増えていく体重
「あれ、なまえどうしたん?」
「何が?」
「今日のご飯、キャベツだけなんか?」
「……まあね。」
お茶碗山盛りに盛られたご飯を頬張りながら信ちゃんがわたしに問い掛ける。信ちゃんの真っ直ぐな目を見ていられず、目を逸らしながら小さく頷いて、塩も、ドレッシングも何も掛かっていないそのまんまキャベツをぼりぼりと咀嚼。ああ、噛むほど甘くなる…はずもなく、口の中はキャベツの味でいっぱいだ
信ちゃんはこんなにたくさん食べているのに、どうして太らないんだろう…いつも間食でおにぎりを美味しそうに頬張っているのに。
そうは言っても、信ちゃんは食べた分だけたくさん運動をして消費している。頭の中を過ぎった小さな疑問を即座に否定。それにしても、わたしも信ちゃんほどではないけれど、運動はしているはずなのに、なんでこうも差が付いてしまったんだろうか…ああ、もう嫌だ嫌だ
「キャベツ、そないに美味しいんか?」
「うん。キャベツの味がするよ。」
「何おかしなこと言うてんの、なまえ。キャベツなんやからキャベツの味がするに決まてるやん。」
「うん、そうだね。キャベツだね。」
もう頭がおかしくなりそうだよ、キャベツだらけで!だけれど、ここで折れるわけにはいかない。だって、今日体重計にふと乗ってみたわけですよ。そしたらびっくりな数字が弾き出されてさ。それを見ちゃったらキャベツ以外食べるわけにはいかなくて。いや、べつにキャベツ以外食べてもいいんだけど…だ、大丈夫、キャベツは食物繊維たっぷりだから。キャベツは素晴らしいからね、大丈夫だから、キャベツだから
「要するに、太ったからダイエットしてるん?」
「ストレートに太ったとか言わないで!信ちゃんの阿呆!」
「何も間違ったこと言ってへんのになまえに怒られたわ。」
「デリカシーがないからだよ」と言えば、「どこがや」とムッとした顔をする信ちゃん。そんな顔しても可愛くないし、むしろ怖いよ。何だったらわたしも拗ねたい気分だよ、信ちゃん。
目の前のキャベツと拗ねた信ちゃんに溜め息を一つ。ちらりとお腹を見て、少し摘んでみる。……うん、やっぱり肉付きがよくなった。体重だけに限らず、摘んでぶにってするぐらいには肉付きがよくなった。あえてここは太ったとは言わない。太ったと自覚してはいるけれど、それを言葉にするとひどく落ち込むから、本当
「なんで女の子ってそういうの気にするん?」
「そういう生き物だもの。」
「おかしな生き物やなあ。なまえは気にしすぎやって。そない太ってないやん。」
「いや、だから太ったとかそういうワードは禁止。」
「なまえ、ほんま面倒臭いわ。」
「めんどっ…?!」
面倒臭いとはどういうことだ!ていうか、信ちゃんにはこの気持ちわかんないよ!!だって信ちゃん細いじゃんっ。いや、細いとはまた違うんだけど、太ってないじゃん。ぷにってするところがないじゃないの。ほとんど筋肉でさ。でも女の子はぷにってしちゃうんだよ、油断したら。そもそもわたしが体重計に乗ってみようと思った経緯だって信ちゃんじゃないの。昨日の夜、わたしの顔を見ながら考え込んだ顔して、はっとした信ちゃんが一言「なんや丸くなった?」なんて
その一言がわたしにものすごい衝撃を伴ってぶつかったことなんて信ちゃんにわかるはずもないじゃないか!言った本人だもん!!
キャベツを摘んだ箸を置いた。もうキャベツに飽きた。わたしはうさぎか、それとも青虫か。そんなことを思っていても、ぐう、とわたしの貪欲な胃腸は今まで放り込んできたキャベツだけじゃ飽き足らず、早く食べ応えのある物を寄越せと大口を開けて待っている。ふと、目の前にある信ちゃんのお膳を見れば、美味しそうな食事がずらり。よだれが出そうになるのを慌てて拭ってキャベツに視線をずらすと、げんなりする心
「なまえ。」
名前を呼ばれて、顔を上げて返事をしようと思った瞬間、口の中に突っ込まれたスプーン。流れ込んでくる優しい味に顔が綻びそうになるのを堪えて、何するの!と信ちゃんを怒る
「ダイエット中なんだってば!」
「おれは飯を美味そうに食べる子が好き。」
「だ、だからって!」
「んー、でもちょっと違うな。飯をいつも幸せそうに、心底美味しいって思ってる顔で食うてるなまえが好き。あ、うん。これや。」
「で、でも、体重……。」
「なまえと一緒に美味いもん食うて、美味いなって言い合うのが好きや。」
「いや、だから。」
「おれは好きや。」
「………はあ。」
「なあ?」
かくん、と小首を傾げて可愛い子ポーズ。ああ、もう。敵わない。言い返す言葉が見つからないじゃないか。だって、わたしも好きなんだもん。信ちゃんと一緒に知り合いの農家さんからもらった新米やお野菜を家で食べたり、美味しいって話題のお店のお料理食べに行ったり、こうやって食堂で一緒に食べるお昼ご飯。わたしも好きなんだもん
「これ以上太ったら豚さんになっちゃうかもよ。」
「太るってワードは禁止やないの?」
「うっ……別に、もういい。」
「そうなん?おれは豚さん好きやで。可愛ええし、美味いやん。」
「それ食べられちゃうじゃん!」
「ははっ、せやな。だって豚さんもなまえも可愛ええし、美味いやろ?それは食わへんと逆に失礼やろ。」
「何の話?!ていうか、わたしと豚さんを同列にしないで!」
「もう、何やねん。なまえが最初に言うたのに。なまえってばほんま面倒臭いなあ。」
「ぷっ。」
思わず吹き出しちゃった。次いで大笑い。わたしの笑いにつられたのか信ちゃんまで笑顔。ひとしきり笑って、目尻に溜まった涙を拭ったら、信ちゃんへと向き直って
「あーん。」
「は?これはおれのやし。なまえはこっちなんやろ。」
「えー!ひどい!さっきはくれたじゃん!いいじゃん、もう一口ぐらい!!」
こっちやろ、と指を差されたキャベツ。これはもういいの、と口を尖らせれば、しょうがないなあ、と肩を竦めながら起用にお箸でご飯を一口分掬い上げて、魚のようにぱくぱくと待機するわたしの口の中にイン。さすがバレーをやっていることだけはある。的確なパスでわたしの口の中に広がるほかほかご飯の美味しさ
「美味しいー!」
「うん、美味いなあ。あ、せや。なまえのダイエットはもうええの?」
「うん、どうでもよくなっちゃった。」
「そっか。」
「信ちゃん。」
「んー?」
「ありがとねー。」
「おれ何かしたか?」
「ううん、何でもなーい。」
「変ななまえやな。」
「信ちゃんには言われたくないよ!」
ダイエットは速攻で終了。きっと明日も明後日もどんどん増えていく体重。その体重を目にしては明日も明後日も落ち込むんだろうな。でも、いっか。信ちゃんの好きなわたしは、スレンダーでスタイル抜群なわたしじゃなくて、美味しいものを美味しいと言いながら何でも幸せそうに食べる、そんなわたしなんだから。ね、信ちゃん!
増えていく体重を幸せの重さに変えて
仕方ないからきみが好きなわたしでいてあげるんだ。
(と、いうわけでチーズケーキ食べよーっと!)
(あ、おれも食う。)
(なあ、なまえが太るのってそれが原因ちゃう。)
(せやな。)
(甘いもの食い過ぎや。)
早くもダイエット終了宣言。そのすぐ後のチーズケーキ発言に、いつからいたのか知らないが、どよめくいつものお馴染みバレー部メンバーズ。何かおっしゃっていたようだけど、わたしは何も聞こえなかった事にして、わたしが持ってきたお皿にあるチーズケーキをきみとはんぶんこ。わたしときみ、ほぼ同時に一口口に含んで溢れ出たお互いの笑みに幸せいっぱい。太るのはしょうがないんだ。だってこの重さは幸せの重さだから。きみと食べる幸せには敵わないもの。それにきみが、美味しそうに食べるわたしが好きだと言うから仕方ないんだもん。ああ、でも、やっぱりちょっとはダイエットしよう。きみに丸くなったと言われない程度に。でもそれは明日から、ね!ばいばい、キャベツさん!!
明日からと言うダイエットは絶対訪れないことを知りながら、早何十年。子供を産む度に10キロ増える謎の現象に悩まされてます。目指せ横綱!
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