きみを好き
「大将は部活ばっかりでつまんない、かあ。」
「何それ。」
「んー、ミカちゃんに言われちゃった。」
「あー…そっか。」
転がるバレーボールを拾いながら、ぽつりと呟く大将の声が、体育館の床に落ちて跳ね返った。その言葉をわたしは運悪くもキャッチしていまい、聞き返したことを後悔しても、後の祭りである
何となく、今日は元気がないとは思っていたけど。
練習に身が入っていないというか、何というか。そんなふわりとした感覚に、確信を得た、今。それも、なんだかなあ、というような微妙な感じで。気まずいなあ、と心に思っていても口には出さなかったが、大将はそういう空気を感じ取るのが上手くて、「みょうじはわかりやすいなぁ。顔に出過ぎ」と乾いた笑みをこぼす
「ミカちゃん、部活やってないんだっけ。」
「やってたけど、運動部じゃないから。」
「じゃあ大将の気持ち、今はわからないだけじゃないの。」
「それならいいけど、さあ。」
「女々しい。」
「んなっ。」
一言、ばっさりと大将を切り捨ててやれば、大将は先ほどから尖らせていた唇をさらに尖らせながらぶうぶうと文句を垂れる。ああ、うるさいったら。いつになったらそのうるさい口を閉じてくれるのやら
わたしに言われたって、わかんないよ。
だってわたしはミカちゃんじゃないし。同じバレー部の仲間として大将をずっと見てきた。だから、わたしはミカちゃんみたいな言葉、言えないもん。だってわたしは…いいや、比べたって仕方ないじゃん。それで解決することでもないし、ましてやわたしは当事者じゃないから。ころころと転がるボールを拾いながら深い溜め息を一つ。それにつられて大将からも漏れる溜め息。二つの溜め息が重なって、何とも言えない空気を放っていると、監督の声が体育館に響いてそろそろ部活終了の合図。ボールを急いで拾い集めて籠の中に押し込めれば、あとは一年生たちにバトンタッチ
「ありがとうございましたー!」
片付けが終われば部活の締めくくり。監督に挨拶をして、ばらばらと解散する部員たち。わたしは後輩のマネたちとぞろぞろと女子更衣室に向かって、今日の練習がどうだったとか、誰それが格好良かっただとか話しながら着替えを始める。その会話の中に必ず大将の名前があって、何だか複雑な気持ちになったりして。でも、みんな大将にミカちゃんという彼女がいることは知っているから、あまり過激なことは言わないんだけれど
「なまえ先輩は先輩たちの誰かと付き合いたいとか考えたりしなかったんですか?!」
「え?」
急に振られた会話に心臓がどきり。息が止まるかと思った。ばくばくと脈打つ鼓動をどうばれないようにしようかと思案しながら苦笑して言葉を紡いだ
「誰かと付き合いたいって、なんで?」
「だってやっぱりマネやってると、選手たちの格好良いところをいっぱい見ちゃうし、選手たちに近いじゃないですか。」
「まあ、そうだね。」
「彼女になりたい!って思ったりしないですか?」
「なれそう!って思ったりとか!!」
「あはは。今のとこ、ない、かなあ。」
「えー!」
驚く後輩たち。そんな後輩たちを横目にわたしは一人いそいそと着替えを続けて一足先に更衣室を失礼する。ちょっとだけ居心地の悪さを感じながら急いで脱出。その居心地の悪さの理由はよく知っている
嘘、吐いちゃった。
別に大した嘘ではなかった。でも、嘘を吐いたことには変わりなくて。それもしょうもない、嘘だ。彼女になりたいって、思った。いや、今でも、思っている。わたしなら、全部理解してあげるのに。あげられるのに。それでも、わたしはあいつの彼女じゃないから
「あ、みょうじ。」
「……大将。」
「珍しいじゃん、一人で帰るなんて。」
「そっちこそ。」
「あー、おれは、まあ、ほら。」
「あ、そっか…なんか、ごめん。」
「いや、いいって。つーか、謝られると余計傷付くんだが?あー…今日、一人なら一緒に帰る?」
「……うん。」
思わぬタイミングに、校門前でばったり。大将からの思いもしなかった提案に、わたしは小さく頷いた。いつもは埋まっている大将の隣に、わたしはそっといつもより距離を詰めてみる。近いようで、遠い距離。帰路を一歩踏み出した時の風の冷たさにぶるりと震えた体。隣を見上げれば、少しだけ鼻を赤くした大将の横顔が月明かりに照らされて、何とも言えない気持ちになった
「みょうじと二人で帰るのいつぶりだろうなー。」
「一年ぶり、ぐらい?」
「あー、確かに。それぐらいかもな。」
「前はよくこうして帰っていたよね。」
「だなー。いつも遅くまで付き合わせてごめんな。」
「何、今更。わたしに気を遣うことなんてないって。」
「あー…そう言ってくれるのみょうじだけだよ。」
「……そりゃあ、わたしはマネージャーだし。仲間なんだから当たり前じゃん。」
「おう。」
本当、わかりやすいんだから。 丸わかりの頭の中。大将の顔が、表情が全てを物語っている。今、何を考えていたのか。「誰」を見ていたのか。それは確実に、大将の隣を歩くわたしではない。その「誰か」は、大将の心をずっと占領している女の子。大将のことを、好きなものをわかってあげない女の子。大将のこと、何も、理解してあげない、そんな子のことばかり大将は考えていて、 今、わたしはすごく嫌な女になっている。わかってはいても、思考回路はぐるぐるとマイナスなことばかり。その原因は、隣を歩く大将が持っている。いや、一番はわたしの胸の中にいる。わかってはいるんだ。知っているの。でも、それでもわたしは
「大将。」
「んー。」
「……大丈夫だよ。」
「………おう。」
「わかってくれるよ。だって、大将が好きになった子なんだから。大将の、彼女なんだから。」
「ありがとな、みょうじ。」
「いいってことよー。」
この胸の中で大きくなりすぎた言葉をぶつけてみたら、大将はどんな顔をするんだろうか。そんなことを考えながらも、わたしが放った言葉は、自分の胸の中の言葉とは真逆の回答。まさに優等生みたいな、そんな答え。大将のほっとした顔。わたしはそれだけでいいと思ったんだ。その顔を見れただけで。今日一日、ずっと浮かない顔をしていたから。この世の終わり、みたいな、そんな顔。でも、わたしの偽りの言葉でも、大将が少しでも元気になれるのなら、それでもいいと思ったんだ わたしの方が、大将のことをどんなに理解していても。
そう思っても、大将が選んだのは彼女で、わたしではない。それに、わたしは伝えなかったから。この気持ちを。その時点でわたしはそんなことを言う資格なんて持ち合わせていない。わかってる
「おれさ、今度の大会で絶対に勝ち進んで、全国にミカちゃんを連れていこうと思ってんだよ。」
「それどこの双子の野球漫画よ。」
「いいだろ。」
「あははっ。うん、いいんじゃない。」
「ミカちゃんに見せたいんだ。おれの見ている景色。隣で、近くで見ていてほしいから。」
「それ、わたしじゃなくてミカちゃん本人に言ってあげなさいよ。」
「ばっ、ま、まだ全国行けるかわからないだろっ。」
「あーあ、そんな弱気でどうすんのよー。」
「うるせー。」
夢見る少年。いつもはずる賢いことばかり考えているやつの思考回路とは思えない発言。その言葉全てを理解できる。わたしならもうわかっているよ。
ねえ、こっち向いてよ。 隣を歩いているわたしを。大将の隣で、わたしは大将と同じ景色を見ている。そのはずなのに、大将から見ている景色にわたしはいない。わたしとは正反対のあの子ばかり。こんな風に一緒にいなければ、この気持ちも少しは否定することもできるのに、愚かなわたしはどこか期待せずにはいられなくて
「じゃあ、ここで。」
「おー。じゃあ、また明日な。」
「うん。」
そう言って手を振った分かれ道。一人になった瞬間にほっとする胸の中
「大嫌い。」
振り返った先の背中にぶつけてみた言葉。振り返らないきみの影を見ながら、吐き出した白
「……好き。」
前言撤回のように放った言葉が誰に聞かれることもなく、ただ一人の帰り道に落ちていった。
きみを好きなあの子が嫌い。
そして、きみを好きなわたしも。
(なまえ。)
(良かったね。)
(え、ああ、うん。ありがと。)
(次は連れていってあげなよ。)
(おう。)
全国を目指して駆け抜けていった日々。儚く散った夢とわたしの想い。これで、終わり。今日でやっと終われる。この醜い想いから。醜くて、愛しい想いから。試合終わりにやってきたあの子。きみを真っ直ぐ見据えながら放った想い。やっと、わかったのか。それよりも前から、あの子がきみを想うずっと前からわたしは気付いていたのに。隣にいたのに。好き、だったのに。そう何度あの子を嫌いになっても、後悔してもきみはあの子の前じゃ、わたしの知らない大嫌いな顔をするの。
あとがき
大将もミカちゃんも可愛くて好き( ´・∀・`)末永く爆発してほしい。
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