて、番号が書かれた場所に着席。周りを見渡せば、飛雄はわたしから一番遠い席に座っていて、ちょっとホッとする


何で元夫と合コンしなきゃいけないのよ…。


しかも、狙われている様を見せつけられる始末だ。非常に面白くない。正直、見たくも聞きたくもないのに、ちらちらと飛雄のほうを気にしては聞き耳を立てている自分に嫌気が差す。何だ、あの微笑は。あんな風に談笑できる人だってわたしは知らなかった、なんて歯噛みして。隣に座る男性が何やら話しかけてきているが、適当に相槌を打って聞き流し、ビールを呷り続ける。今日のお酒はよく進み、お代わりをもう一杯。隣の男性も同じものを注文していて、店員さんが持ってきたわたしのグラスに自分のグラスを打ち付けて、なぜか乾杯された



「真緒ちゃんは休みの日は何をしているの?」


「あー…寝てますかね。割とぐっすり。」


「そうなんだ。おれも寝るの好きだな。」


「そうなんですか。」


「おれたち気が合うかもね!」


「そうなんですか。」



そんなんで気が合っていたら世の中の大半の人と気が合うと思うけど。


突っ込むと面倒なので、適当に返事をして聞き流しているのに、なぜかぐいぐいと迫ってこられて困惑。どう見ても素っ気ない態度を取っているのになぜこんなに絡んでくる?それに馴れ馴れしく下の名前で呼んでくるし…合コンって怖いな、もう!しかしながら邪険に扱うわけにもいかない。少しでも邪険に扱えば、あの恐ろしい園田さんが降臨するかも、と思い出しただけで身震い。そんな園田さんは隣の男性と談笑しつつ、飛雄ともしっかりコンタクトを取っていて、その器用さに脱帽した。さすが合コンのスペシャリストだ

ちらりと飛雄の方を見れば、周りの女性たちと普通に話して、普通にソフトドリンクを飲んでいる。私が見たことのない、飛雄の姿にちくりと胸が痛くなって、ビールで痛みを緩和。最後の一口を飲み干せば、隣の男性がやたらと赤ワインを勧めてきて、ぶっちゃけもう全てが面倒になってきていたわたしは、男性の問い掛けに適当に返事をしてしまい、運ばれてくるボトルとグラス二つ。断るのもな、と思いつつ、今はアルコールが欲しいから何でもいいやとグラスの半分ぐらいまで注がれた赤ワインを葡萄ジュースでも飲んでいるかのように勢い良く呷った



「真緒ちゃん、いい飲みっぷりだね!」


「はあ。」


「飲める子、おれ好きだなあ。」


「そうなんですか。」


「おれ、結構真緒ちゃんタイプなんだよね。」


「そうなんですか、ありがとうございます。」



この短時間でタイプとか何言ってんだろう、この人は。


アルコールは多分に摂取しているのに、頭の中は意外と冷静でそんなことを思った。無碍に扱うこともできずに、お礼だけ言えば、なぜかズズズと椅子をこちらに寄せて、わたしのグラスに赤ワインを注ぎながら、手を繋ごうとしてくるもんだから、スッと避けてグラスを笑顔で受け取る。それがあまり面白くなかったようで、一瞬キュッと眉根を顰めたのを見逃さなかった。それでも彼は勇猛果敢なチャレンジャーのようで、やたらと休日の過ごし方や、おれと同じだねを繰り返し、ずいずいこちらへ寄ってきては肩が触れる密着度。この人距離感おかしいよ!これどうやったら切り抜けられるの?と合コンスペシャリストの園田さんに助けを求めるも、かなり楽しんでいるようで合コン初心者の視線は見事空振り。最悪だ!と思っていたら、不意に鳴る携帯電話。これ幸い、と「すみません、電話」と言って席を立つ。お手洗いの前まで来てホッと一息吐き出すと同時にコールが消え、不在着信が一件



「……意味、わかんないし。」



携帯のディスプレイに表示された発信者の名前に溜め息を一つ。それと同時にじんわりと胸に広がる痛みと何か。ちらりと自分がいなくても楽しそうに盛り上がるテーブルを見て、逃げるようにお手洗いに駆け込んだ



救いの一音
真意は未だ闇の中


(おかえりー。)
(あ、はあ。)
(それで、真緒ちゃんはどういう人がタイプ?)
(え?あー…そうですね。)
(うんうん。)


タイプを聞いてくる彼とは真逆の容姿を脳味噌をフル動員させて次々に挙げていく。「身長低めで眼鏡でゴリマッチョで」と次々に言っていけば、「真緒ちゃん、変わっているね!」と笑われた。引くまでには至っていないようで、はあ、と溜め息を一つ。それでも少しは効果があったようで、少しだけ離れる椅子にホッとした。赤ワインのボトルを空けながら、ちらちらときみの様子を観察。わたしの知らない世界で生きるきみは、これまたわたしの知らないきみの顔で微笑みながら、女性とソフトバンクを飲んでいて。わたしの知っているきみがどこにもいないと目の前で知らしめられているようで胸が痛くなる。その居心地の悪さに進むアルコールが今日はなぜだか全然回ってくれなくてこれも余計にきみに対して憎らしさを募らせた。

あとがき


距離感無し男って一定数いるよね。
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