質問


「ねえ。」


「んー?」


「及川さん、どう思う?」


「はあ。」



お昼休み。天気の良い日は中庭に備え付けられたベンチでお弁当を広げてランチをするのがわたしたちの日課で。今日も青空が目に眩しいくらいの良い天気なので、例に違わず、お弁当をいつも通りベンチに広げて、「いただきます」と手を合わせようとしたところで突如隣を陣取る国見の口からぶつけられた質問に首を傾げれば、じと目でこちらを見下ろしてくるその視線の痛さといったら言い表しようがないほどである


急に、何。ていうか、及川さんどう思う?って何。


よくわからない質問にぐるぐる思考回路。迷路のようにその質問のゴールが見えなくて困惑。どこから及川さん出てきた、とか、何でそんなこと聞くのとか、どう思うって、そのどうは何のどうなのか、何に絡んでいるのかさっぱりわからなくてどうしよう。とりあえず、わたしは手に持っていた箸をそっと箸箱へ収納



「及川さん、どう思う?」


「えっと…どう思うって、何?」


「なまえが及川さんをどう思ってるのか聞きたいだけ。」



その「どう」かよくわからないんだけど!ていうか、質問の意図が全く見えなくて恐怖だよ!!


さらにじとーっとこちらを見てくるものだから、わたしは固唾を飲み込んでゆっくり口を開く。こうなっては正解も不正解も関係ない。ぶつけられた質問にちゃんと答えなければこの国見の視線から逃れる手はないのだと覚悟を決めて開いた口から吐き出す言葉



「あー…チャラい?」


「確かにチャラチャラはしてるけど。他は?」


「他?!えーっと、男子バレー部の主将、とか。」


「それは最早肩書きじゃね?」


「確かに。」


「他にももっといっぱいあるでしょ。ナルシストっぽいとか、しゃべり方うざいとか、なんか存在がうざいとか。」


「国見、あんた自分の部の主将をそんなめためたに…。」



何この子怖いんだけど。仮にも自分の所属している部活動の部長だよね?それをここまで言えるって…相当深い闇をお持ちのようである。


国見のひどい言い種に言葉に恐怖を感じているわたしをよそに、国見は自分のお弁当箱に格納されているハンバーグに箸を突き立てて口へと運ぶ。もぐもぐと咀嚼をして飲み込んだところでまた開かれる口。そこから飛び出す言葉は未知だ



「じゃあ岩泉さん。」


「えっと、強そう。なんていうか、パワーゴリラ的な。」


「花巻さん。」


「前髪が変。」


「松川さん。」


「天パなのかもしれない。」


「渡さん。」


「マルコメ味噌。」


「それはひどい。」


「なんか坊主の人みんなそう見える。」


「ひどい偏見だ。じゃあ、矢巾さん。」


「チャラい。」


「それ及川さんと被ってるし。」


「いや、だってそれしか思いつかないし。」


「京谷さん。」


「ハミチキ強面坊主。」


「じゃあ、金田一。」


「らっきょ。」


「おい!」



国見がいる方とは反対側の隣から突如声が上がって、その声にくるりと顔をそちらへ向ければ、お怒り顔の金田一と目がばちり



「あら、いらっしゃったの、金田一くんや。」


「最初からいたっつーの!ていうからっきょって何だよ。ふざけんな!!」


「気付かなかったわ、おほほほ。」


「おほほほって…。」


「金田一、わたし、らっきょ好きだよ。」


「おい、誤魔化そうとしたってそうはいかねえからな。さっきから黙って聞いていれば好き勝手……覚悟しろなまえ!」


「痛っ!女の子に手をあげたー!金田一が女の子に暴力を振るったー!!」


「ばっ。」



何言ってんだ、という状態で金田一が言葉を失う。わたしは金田一のその顔にしてやったり。女の子に手をあげたのは事実だ。例え軽いチョップであってもな!

金田一が隣から声を上げたおかげで国見の質問攻撃は中断。やっとご飯にありつける、と箸箱に収納した箸を再度手に持って何から食べようかなあ、なんて思っていると、その手を誰かが掴む。金田一の仕返しか!と思ったけれど、よくよく考えてみれば金田一がいるのは右。今、わたしの手を掴んでいるのは、左から出てきていて



「まだ、話の途中なんだけど。」


「ちょ、国見さんそれはないっすよ!て、いうか、国見ご飯もう食べ終わってるじゃん!わたしまだ一口も食べてないんですけど。」


「さっさと食べないなまえが悪い。」


「わたしが悪いの?!」



どう考えても国見が食べるの邪魔してきてたよね?!


自分だけさっさと食べ終わって、わたしはお弁当を食べることすらも許されないって何だそれ、ずるい。そうは反論してみても、国見はどこ吹く風で意味がないようである。「もういいじゃん!十分付き合ったけど?!」と怒っても、国見はひどくマイペースで。こうなったら梃子でも動かないことを知っているわたしはやれやれと肩を竦め、掴まれていない手の方で、箸を持ち、再度箸箱に戻す。ここは従うしかないと判断した



「話の続きをどうぞ。」


「どうも。」


「はあ。」



溜め息ばかり漏れますわ。隣からは「ざまあみろ」という笑い声が響く。絶対後で仕返ししてやるから覚えていろよ、このらっきょ!という目で睨みつけてやれば、うぐ、と押し黙る金田一。どうやらわたしの眼光から何か感じ取ったようである。まあ、黙ったところで後で仕返しはする予定なんだけれども

とりあえず今は目の前の国見をどうにかしなくては。そう思ってくるりと体を国見に向ける。振り向きざまにわざと金田一に肘をぶつけてやった。隣から聞こえるくぐもった唸り声にしてやったり顔。少しだけすっきりした



「おれは?」


「え、肘打ち?」


「違う。」


「あ、ごめんごめん。」


「はあ…。」


「溜め息吐きたいのはこっちなんだけど。」


「おれもだけど。」


「おれが一番吐きてえよ!」



金田一の心からの突っ込みは二人で聞かなかったことにしてスルー。涙目の金田一。そんな金田一は放っておいて続きを国見に催促する。このままではわたしはお昼ご飯を食べ損ねて飢え死にしてしまう



「おれはって何。」


「おれのことはどう思ってんの。」


「国見のこと?」


「そう。」


「国見のこと、ねえ。」



ぱっと出てこない答え。さっきは瞬時に出てきた言葉たちが、頭の中からきれいさっぱり消え失せて。思考は迷子。悩む素振りを見せて時間稼ぎ。本当は、悩んでなんかいないのに


国見のこと、どう思ってんだ、わたしは。


わたし、国見のことどう思ってるとか考えたことはない。及川さんとか岩泉さんとか、バレー部の面々は国見や金田一を通してしか知らないし、すぐに印象だけが浮かんでそれを口にしたけど。金田一に至っては、まあ、中身もよく知ってはいるけど、もうらっきょとしか言い表しようがないし。…らっきょ好きだよ、わたしは、うん

でも、国見ってどう言い表したらいいのか、わからない。無気力だよね!とか猫っぽい!とかたぶんいろいろあるけれど、どれもわたしの中の答えではないような気がして。国見の質問に合う、答えではないような気がして



「なまえ、どう、思ってんの。」



言葉を失って、答えを言い出せないわたしに、国見がもう一度聞く。握り締められるわたしの手。じわり、と広がる熱に浮かされたわたしの口が、勝手に動いた。たった一つの言葉だけを伝えるために



「好き。」



何を言っているんだ、と自分でも思うほど、唐突に出た気持ちにわたしもギョッとする。今、わたしはなんて言った?なんて混乱する頭。後ろから聞こえた息を呑む音。国見の目を見られないわたし。彷徨う視線は箸箱へ。どくどくと心臓がうるさくて仕方なくて



「おれも。」



心臓の音ばかりが耳の中でこだましているわたしの聴覚を刺激した国見の言葉。たった一言、それが響いて、思わず顔を上げた先の何とも言えない国見の顔が、息の仕方を忘れるほどの威力を持ってわたしにぶつかった



さて、答えの決まった質問です。
好き、としか答えはない。


(ハンバーグ。)
(え?)
(おれも好き、ハンバーグ。)
(はあ?!)
(ちょうだい。)


どうやらきみが言った「おれも」というのはハンバーグのことだったようである。わたしのお弁当箱の半分を占めていた母お手製のハンバーグを指差して物欲しそうな顔。「あげないですけど」と拗ねたような返答。ばかみたい。勘違いした。「おれも」って言うから、わたしと同じで…ってわたしと同じってなんだ!わたしはきみなんか好きじゃない!と意地を張りたいところだけれど、さっき言ってしまった言葉の意味を聞かれれば、好きじゃないが嘘になってしまうし。「うう」とさっきの自分を恥じるわたしの手の平をきみが握り締める。キュッと後ろにいる金田一にばれないように繋がれた手の平がやけに熱っぽくて汗ばんでいた。

あとがき
青城の面々は本当それぞれ個性豊かでいいよね。

back to list or top