牡丹餅


「今日も素敵な眺めだ…。」


「ジャージを着ていてもわかるあの圧倒的質感。さすがなまえさん!素晴らしいな!!」


「おーい、お前ら。立派なセクハラだぞ、それ。」


「せっ、セクハラなんてスガさんそんなこと…!遠目にちょっと拝ませてもらってるだけっすよー!!」


「願わくば触ってみてえ…よし、おれ、ちょっとアタックしてきます!」


「ちょ、え、に、西谷?!」


「なまえさーん!」


「やめんか、こらぁー!」


「うえ、な、何。え、何?」



勢い良く駆け出した西谷を追いかけるスガ。急に西谷に声をかけられたかと思えば、その後ろからスガが怒鳴りながら近寄ってくるもんだから、怯えた顔をして戸惑いながらも律儀に返事をするみょうじ。体育館端でそんな三人を見つめながら、隣にいた旭の脇腹に何となくグーパンを決めた



「いっ!な、何するんだよ、大地…!!」


「なんか、殴ってくれと言わんばかりの脇腹してたから。」


「何だよそれ、こえーよ!」



隣でぎゃんぎゃん言っている旭を尻目に、溜め息を一つ。スガが飛びつかんばかりの勢いでみょうじに迫る西谷の首根っこを掴み、引き摺ってこちらに戻ってくる姿を見て、ホッとした。まあ、別に触れるわけもないのだが、やっぱりそれなりに気を揉んでしまう。みょうじは天然とかではないが、清水に比べて何と言うか、少し隙が多い


この間もそうだったからなあ。


森然高校で行われた夏合宿に参加した時のことだ。猛暑日で、おれたちも汗だくだったが、マネージャーたちもそれなりに動いていて暑そうで。ふと、みょうじの方を見れば、熱さで真っ赤に上気した顔に、汗で白Tシャツの胸元のピンクの下着が透けていた。何で白Tシャツに直下着なんだよ!つーかピンクって!!なんて頭を抱えながら、暑くてもいいからと自分のジャージを押し付けたけれど、何も気づいていないみょうじに不思議そうな顔をされたぐらいだ。それでも「えっと、ありがと?」なんて言うみょうじのあどけないその顔に、何故か透けていることに気づいてしまったおれがいけない気分になった

当たり前だが透けていることに気づいていたのはおれだけではなかったようで、黒尾がニヤニヤしながらおれに「あーあ、良い眺めだったのに。お宅随分と過保護ね?」と言ってきて内心腹が立ったのは記憶に新しい。うちのマネージャーをそういう目で見ないで欲しい



「もう本当にお前らは!みょうじに迷惑かけるなって言ってるだろ!!」


「おれはここから拝んでただけっすよ!」


「近くから見てもなまえさんは今日も素敵なおっぱいでした!」


「にーしーのーやーっ!」


「でも、なんか今日のなまえさんって変っすよね。」


「は?どこが??」


「なんつーか、形がちょっと違う?というか。」


「手つき止めろ!つーか、西谷、お前こえーよ!!」



形が違うって、何だ。


西谷の言葉が頭の中でループして、思わずドリンクボトルの回収をしているみょうじを凝視。それも不躾ながら、違和感があると言われた胸元を中心に。ジャージを着ているから、その違和感はよくわからない。形なんてどうやって把握してんだよ、西谷は。怖すぎんだろ



「大地、見過ぎ。」


「えっ。」


「やーね、このムッツリさん。」


「いっ!何でおれを殴るんだよっ!?」


「うるさい、旭。」


「何だよそれ、こえーよ!」



スガに指摘されて慌てて目を逸らす。ニヤニヤと嫌な笑みを湛えたスガがこちらをじっと見つめながら、揶揄ってくるもんだから思わず隣にいた旭の脇腹にグーパンを決め込む。何でと言われてもさっき言った通りだ。旭の脇腹がおれに殴ってくれと訴えていたからお望みを叶えてやっただけ。それでもぎゃあぎゃあとうるさい旭を一瞥すれば押し黙るその姿に小さく頷いた


ムッツリとかそういうんではなく、何か体調が悪いのであれば主将として把握しておくべきだし。


もっともらしい言い訳を心の中で繰り返す。決して、西谷の言葉が気になって真相を確かめるために見ていたのではなく、もしみょうじの体調が悪いのであれば休ませなくちゃとか下手な弁明をして、さっきまでがっつり胸元を見ていた自分はいなかったことにした。再度ちらりとみょうじを見れば、武田先生と何やら話し込むその顔が心なしか赤いような気がする



「大地?お前また見過ぎ…。」


「悪い、スガ。ちょっと、トイレ。」


「?お、おお。」



本当に具合が悪いのでは?とさっきまで邪な思いで見てしまったことを申し訳なく思いながら、ドリンクボトルを抱えて給湯室へと足を向けて駆け出して行ったみょうじの背中を追いかけた。少しだけ開いていたドアを大きく開けて、体育館から抜け出し、給湯室に続く廊下。そこにはもうみょうじの姿はなくて、仕方なく給湯室へ向けて小走り

小走りで廊下を行けば、明かりのついた給湯室が見えてきて、聞こえる水の音。中を覗き込めば、ぶつぶつと何やら独り言を言いながら使い終わったドリンクボトルを洗っているみょうじの姿。そっと近寄って、声をかければギョッとした顔でこちらを振り向き、それと同時に飛んでくるドリンクボトル。見事顔面は避けれたが柑橘系の匂いがする洗剤が混じった水道水が入っていたらしく、それを惜しみなく一滴漏らさず頭から被って、突然の出来事に放心した。気のせいだろうか、しゅわしゅわと頭頂部で毛根が死んでいく音がする



「さ、さささ澤村!?だ、大丈夫?!」


「……え、ああ…えっと、だいぶフレッシュな香りのするパワフルな水だな、うん。」


「ごごごごごめっ、ごめ、ごめんっ!」


「いや、こっちこそすまん。おれが急に声かけたから驚かせたよな、悪い。」


「タオル、タオル!えっと、タオルどこだ?!」


「大丈夫だから、ちょっと落ち着けみょうじ。」


「風邪引いちゃう!その前に洗剤ハゲになっちゃう?!澤村をてっぺんハゲにしたなんて知られたら結ちゃんに殺される…!」


「おーい、みょうじ。聞こえてるか?そんなすぐハゲないし、大丈夫だから落ち着け。床濡れてて滑るから、な。」


「えっと、タオル…あ!澤村、こ、わ、とおっ!」


「うおっ。」



お決まりの展開。びしょ濡れになったおれを見て、慌てまくるみょうじがタオルを求めて狭い給湯室内を右往左往。飛び散った水が、給湯室の床を濡らし、さらにその水は洗剤入り。このままだと絶対滑る、と安易に予想できた展開。それを防ぐべく、落ち着けと言うおれの声はみょうじには届いておらず、お目当てのタオルを見つけたみょうじが急く気持ちのまま、タオルを片手にこちらへ走り寄ってきて、案の定、と言うべきか、それがお決まりのようにツルッと滑って、こちらに向かって盛大な飛び込みを決めてくれた

倒れ込むみょうじの体を支えようとして伸ばした手。しかし、やっぱり濡れている床、それも洗剤入りの水の威力は計り知れない。おれまで踏ん張ったはずの踵からツルッと滑り、そのまま二人床に倒れ込む。強かにぶつけた背中が痛い。そしてなぜか両手に柔らかな感触。思わず握り込んでしまい、耳元に響いた「あっ」という甘い声で、その柔らかさの正体に気づいて、何かもう色々と動悸がやばい


これは、半端ない。


妙な確信を得て、思わず頷く。何なら、心の中でガッツポーズをしてしまった。これ何カップなんだよ、けしからんな、なんて頭の中で思春期が爆発した。ロマンティックが止まらないどころではなく、エロティックが止まらない。いや、そんなことを考えている場合ではなくて、と何とか脳味噌内の思考回路を軌道修正しようとするも、完全に意識が両手に持っていかれてしまっている。そして、最先端の探知機よろしく、おれの両手が違和感を察知して思わず心の声が口からポロリ



「ノーブラ…。」


「ちょ、ち、違っ!」


「え、みょうじ、着けてないだろ、これ…。」


「待って待って!釈明させて!!」


「は?」


「きょ、今日はブラトップなの!で、でもね、でも、パッドがないの…!!」


「なん、だと…!」



パッドがないってどういう状態なんだよ…!ていうか、みょうじなんか可愛いな!!


真っ赤になりながら顔を覆って、震える声で訴えるみょうじの姿に思わず胸がキュッと音を立てる。パッドがないというのがどれぐらいのもんなのかはおれにはよくわからないが、感触は完全にノーブラです、ありがとうございます。そして、その異変に気づいていた西谷に思わずぞわりと寒気がした。観察眼半端ない

不可抗力で触り続けてしまっていた胸から、名残惜しさを感じつつ手を離して、その手をみょうじの腰に回し、腹筋をフル活用してみょうじの体とともに自分の体を起こす。何が起こったのかわからないといった顔でフリーズしているみょうじの顔の前でひらひらと手を振って声を掛けた。どこかへ飛んでいたらしい意識が戻ってきて、あたふたと真っ赤な顔で慌てるみょうじに、先日の夏合宿同様、少し柑橘系のフレッシュな香りのするおれのジャージを押し付ける



「頼むから、心乱すのはおれだけにしてくれ。」


「えっ。」



覗き込んだ顔にそう告げて、溜め息を一つ。おれの言葉に訳がわからないといった顔で、おれの目を見返すみょうじ。ああ、これは何て手強い、なんて苦笑を漏らしそうになったジャージを握るおれの手をガシッと掴んで



「……うん。」



小さく頷くみょうじに、思わず腰に回した手に力を込めた。



受け止めた手のひらに牡丹餅。
魅惑のその甘さと感触でおれの心を乱していく。


(え、えっと、さ、澤村…?)
(あー…いい。)
(いい?!)
(いや…くしゅ。)
(ひえっ。)


手に力を込めれば密着する体。慌てるきみ。腕いっぱいに柔らかい感触が広がって、思わず声を漏らせば、きみが裏返った声でおれの放った言葉を繰り返してキャパオーバーになる。早く離してあげないと可哀想だな、と思って少し緩めた手の力。そして、ぶるりと身震いを一つ。次いで口から出たくしゃみの衝撃で、気づいた時には顔を埋めるひどく柔らかい感触。何というラッキー2連チャン。素晴らしいタイミングでくしゃみをした自分に思わずガッツポーズをしてしまったぐらいだ。心は激しくフィーバーしながらも、表に出さず、至って冷静さを装って「すまん、大丈夫か?」なんて、きみを覗き込めば、真っ赤な顔で「あの…当たってるんだけど」なんて言われて、誤魔化すように、にっこり笑って頷く。激しくフィーバーしていたのはおれの心だけじゃなかったみたいだ。

あとがき
何というか、高校生らしい大地さんを書きたくて…!

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