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「あ、都築ちゃーん!」


「え、あ、園田さん?」


「もう終わりだよね?ね?課長、もう都築ちゃん終わり?」


「河村くんに聞いてー。」


「河ちゃん、都築ちゃん業務終わり?」


「そうだね、もう上がりだよ。」


「ん、じゃあ、都築ちゃん、行こっか。」


「へっ?!え、ちょ、え、いや、まさか、このパターンって…!」


「いってらっしゃーい。」


「楽しんでこいよー。」



ガシッと掴まれた肩。振り返った先に満面の笑みを湛えた園田さん。矢継ぎ早に質問されて、戸惑っている間に園田さんは課長と河村さんにずいずい寄っていって、なぜかわたしの業務の終わりを確認。河村さんからもう上がっていいよの一声を頂いた園田さんが爛々と輝いた笑顔でわたしの腕を掴み、ずるずると引き摺るようにして拉致を決行。このパターンは最近よくあるパターンだな!と嫌な予感がして冷や汗が流れる。何事かと慌てるわたしを他所に笑顔でわたしを送り出してくれた課長と河村さんの姿をわたしは一生忘れるもんかと歯噛みした



「あの、そ、園田さん?どこに行くんでしょうか…。」


「え?河ちゃんから聞いてない?」


「あっ、まさか、河村さんを誘ったというあの合コン…。」


「そうそう!今日も素敵なメンツ揃えたわよー!」


「ちょ、えっと、わたしお断りしたはず…。」


「え?そうなの?いいじゃん、いいじゃん。タダで飲み食いできるから!」


「ええーっ。」



だからと言って乗り気ではないわたしが行くのは相手の方々に失礼なのでは…。


行ったことないし、出会いとか求めてないし、相手の方々にもご迷惑だし、などなどお断りする理由を思いついては園田さんに言っても、そんな理由では園田さんは納得してくれないようで、「座ってるだけでオーケーオーケー」と朗らかに笑ってグッジョブサインをくれた。あ、これはもう強制参加というやつですね、納得。そうなったら体力が削られるだけなので、無駄な抵抗はせずに静かに腕を引かれることにした

園田さんに更衣室へ連れられ、制服から私服に着替える。私服姿を上から下までじっと見られて、なんかの審査でもされているような気分になりながら「何ですか…」と勇気を出して聞いてみれば、「都築ちゃんの私服、地味だね!」と笑顔で言われて傷つく。確かに、今日は白いTシャツにパーカーを羽織ってジーンズを履いただけの地味目な感じだけれど、まさか合コンに連行されるとは思わないし、他人から言われるとグサリと胸にくるものがあり、ついつい唇を尖らせてしまう。合コンに行くとわかっていたらもっとそれらしい服を着てきましたよ…、なんて合コンらしい服とは何かもわからないのに、そんなことを思ったり



「まあ、河ちゃんから聞いてはいたから、都築ちゃんの衣装を用意してるよー?」


「衣装?」


「はい、これとこれ。わたしのお下がりだけど、あげるね。」


「えっ。」


「んで、この服に合わせたメイクをしてあげるから、まずは着替えちゃお!」


「ちょ、ちょちょちょっと園田さん!」


「ん?何?」


「どうしてそこまで…。」


「わたし合コンに命賭けてるから。」


「………そうなんですか。」



合コンに命賭けるって何ですか…!


園田さんの気合の入れように圧倒される。押し付けられ…いや、失礼、頂いた服を受け取り、園田さんにバレないように、はあ、と深い溜め息を一つ吐き出す。園田さんから渡されたのは淡いピンクのトップスに白のフレアスカートだ。基本ジーンズを履いているわたしにはいつぶりにこんなヒラヒラしたの履いたんだろう…というくらい久々の代物。バレー馬鹿の飛雄に付き合っていたら、出かけることなんてそうなかったし、自然と楽な格好に落ち着いてしまったからなぁ。メイクも基本ベースメイクしかしないし、女として終わっている感が漂ってきて、少々凹んだ。そしてサイズ感がピッタリなのも少し怖い

さっさと着替えて更衣室を出ると、園田さんがニコニコ笑顔で「想像通り!」と言って出迎えてくれた。そして「次はメイクね!」と言って化粧室へ連行。化粧室に着くと、さぁ、やりますかと、どこから取り出したのかわからないくらいの化粧品の山。あなたはメイクさんなんですか、というくらいの量で、いつもこれを持ち歩いているのかと思ったら合コンスペシャリスト半端ない。なる気もないがわたしには絶対無理だと思った



「都築ちゃん、ちゃんとお肌の手入れしてるー?」


「あー…ははは。」


「こらこら。お肌はね、20歳過ぎたらもう下降の一方よ!いつ自分だけの運命の人が現れるかわからないんだから手を抜いちゃダメよ!」


「あ、はい。」



自分だけの運命の人、か。そんな人、当分現れそうにないなと苦笑。そして、自分だけの運命の人、と言われて真っ先に頭に浮かんだ顔に、ちくり、と少し胸が痛くなる。もう、自分だけの運命の人ではないのにまた落ち込む自分に嫌気が差すほどだ。まあ、そんな自分だけの運命の人のはずだった人は、バレーにしか興味ないし、人の肌の調子なんて全く無関心だったけど。自分の指先の乾燥とか爪の具合とかはうるさかったけど、わたしの指先が乾燥しているかどうかなど興味なんかなかっただろうな、とか考え始めて更に落ち込んだ



「はい、目を瞑ってー。」


「え、うわ、冷たっ。」


「はい、動かない動かない。」



落ち込むわたしを他所に園田さんの手はパッパッと着実にわたしを別人へ作り上げていく。朝、適当にやったベースメイクは見事に真っさら。下地を塗る前に、と化粧水をつけられて、その冷たさにびくりと肩が跳ねると、動かないように言われて何とか直立不動でいようと足の裏に力を込めた。次いで、少しグリーン色の下地をムラにならないように満遍なく塗り、毛穴をカバーする。コンシーラーで最近できてしまった隈を隠し、リキッドファンデーションを乗せて、フェイスパウダーをパフで丁寧に整えてもらった。ベースメイクだけでも丁寧にやってもらい、わたしがメイクする時間の3倍も時間がかかってびっくりしたぐらいだ。続いてアイメイクも、と色とりどりのアイシャドウやマスカラを並べて園田さんは鼻歌混じりにそれらを手に取りわたしの瞼に乗せていく



「はい、あとは赤みのあるリップとグロスで…完成!」


「……すごい。」


「そうでしょー!」



プロのメイクさんかと思うくらいの手際の良さと、仕上がりに素直に感想を口に漏らせば、得意げな顔をする園田さん。鏡の中の自分をもう一度覗き込めば、そこには朝とは別人が映っていて本当にこれが自分なのかと疑いたくなるほどだった。もしかして、このメイク技術も合コンのために?ちらりと園田さんを見れば、「運命の人の好みに合わせたメイク、したいじゃない?」と言われて、ここまでくればかっこよく見えるから不思議だ

メイク道具をしまって、またわたしの腕をがっちり掴む園田さん。もうここまで来たら逃げませんけどとか思いながらも、腕を引かれるままに化粧室を出て向かったのはなぜか営業部のフロア。今日は営業部のノー残業デーのようで、フロアは人が疎らで閑散としている中をつかつかとヒールを鳴らし、一つの島に近づき、その中でやたらと目立つ髪色の頭をコツンと一突き。その姿を認めて、わたしは思わず「げっ」と口から心の声がポロリ



「みーや!お疲れー。」


「園田さん、痛い……えっ、真緒ちゃん?!」


「この間休んだ分の残業をしてるわたしの目の保養くんに自信作の可愛い子ちゃんを特別に一番に見せてあげようと思って来てあげたんだけど?」


「目の保養…宮さんが?」


「何やねん、なんか文句でもあるんか。」


「ありませんけど…。」


「それで宮、感想は?」


「……ええんとちゃいます。」


「良かったね、都築ちゃん!これで今日の初合コン気合い入るね!」


「えっ、あ、は、はい。そうですね。」


「まっ、ちょ、え、合コン?!」


「今から都築ちゃん連れて参戦よ!じゃあね、宮。仕事頑張るのよー。」


「わっ、あっ、とと、宮さんお疲れ様です。それじゃ。」


「ちょっ、待、あ、くそっ。」



小さく聞こえた、宮さんの舌打ち。仕事がどうやら溜まっているようで、頭を掻きむしる姿が去り際に見え、大変そうだなあ、と他人事のように思っていれば、園田さんはそんなわたしの腕を引きながら、ニヤニヤとわたしを見遣る。「何ですか?」と問いかけたその言葉に楽しそうに笑いながら「若いって素敵よねー!揶揄い甲斐があっていいわ!」と大して年齢が変わらないのにそんなことを言う園田さんに疑問符。何のことかよくわからないまま、ヒールを鳴らしてエレベーターに乗り込み、ドアが閉まる瞬間、ガッとドアに手がかけられ、息を切らした宮さんが現れてエレベーターの動きを止めた

つかつかこちらに歩み寄ってきて、わたしの隣に来ると、狭い匣の壁に背を預け、はあ、と息を整えるための深呼吸を一つ。首元を締め付けていたネクタイを少し緩めて、わたしたちを見下ろしながら



「…おれもちょっと、コーヒー買いに。」



聞いてもいないのに、そんなことを言ってこちらにやたらと密着してくる。いつの間にかぴったりとわたしの腕に宮さんの腕がくっついて、宮さんの少し熱い手の甲が、わたしの手の甲の骨に当たる。そのまま無言で、数分。エレベーターが一階に到着する直前にわたしの人差し指に軽く触れ、離れていく熱。よくわからないまま、宮さんの指先の熱を少し移されただけで、何も言わず、且つ、わたしに何も言わせずに去っていく背中をただただ見送った



物言わぬ、指先の微熱
ただ、何かを残して、離れていくだけ。


(何なんですか、あの人。)
(さあ?じゃ、行こっか。)
(あ、はい。)
(今日は宮に負けず劣らずいい男揃えたよー?)
(なんで宮さんと比較なんですか…。)


「だって二人仲良しさんなんでしょ?」と言われて、がっくり肩を落とす。本当その誤認識を改めたいんですけど。そうは思いながら、さっきの宮さんの態度が気になったり。何だったのだろうか、急に指先に触れてきたりして。いつもだったらもっと強引なくらいなのに、珍しく何も言わないし、何か言いたそうだったし…って、いかんいかん。せっかく園田さんが色々してくれているのだから、合コンとやらに集中せねば。そんなにやる気があるわけではないが、上の空はあまりにもここまで準備してくれた園田さんにも参加している人にも失礼だよなあ、と思うわけで。ふう、と一息吐き出して、雑念を振り払う。合コン会場へと腕を引かれながら向かう中、ひらひらと膝に触れるフレアスカートの布の感触が久しぶりで少し懐かしく思えた。

あとがき


合コンってメンツによっては地獄になるよね。そんな行ったことないけど…たまに既婚者とか堂々といて笑った。
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