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「うわ。」


「うわって何や。めっちゃ、傷付くんやけど。」


「え、宮さんってそんな繊細でした?」


「まあ、割と繊細やで。」


「へえ…。」



朝7時。出勤時間はあと1時間と30分後。少し早く着いてしまったので時間を潰すために入った、少しレトロチックな喫茶店で宮さんとばったり。昨日の今日で顔を合わせづらくて、思わず心の声を漏らせば、すかさずツッコミを入れる宮さん。そして何故かわたしの目の前の席に座って、モーニングを注文している



「なんでそこに座るんですか、当たり前のように!」


「別々に座る方が不自然ちゃう?」


「いや、全然。全く。お気になさらずに別の席へどうぞ!」


「ひどいなあ、真緒ちゃん。」


「いや、どっちが。」



わたしをひどいと罵るのであれば自分こそ。


昨夜のことを思い出して唇をキュッと引き結ぶ。自然と寄る眉間の皺。宮さんにとっては軽い挨拶みたいなものかもしれんけど、わたしにとってはそうではない。何なら、飛雄以外としたこと、なかったし。いや、たぶん、だけど。先日の飲み会の後の記憶がないから、宮さんとの関係も曖昧なままで、よくわからないけど、わたしの意識下で、飛雄以外とするキスとしてはあれが初めてだ



「……真緒ちゃん。」


「何ですか。」


「あー…その、なんや、うん。すまんかった。堪忍してや。」


「は?」


「何や、その反応。」


「え、いや、宮さんって、謝ることあるんだなあ、と。」


「自分、おれを何やと思ってんねん。」


「言ってもいいんですか?おちゃらけ、尻軽もみあげ黒々、詐欺師なスケコマシ…。」


「もうええわ!それ全部悪口やんけ!!」


「だって言えって言うから。まだありますけど。」


「まだあるんか?!もうええやろ!十分やろ!!」


「え?」


「ていうか、自分、おれのことそんな風に思ってたんか…。」


「まあ、半分冗談です。」


「半分本気やん。」


「……ぷっ。」



結構本気で落ち込んでいる宮さんに思わず吹き出してしまえば、珍しいものでも見たかのような顔で宮さんがわたしを見返した。なんだ、失礼だな。わたしだって笑うことあるわ、と心の中でツッコミ。ああ、でも、よく考えれば宮さんの前では、笑わなかったかも、なんて



「ほんま、すまんかった。」


「別に、いいです。もう、気にしてません。」


「いや、それはそれで。」


「はい?」


「あー、すまんすまん。堪忍してや。」


「…そう、めくじら立てることじゃ、ないし。」


「いや、でも。」


「それに……ありがとうございました。」


「は?」


「お陰で、涙引っ込んだので。」


「……何やねん、それ。」



はあぁぁあ、と大きな溜め息を吐きながら、テーブルに突っ伏す宮さん。そこに丁度モーニングが運ばれてきて、テーブルの大半を宮さんに占拠され、店員さんが置けずに困っている。それにも拘らず、宮さんは顔を突っ伏したまま。「邪魔ですよ」と言っても、わたしの言葉は丸無視で一向に顔を上げない宮さん。店員さんが困っているので仕方なく、自分のところにスペースを作って、モーニングが乗ったトレーを置いてもらう。なんて世話の焼ける人だ


わたしがお礼を言ったのがそんなに変だったの?本当に失礼な人だな。


確かにいきなりキスされてムッときたし、何だあいつは、絶対許さないとか昨日は思っていたけど、でもよくよく考えたら、あれのお陰であの時涙が引っ込んだのも事実で。ムカムカしてたら飛雄のことを考える時間も少なくて、なんだかんだ昨夜は寝れちゃったし。すっごく不本意だけど、宮さんのお陰だからお礼したのに失礼だな、本当



「何してるんですか。」


「無になろうとしとる。」


「はあ。」


「……真緒ちゃんて、ほんま面白い子やなあ。」


「それよく言ってますけど、馬鹿にしてます?」


「半分くらい。」


「仕返しか!」


「はは…うん、よし。」


「は、意味わかんない。」



何がよしなのかわからないが、急に顔を上げてにこりと笑う宮さんに調子が狂う。とりあえず、目の前にある宮さんのモーニングをズズズと差し出して様子見。いつも以上に変だけど、落ち込んでるとかそんな感じはもうしなかった。それはそれで切り替え早!とも思ったが、ずっと謝られたり申し訳ない感じでいられるのは居た堪れないので良しとしてやろう



「あ、せやせや。」


「ん?」


「これ、返すわ。」


「あ!それはっ。」



スッと差し出された5000円札一枚。テーブルの上を滑ってわたしの目の前に。これは昨日わたしが宮さんに叩きつけて帰った時の5000円だ。べつに自分の分の飲食代のつもりだったし、返さなくていいのに、とも思ったが、実の所お財布事情は深刻だ。寒々しくなったお財布をはたと思い出して、拒否することなく素直に受け取れば、なぜかそれが面白かったらしい宮さんがコーヒーを啜りながらケラケラと笑った


宮さんって、意外と表情豊か、だな。


そういえば、わたしは宮さんのことをよく知らない。まあ、知る必要も特にないのだが。嫌な人だと思うのは本当だけど、意外と優しいところもあったり。よく笑う人だなあと。しかも人を小馬鹿にしたように笑うなとは思っていたけど、申し訳なさそうな顔もできるんだ、とか。わかりにくい人かと思えば、意外とわかりやすい人なのかも。そういうところは、何だか飛雄に似ている気がした。わかりにくいように見えて、すごく単純。根が真っ直ぐなんだ。でも、いつからだろうか。飛雄のことがわからなくなってしまったのは



「真緒ちゃん。」


「んぐっ。」



いつぞやのデジャヴか。名前を呼ばれて、反射的に上げた顔。ハッとして警戒。身構えようとしたわたしの口に押し込まれたサンドウィッチ。モーニングについてるサンドウィッチだ。何をされているのかよくわからないままそれを咀嚼。ハムとマヨネーズの絶妙なバランスが何とも言えない。堪らず笑顔になる味に「おいしい!」と思わず声を漏らしたわたしを見て、宮さんが綺麗に笑い、わたしが齧ったサンドウィッチをまたわたしの口に押し込んだ



「んんっ。はにふんでふは!」


「あーん、や、あーん。」


「む、うぐ、ぐ。そんな乱暴なあーんはいりません!押し込んでるじゃないですか!!」


「美味しい?」


「美味しい、です、けど。」


「さよかー。」


「本当意味わかんない!」



本当何なの、この人!


確かに押し込まれたサンドウィッチは美味しかったけど、でも、あんなに押し込まれる必要はあったのか。結構な力で無理矢理口の中に捻じ込まれたんですけど!と思いながらも、咀嚼したサンドウィッチは確かに美味しかったので、この感情と相殺してあげよう。仕方なしだ



「真緒ちゃんは、そうしてる方がええで。」


「はあ。」


「プリプリ怒ってる方がイキイキしとるね!」


「……っとに失礼ですね!」


「ははは!ええ顔ええ顔。ほんま真緒ちゃんは怒りん坊やなあ。」


「怒らせてるのは誰なんですか!」


「おれやけど?」


「悪びれることもなく!」


「…泣きそうな顔、しとるより、その顔の方がずっとええで。」


「………そんな顔、してません。」


「あー、はいはい。」



嫌な人だな、もう。


はいはいと適当に返事をしてわたしの頭をぽんぽんと撫でる宮さん。前も、そうして撫でられた。嫌な人でいてくれればいいのに、こういうところがあるから、余計に嫌なんだ。文句を言ってやろうとしたのに、それはごくりとコーヒーで飲み下す。少しだけ、頭を撫でさせてやってもいいと上から目線で溜飲を下げた7時48分



カフェインに侵される
あなたの手に絆されてやってもいいなんて。


(そろそろ時間やな。)
(ああ…宮さん、お先にどうぞ。)
(ん?なんでや?何か用事でもあるん?)
(いえ、単純に宮さんと一緒に出勤したくないからです。)
(ひどない?!)


ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる宮さんの背中をずいずいと押して、早く行けと言わんばかりに手で追い払う。「ひどいわあ」とか言いながら笑ってる宮さんは無視だ。宮さんと出勤なんてしようものなら目立って仕方がない。色々詮索されるのも嫌だし、悪目立ちするのはもっと嫌だ。いいから早く行けと顎でしゃくって見せれば、「態度悪いなあ」と楽しそうに笑いながら、サッとテーブルの上の伝票を攫って、「ほな、また後で」と言ってレジへ向かっていった。止める間もなく、スマートに。その行動にわたしは苦虫を噛み潰したような気分になる。何かお返しをしなくてはいけない気になるではないか。接点が多くなって、良くない。はあ、と溜め息をコーヒーカップに落として、次いで一気に飲み干す。少しだけ熱をもった喉が冷めるまで、あと、少し。


影山連載のはずが、宮さんがやたらと出張る…。
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