黄昏
「みょうじ。」
「わっ。び、びっくりした!」
「あ、ごめん。」
「あ、ううん。べつに大丈夫だよー。」
「そっか、良かった。何やってるの、こんな時間に。」
「え?ああ、わたし生徒会だから。」
そう言えば、そうだったな、と言って小さく頷けば、みょうじは「そうだよー」と朗らかに笑う。おれとみょうじ以外人がいない廊下でみょうじの笑い声はよく響いた
生徒会ってこんな遅くまで活動するのか。
知らなかった。学校祭とか体育祭なんかの学校行事の時にはよく遅くまで残っていたのを知っているけど、何の変哲もない、そんな日でも遅くまで残っているバレー部と同じぐらい残って活動していたなんて。生徒会ってそんな大変なのか
「生徒会って普段どんな仕事してるの。」
「んー?地味ーな仕事。」
「何それ。」
「だって色々あるからさぁ。普段どんな仕事してるのかって言われると難しいんだよー。」
「じゃあ、今はどんな仕事?」
「ここ、の整理。」
「掲示板の?」
「うん。定期的に掲示物の整理したり、内容を入れ替えたりしてるんだ。」
「へえ、それは知らなかった。」
玄関前の大きく開けた場所に設置された掲示板。ここには、部活紹介とか、生活目標とか、学校便りとかいろいろ掲示されている。時々掲示物が変わった?なんて思う程度でまじまじと見たことなんてなかった
言われてみれば、きれいに整えられている。紙と紙の感覚とか、色合いとか。新しい物は真ん中辺りに、古くなってきた物は段々端へと規則正しく並べられている
「いつもみょうじ一人でやってるの?」
「うん、まあね。ここはわたしに割り振られた仕事だから。」
「へえ、そうなんだ。」
「うん、そうだよー。あ、そう言えば、昼神くんは部活終わり?」
「ああ、うん、まあ。」
「帰らないの?」
「忘れ物したから取りに行って戻るところ。」
「あ、そうなんだ。」
部活が終わってもう帰るだけだったのに、ついてないよって言えば、みょうじは、「それはどんまい!」と言いながら笑う。みょうじはいつも笑顔だなあ
「そろそろ行かなくていいの?みんな待ってるんじゃない??ほら、星海くんとか。」
「え?ああ、大丈夫。みんな先に帰ったから。あ、でもみょうじの仕事、邪魔しちゃってるよね。ごめん。」
「ううん、わたしももう終わったから大丈夫だよ。」
「…じゃあ、送ってくよ。」
「え?あ、い、いや、そんな、悪いよ。」
「もう外も暗いし、女子一人で帰るの危ないでしょ。」
「あ……うん、ありがとう、昼神くん。じゃ、じゃあ、鞄、取ってくるね。」
「みょうじ、ちょっと待った。」
「ん?」
「ここ、真ん中空いてるけど、いいの?何か貼るところだったんじゃない?」
「あ…っはは、忘れてた。高いところだったから手が届かなくて、さ。椅子をね、取りに行こうかなあーって悩んでたんだった。これ、貼れば終わりだから、ちょっと待ってて!」
「みょうじ、貸して。」
「へ?」
椅子を取りに行こうとして、わたわたと歩きだそうとするみょうじを捕まえて、きれいに丸められたポスターを奪う。画鋲を頂戴、と手を出したけれど、一向に画鋲は手の平に転がらず、沈黙がこの場を占拠した
ふと横を見てみれば、ぽかんとした表情でおれを見上げるみょうじの姿。おーい、と目の前で手を振ってみせれば、次はびっくりしたような顔で「ごめん!」と謝り始めてなんだか忙しない
ころころとよく表情が変わるなあ。
笑ったり、焦ったり、謝ったり。それは教室内でもみょうじはいつもそうで。最初は大人しそうな子だなあって思っていたから、結構、友達とふざけてはしゃいだり、よく笑う子だって知ってからみょうじに対する印象が一気に変わって
「あ、て、ていうか、それ、わたしの仕事だし……。」
「いいってこれくらい。画鋲、くれる?」
「でも。」
「ほら。」
「……うん、ありがとう。」
そういって画鋲を手に転がしてくれるみょうじ。その画鋲を持って四つ角の一つに差し込んで、気付く
これ、バレー部の。
全国大会進出!とでかでかと書かれた文字。ハッとしたようなおれの顔を見ながら、照れたように笑うみょうじ。「すごいね、バレー部」と言いながらみょうじは下の二つ角に画鋲を突き刺す
「応援、してるんだー。」
「あ、ああ。」
「わたしは生徒会だから応援しに行ったりできなんだけど、でも、昼神くんのこと、応援してるよ。」
「え?」
「あ、いや!その、べ、べつに昼神くんだけじゃないよ?ちゃ、ちゃんと生徒会としてどの部活も応援しているし、その、ただ、あの、なんていうか、あ、そう!同じクラスのよしみで、ほら、ね。勿論、ほら、星海くんも応援してる!!」
「……ぷっ。」
「あ、今笑ったー!」
だって、あまりにも必死になってみょうじが挽回の言葉を紡ぐから。それがつい面白くて思わず吹き出してしまった
なんか、嬉しいもんだなあ。
みょうじがおれを応援していると言ってくれて。色んな人からたくさん応援の言葉をもらうけれど、何でだろうか。みょうじの言葉があまりにも裏表がないからかな。重く圧し掛かるような言葉じゃなくて、本当に背中を押すような、そんな言葉だなと思えた。まあ、みょうじはきっとただ同じクラスのよしみだからと言っているのだと思うけど
「みょうじ、ありがとね。」
「え、あ、いや、べつにお礼を言われるようなことじゃ…ていうか、むしろわたしが今お礼を昼神くんに言わなくちゃいけないし。手伝ってくれてありがとう、昼神くん。」
「大したことじゃないよ。でも、まあ、どういたしまして。」
「あ、わたし鞄取ってくる!」
「おれはここで待ってるから。」
「うん!」
そう言って古いポスターを丸めて、使わなかった画鋲を片手にぱたぱたと廊下を競歩のような速さで歩いていくみょうじ。慌てていても、みょうじは廊下を走らずに歩いていくんだから、さすが生徒会だなあ、なんて小さくなっていく背中にくすりと笑みが漏れる
みょうじって、すごいなあ。
生徒会としてこうやって影のように活動をして。誰も、知らないんだろうなあ。みょうじがこうしてここの掲示板を綺麗に整理しているなんて。誰に見つかるわけでもない。ただちらりと目に入って通り過ぎていく情報の壁。それでも文句も言わず、これが自分の仕事だからときらきらとしていて、すごいと思うと同時に、少し羨ましくなった。別にバレーが嫌いなわけじゃないけど。我武者羅にやるようなことはしないけど、でも、やっぱりまだ少しだけ立ち止まりそうになったりして
「昼神くん、お待たせ!」
「え、あ、ああ。」
「帰ろう。」
「うん。」
いつの間にか戻ってきていたみょうじ。おれの数歩前を歩く。ぴんと背筋の張ったその姿に引き寄せられるようにおれも背筋を張って歩いてみた。そんなおれの姿を見て、くすりと笑うみょうじ
「昼神くん。」
「ん?」
「昼神くんは、昼神くんで、いいんだよ。」
「え?」
「昼神くんには、昼神くんだけの良さがあるんだから。だから、わたしは昼神くんを応援しているんだから。」
「みょうじ…。」
「さっきは、ほら、同じクラスのよしみとかって言ったけど、本当は知ってるよ。わたしよく生徒会で遅くまで残ってるから。昼神くんが、頑張ってるの。だから、ね、わたしも昼神くんに負けないように頑張ろうって思えるんだー。」
「……ありがと。」
「お礼なんて言って昼神くん変なのー。」
きみの言葉と、光を背負うきみの笑顔に思わずおれの心が震えた。
黄昏コントラストな帰り道
混ざり合う、なんとも言えない気持ちできみの隣を歩いた。
(送ってくれてありがとう。)
(どういたしまして。それじゃあ。)
(あ、昼神くん!)
(ん?)
(また、明日!)
なんだか、照れ臭くなった。でも、それ以上になぜかその言葉が嬉しくて。小さく、また、と言葉にすれば、きみが満面の笑みを湛えて手を振る。その姿にどうしようもなく心臓が跳ねて、鼓動を早める。本当、すごいよ。きみの言葉には、笑顔には魔法のような力があると思うんだ。だから、こんなにもおれを惹き付けて仕方ないんだろうか。そんなきみが応援してくれるなら、勝ちたいな。出来るだけ、多く。こんなにも応援されていること、幸せに思わなくちゃな。うし、と気合いを入れて走り出す。きみの言葉を思い出すだけでなんだか無敵になれた気がした
あとがき
これはたぶん昼神なのでしょう。強固なブロックで恋人にはなってくれませんでした。強固なブロックはバレーだけにしとけよ!
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