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「……合コン、ですか?」


「そうそう。営業部の園田さんからね、誘われたんだけど行かない?」


「えっと、わたし、そういうのは行ったことがなくて…河村さんは?」


「わたし?わたしは彼氏がいるからパスなんだよねー。」


「そうなんですか…。」


「数合わせでもいいから、ね!お願い!!」


「あ、いや、ちょっと。」


「こらこら、業務中になーに話してる。」


「ぎゃ、課長。すみませーん。」


「まあ、でも、合コンなんていいね!楽しんでおいでよ、都築さん。ははは!」


「課長、声が大きい…勘弁してくださいよ……。」



午後一の業務開始。今日は銀行窓口での支払いがあるので、銀行回りもする日だ。部長に払戻請求書に判子をもらい、一緒に金庫から通帳を出してもらった。7冊の通帳を手に、間違いはないかなど確認をして、銀行回り用に会社で用意しているバッグに全て入れて、自転車の鍵を取る。一応午後の予定を確認してから行こうとした時、河村さんに肩を叩かれ、持ちかけられた誘いに困惑した


というか、河村さん彼氏いるの…。


知らなかったな、とそっちの方に気がいってしまった。「数合わせでもいいからお願い!」とお世話になっている先輩社員から手を合わせられると、なんと断りづらいことか。どうしたもんか困っているわたしの頭上に課長から軽いお叱りの声。次いでなぜか背中を押されてしまって、頭を抱えた。とりあえず、銀行支払いのタイムリミットがあるので、返答は有耶無耶なまま、行ってきますと声を掛けてエレベーターへ向かう



「合コンか…。」


「何、都築、合コンすんの?!」


「………木兎さん…今日も音量バグってますね。」


「バグ?いや、それより、合コンすんの?」



エレベーターを待つ間、ぼんやりと先程誘われた合コンについて考えていると、思わず口にしてしまった単語を、たまたま総務書庫から台車を押して戻ってきた木兎さんに拾われてしまった。絡まれたら面倒だな、と思いつつも変な方向に話が広がっていくのも嫌で、一応否定だけはしておこうと渋々問いに対して回答する



「えー…しないつもりですけど。」


「勿体ない!おれもしたい!!」


「はあ。」


「ガチな話、園田の合コン当たりが多いらしい。」


「な、なんで園田さんの合コンだって…!」


「園田は合コンスペシャリストだからな!はっはっはっ!」


「スペシャリスト…?」



合コンにスペシャリストなんてあるのか。何だそれ、すごい。


エレベーターを待っている間、木兎さんが合コンいいなコールをして頂いたおかげでとても目立ちました、ありがとうございます。別のフロアの社員さんにまで指差されたけど全然気にしてません。とりあえず、「わたしは行かないですよ!」と言って何か言いたげな木兎さんを残して、着いたエレベーターに急いで乗り込んで、はあ、と深い溜め息が一つ



「次の恋を探す気持ちにはまだ、なれてないなあ。」



エレベーターに備え付けられた鏡を見て、前髪を直しながらぽつりと独り言。すぐに下のフロアに停まり、人が乗り込んでくるのが見えて振振り返れば、目に入った姿に思わず「げっ」と言ってしまった



「何なん、その挨拶。流行りなんか?」


「あはは。」


「全然誤魔化せてへんから!…これから外回りなん?」


「外回りって…営業じゃないので。銀行回りですよ。」


「ふーん。」



人に聞いておいて、何だその反応は。そちらこそ、そういう反応するのが流行りなのでは?佐久早さんだって同じような反応するし


ふーん、と聞いているようで聞いていないような反応をされて少しムッとする。そんなわたしには構わずに、宮さんはエレベーターの閉めるボタンを押してわたしの隣に移動。鏡に背中を預け、腕を組んでなぜか面白くなさそうな顔をする。何だその顔は。訳がわからなくて、じっとこちらを見る宮さんの視線は無視して、一刻も早く一階に着けと願いながら階数を表示するディスプレイを見つめた



「なあ。」


「はい。」


「やっぱり、ええわ。忘れて。」


「気になるじゃないですか。何ですか。」


「……真緒ちゃん、合コンに行くん?」


「は?」


「こっちのフロアまでぼっくんの声が聞こえてん。」


「あー…最悪だ。」


「え、本当に行くん?ぼっくんの冗談ではなく?」


「宮さんには関係ないじゃないですか。」


「べっ、別に関係あらへんけど!」


「…まあ、行かないつもりですけど。」


「ふーん。」



いや、だから何なのよ、その反応は。


ただ、さっきの面白くなさそうな顔とは違い、なぜか少し納得したような顔をした。この間から変だな、この人。いや、前から変だったか、と思い直して気にしないことにした。気にしたところでわたしには関係ないし、何より関わると碌なことがない

妙な雰囲気に居心地の悪さを感じて、まだつかんのか、このエレベーターはどんだけ低速なんだと、なかなか一階に着かないことをエレベーターに八つ当たりしてみたり。いつもなら誰か乗ってくるのに今日に限って全然乗ってこない。それなのに、何回か停まるという不思議な現象が起きていた。その度に時間がかかって、二人きりの時間が延びていく。会話をするわけでもなく、ただ一階を待つ時間が異様に長く感じた。微妙に息苦しさを感じるし。その沈黙を破ったのは結局わたしでも、宮さんでもなくエレベーターの到着音で、開いた扉から新鮮な酸素が取り込まれて、何とか窒息せずに済んだ



「あ、真緒ちゃん。」


「はい。」


「この間は助かったわ。」


「…まあ、隣で野垂れ死にされたら祟られそうですし。」


「自分ほんま可愛くないなあ。」


「ぎゃっ、頭ボサボサになっちゃったじゃないですか!最悪!」


「お、可愛い可愛い。」


「ムカつく!」



ケープで固めた髪が仇となった。なぜか上機嫌でわたしの頭をわしゃわしゃと撫でる宮さん。お陰様で髪の毛が爆発してしまい、これから銀行回りすると言っているのにいい迷惑だ。何とか手で押さえつけて元に戻そうとするも、整髪料のお陰で元には戻らなかった。そんなわたしを見て、ニヤニヤと意地悪な笑みを湛えて、可愛いと言いつつもその顔は本心ではないとありありとわかる。物凄くムカつくな、もう

宮さんはこれから練習場に向かうようで、ビルの前でお別れ。ふう、と一息吐き出して、駐輪場へ向かう。指で自転車の鍵をくるくる回しながら、社用自転車を探して、見つけた自転車のカゴにバッグを入れて鍵を差し込んだ。がちゃり、と回して解錠。後輪のストッパーを外し、跨ってペダルを一漕ぎ



「あ、コンビニ支払いもあるんだった。」



確か銀行へ行く途中にコンビニがあったはずだ。そこに寄って早々に支払いを済ませてしまおう。そうなると、この道よりは中の方に入ったほうが良いな、と頭の中で道順を考え自転車を走らせる。自転車で移動をしていると意外と早く着けるもので、ほんの数分で目的のコンビニに到着。入り口の少し横に自転車を駐輪させて、自動ドアを潜れば、軽快な入店音が店内に響いた

レジの方へ向かう途中、目に入る雑誌コーナー。あまり雑誌を読まないわたしが偶然にも目にしてしまった本日発売の週刊誌の一面。表紙に飾られた見覚えのある背格好に思わず手に取って目的のページを開き、見出しを一瞥する



「大人気モデルの新恋人は、バレーボール日本代表選手…。」



でかでかと一面の半分を飾る写真を見て、心臓が凍りつき、上手く、呼吸ができなくなった。



石化する、一枚
たった、その一枚の写真でわたしは呼吸の仕方を忘れてしまった。


(宮、ちょっとええか。)
(何すか?明暗さん。)
(都築さん、大丈夫やろか。)
(え?)
(これ、今日発売の週刊誌。)


手に取った週刊誌をレジへ。払込書とは別々にお会計をしてもらい、週刊誌を受け取った。それを抱えるようにして持ち、退店。銀行振り込みの締め切りまで時間はある。少しだけ、と業務時間に拘らず、開いてしまった週刊誌。もう一度見出しを読んで、ずきりと痛み出す胸。なんだ、これ。どういうことだろう、これ。本当は理解できるのに、脳味噌がそれを拒否して、理解ができない。上手く、状況が飲み込めない。週刊誌の記事なんて当てにできないのはわかっている。嘘だってあるだろう。写真だって、捏造かも。そう思いたかった。でも、目の前に映し出されている写真は、紛れもなく真実で。なぜなら、それはあの日宮さんと交差点を挟んだ向こう側で見た、きみのいる風景だったから。

あとがき


やっと影山出そうな雰囲気ですよ!
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