15
次は、タオルか。あ、その前にビブス洗わないと。今度の休みは練習試合あるって言ってたから、ビブスとタオルとセットにして、テーピングとかも補充しなきゃくるくる忙しなく回りながら、しなければいけないことを頭の中でピックアップ。昔からじっとしているよりは動きながら次のことを考える方が思考がまとまる方だった。ドリンクボトルをシャカシャカ振りながら次の予定を確認していると、背後から「あ、いた」と微かに声が聞こえて心臓が止まるかと思った
「なっ、えっ、なっ。」
「何、語彙力ないのか?」
「び、びっくりした…!」
「驚かせたつもりはないけど。」
「背後から急に声かけたら誰だって驚きますよ!」
「じゃあ、どうやって声かけたらいいわけ。」
「確かに…じゃなくて、えっと、何か。」
「何も。」
「…はあ。」
何もないとか言いながら、つかつかとこちらへ近づいてくる。あなたどなたでしたっけ…と逡巡して、ようやく佐久早さんだと思い出した。なんかいつもマスクしてたし、外しているところ初めて見たもんだから一瞬誰かわからなかった。飛雄はどうか知らないがわたしは交流もなかったし…そんな佐久早さんがわたしに何用なのかわからず、近づいてくるもんだから身構えてしまう。それを見た佐久早さんが「別に取って食おうとか思ってないけど、タイプじゃないし」なんてさらりと失礼な発言をぶちかましてくれた
わたしだってタイプじゃありませんけど!
ほぼ初対面の人に、なんでそんな言われようをしなければいけないのか訳がわからず、取り敢えず心の中で言い返して舌を出した。最大限頑張って作り上げた引き攣り笑顔で「じゃあ、なんでこっちに来るんですか」と聞けば、「別に」と一言。何なの、よくわからん!
「聞きたいことがあるんだけど。」
「何もって言ったのに、がっつり用あるじゃないですか…。」
「何か言った?」
「イエ、ナニモ。それで、聞きたいこととは?」
「あんたが影山の元奥さん?」
「…まあ、そうですね。」
「ふーん?」
聞いておいて、なんだその反応は!いや、別にすごい大層な反応を期待していたわけじゃないけど、物凄くモヤモヤする!!
「ていうか、近いです、近いです!」
「ふーん?」
宇宙人と対面している気分だよ!わたしの話はご理解頂いているのかしら!ねえ、ちょっと!
わたしの心の叫びはつゆ知らず、ずんずんと近づいてくる佐久早さん。何なんだ、本当。厄日か、厄日なのか。朝の占いなんて興味ないから見てないけど、もし見てたとしたら今日は絶対最下位だったに違いない。いや、もう今日に限らず今月はずっと最下位とかの勢いで厄介なことが続いているな。ていうか本当に近いんですが!
後退りしたわたしに構わず、追い詰めるように距離を縮めてくる佐久早さん。それ以上近寄らないでくださいの意味も込めて、精一杯腕を前に伸ばして防御してみるも、あまり効果がなかったらしい。「その汚い手避けてくれる?」と何とも失礼すぎる発言に居ても立っても居られず、「矛盾してません?!じゃあ汚いわたしに近寄らないでくださいよ!」と反射的に言い放てば、確かにといった様子で佐久早さんはピタリと足を止めた。心臓がばくばくと嫌に早く脈打っている。目眩すら覚えて、もう本当帰りたい気分だ
「備品整理したの、あんた?」
「用ないって割にすごい質問してくる…まあ、そうですね。」
「ふーん?」
「さっきからそれ何なんですか!質問の意図を教えてくださいよ。」
「それで、インフルエンザと風疹の予防接種は済ませているんだろうな?」
「スルー!しかも脈絡ないし!何、ここのバレーチームの人はまともな人いないんですか?バレー馬鹿はこれだから!!」
「お宅の元旦那と一括りにしないでくれる?」
「何だそれ失礼だな!」
失礼な人しかいないんじゃないか、ここのチーム。わたしが遭遇したバレー大好きバレー馬鹿たちは、出会う人出会う人みんな無神経とか人の話聞かないとか失礼な人しかいないんだけど。あ、まあ、強いて言うなら明暗さんは割とその中でまともな人だった気がする。でも、無理矢理ここに連れてくるくらいの人だしな。やっぱりまともな人いないわ、本当
「予防接種は?」
「受けてます、受けてますよ!これでいいですか!本当もう離れて!!近い、怖い!!」
「予防接種済みなら離れる必要ある?」
「基準がわかんない!嫌がってるのわかんないかな!!」
「あ、都築さーん!」
「日向っ!丁度いいところに!助けてー!!」
「あれ、佐久早さん?何してるんすか??」
「別に何も。」
「何や面白そうな組み合わせやなぁ!おれも混ぜてーな!」
「面倒臭い!もう渋滞してるから!もう十分だから宮さんはあっち行って!!」
「来て早々何やねん!」
「お前らなんか楽しそうだな!おれも混ぜろー!!」
「大集合!あー、もう、うるさーい!!」
「あんたが一番うるさいよ。」
「うっ。」
「おーいらお前ら何してんねん!練習するっつってんやろーが!」
キャラの濃いメンバーが全員集合して胃もたれを起こしそうだ。うるさいし、作業進まないし、早く練習に行ってくれと発狂するわたしに佐久早さんが一番冷静に突っ込んできて遣る瀬なさを感じた。そもそもの原因は佐久早さんなのに、何だろう、このわたしが悪い感は。そして木兎さんうるさい!音量バグってる!!
わらわらと湧いて出てきたメンバーを呼びに明暗さんが最後にやってきた。給湯室に日向を除いて長身の男が3人も。何と圧迫感の強いことか。息苦しささえ感じる始末。早く出ていってくれと言わんばかりにぐいぐいと佐久早さんたちを押しやれば、明暗さんが迎えに来たこともあって給湯室から漏れなく全員弾き出すことに成功した
「あ、そうだ。」
いざ練習へ!と諸手を挙げて送り出すわたしを他所に、くるりと振り返る佐久早さん。なんだ、まだ何か用があるのかと身構えるわたしにジャージのポケットに手を突っ込みながらまた近寄ってきて、一言
「あんたの整理の仕方は嫌いじゃない。」
「はあ。」
「休んでないで早く仕事しなよ。」
「…………はあ?!」
くるりと踵を返してバレー馬鹿たちの群れに少し距離を取りながら帰っていく佐久早さん。なんだ、何なのだ。誰のせいでわたしの仕事の手が止まったと思っているんだ!それなのにいけしゃあしゃあと早く仕事しろだと?
「くそぅ……でも、ちょっと嬉しいじゃん。」
整理の仕方、は、という言葉は少し気になるけど、褒めてくれたことには変わりなく。何だろう、じわりと胸に広がる暖かさ
「ふふん。」
思わず鼻歌が口からぽろり。しんと静まり返った一人の給湯室によく響く。仕方ない、あんな風に言われてしまっては頑張るしかないではないか。中途半端になっていたドリンクボトルに再度手を伸ばし、シャカシャカと振って、ふと思い出す、宮さんの言葉
きっかけは飛雄の名前があったからかもしれない。だけど、その先はわたしとの関わり、なんだな。
初めは色眼鏡はあったかもしれない。その上で、評価されるかどうかはわたしの行動次第なんだと宮さんは言った。確かにそうなのかもしれない。さっきの佐久早さんの言葉で宮さんの言葉にそう、合点がいった。だけど、それでも
「でも、このわたしを作ってくれたのは、飛雄、なんだよね。」
飛雄にしていた当たり前が、こうして褒められる。結局のところ、やっぱり飛雄のおかげなんだなと思い知らされる。それなのに敵チームのサポートメンバーをするのは憚られる気がして、嬉しさの狭間に少しだけ後ろめたさを感じて唇を突き出した
全てはきみから始まった。
きっかけも、きっとそこから繋がるその先も。
(なあ、おみおみ。)
(何。)
(さっき真緒ちゃんと何話してたん?)
(別に。)
(何やのその、別にって…!)
きみがいなかったら、わたしはバレー部のマネージャーをやらなかったし、こうしてここにいる人生はなかったと思う。きっかけはきみかもしれないけど、その先を掴んだのはわたしの力だと宮さんは言った。でも、こうしていられるのは、きみの人生にわたしが加わったからで。たとえそれが一瞬のことでも。それなのに、敵対しているチームのサポートメンバーをするのは裏切りのように思えて、胸がチクリ。きみから言わせれば、もう関係のないことなんだからとでも言うんだろうな。それでも、想像してしまうんだ。もし、もしもって。こんな中途半端な気持ちのまま、おいしい話に食いついてしまったら、またわたしはきみに失望されちゃうんだろうな。あの日の、きみのあの言葉と顔を思い出して、浮上した気持ちがちょっとずつ、そして確実に溺死した。あとがき
ネガティブヒゲ!ならぬ、ネガティブヒロイン!そして佐久早のキャラがわからんたい!