心配性


「ちょっと、いいですか。」


「はあ。」


「そこにお座りいただいても?」


「え?」


「そこに、お座りいただけますか。」


「はあ。」



なぜかものすごく丁寧な口調で、赤葦に座るように申し付けられる。その言葉は丁寧であっても、威圧感がすごい。副音声で「座れ」って聞こえるくらいには、威圧感がすごい。まあ、赤葦が「座れ」なんて乱暴な口調で話したことなんてないけども

そんな空気を放つ赤葦に逆らえるはずもなく、わたしはおずおずとその場に座る。ひんやりとしたフローリングの感触が素肌に当たって小さく身震い。座るわたしに倣って、赤葦もその場に正座をして座るものだから、居た堪れなさに崩していた足をわたしまで正座に組み直すことに


な、なんだなんだ、一体!


改まった態度で目の前に座られて、しかも、真っ直ぐこっちを見てくる。立って並んでいる時は、身長差でよく見えない顔が座ると目線が変わって、赤葦の顔がよく見えるからか、何だか気恥ずかしい。いや、それよりも能面みたいな顔、本当怖いんですけど、何事ですか



「おれが言いたいこと、わかりますか。」


「え、あ、はい。…いや、ごめん、わかんない。」


「一つお聞きしたいんですけど。」


「はあ。」


「それって、その長さじゃないとだめなんですか。」


「それって何?長さ??」


「スカート。」


「は?」



長くてきれいな形の赤葦の指が差した先には今現在わたしが履いているスカートが。それでも赤葦の言っていることがいまいち把握できないおばかなわたしに赤葦は小さく溜め息をもらす。いや、わたしも溜め息を吐きたい方なんですが!



「スカートの長さ?がどうかしまして。」


「短くないですか。」


「え、みんなこの長さだし、ていうか、今更じゃない?赤葦が入学する前からこの長さだよ。」


「前からおれは気になっていたんですけど。」


「あ、そうなんですか。」


「はい。」



何だ、この状況。えーと、少し整理をしよう。つまり、赤葦は、ずっとわたしのスカートの長さが気になっていた、と。それも、短いと。で、ついに何て言うの、堪忍袋の緒?みたいなものが切れて、我慢できなくなったから、わたしはこうして正座をさせられて懇々とお説教というか、説得というか。そんなものをさせられている、と、そんなところだろうか

そんなこと言われても、というところが正直なわたしの気持ちである。このスカートの長さは一年生の頃からのものだし、そもそも生地をこの長さに切ってしまっているからどうしようもない。それをどう説明して納得させようか、考えている内に赤葦が至極真面目な顔で一言



「長くならないんですか、それ。」


「な、ならないよ。だって、生地切ってるもん。」


「育ったりしないんですか。」


「え?」


「スカートの生地って育たないんですか。」


「何言ってんの?!」



きっと木兎も顔真っ青になるほどのおばか発言を繰り出した赤葦。普段は冷静で切れ者な彼を変えてしまったこのスカートの業の深さよ。ていうか、スカートは育ちませんよ。だって無機物だもの!

トカゲのしっぽみたいに、切ったところからにょきにょきとか、急にこうなったらいいんじゃないの、と理想論を展開し始めた赤葦。どうした、本当。きみ、こんなことを言うキャラじゃなかったでしょ。何があったんだ。収拾のつかない事態に頭を抱えるばかりである。というか、とりあえずこうなった原因がわからなければ、解決策の練りようもないじゃないか



「だから、それが育って長くなればいい話じゃないですか。」


「いや、そもそも育たないってことを理解してくれないかな。」


「長くならないんですか。」


「話が最初に戻った!」


「本題ですから。長くなったら解決です。もうそれ以外の答えはありません。」


「待って待って、整理させてよ!あのさあ、何で急にそんなこと言い始めたのよ。」


「前から思ってたって言ったじゃないですか。急にじゃなくて前からです。そこは間違えないでください。」


「あー、もう。そうじゃなくて!前から思ってたかもしれないけど、今まで何も言わなかったじゃんか。」



そうだ。こんなことを言ってくるきっかけがあるはずだ。赤葦のことだもの。急に理不尽に怒ってきたりなんかしないし。いや、まあ、スカートの生地育てとかは理不尽だし意味不明だけど。でも、理由もなくそういうことを言う人じゃないってわかっているから

わたしの言葉に赤葦は思案顔。何だか、言うか言わないか迷っている様子。言いづらそうに、口をぱくぱくと開閉させて、何だか魚が餌をほっしている時みたいで少しおかしい。思わずくすりと笑みをもらしたわたしに、赤葦はむっとしたような顔をして「何笑ってるんですか」と怒る。その顔にごめんごめんと言って理由を促せば、拗ねた子供のような顔で俯いて言葉を吐き出す



「………から。」


「え?」


「木兎さんとか、木葉さんとかが。」


「木兎と木葉がどうしたの。」


「なまえさんは気付いてないかもしれないですけど…なまえさんの足見てにやにやするし、スカート短すぎるから階段とか昇ってるとき結構危ないんですよ。パンツ見えそうとか隣でにやにやする二人見ていい気しないし。」


「え、そうなの?」


「ギャラリーから応援してくれる時も、見えそうになってるし、本当その長さやめてくれませんか。」


「スカートの長さに関してはやめれはしませんけど。」


「何でですか。」


「いや、だからこれ生地切ってるから。これ以上長くならないの。」


「だから育てばいいんですってば。気合いがあればどうにでもなるでしょ、大体のことは。」


「気合いなんかじゃ育たないって!」



ループする会話。やっと離れたと思ったのに、また育てコールに落胆。なんかちょっと面倒臭いモードに入ってしまったらしい。ていうか、木兎も木葉もそんなことを思ってたんか。あいつら明日しばく。絶対しばくわ

まあ、それはともかく、このちょっと面倒な赤葦をどうにかせねば。わたしのスカートは育たないわけだし、この長さでどうにか納得してもらうしかない。だけど、それはなかなかに骨の折れる話だということが先程の会話から安易に予想できる。とりあえず、俯く赤葦のそばにずずっと近寄って、少し高い位置にある赤葦の顔を覗き込む。ぷいっと逸らされた頬を両手で掴んで無理矢理こっちを向かせれば、バツが悪そうに少し頬を赤く染めた顔がこちらを見つめている


なんか、可愛いなあ。


いつも冷静、且つ切れ者で、何だかわたしよりも年上みたいなムーブをかましてくる赤葦が年相応の、いや、もう少し幼い感じの顔をすることが。面倒は面倒なんだけれども、ね。だって、こうやって面倒になっている原因が木兎や木葉の発言で、それってやっぱり嫉妬、ってやつだと思ったら、何だか可愛くて仕方なく思えて。そんな事言ったら、赤葦のご機嫌は余計に悪くなるだろうから言わないんだけども



「ねえ、赤葦。」


「何ですか。」


「べつにいいじゃん、言わせておけば。」


「でも。」


「どうせ遠くから見てるだけでしょ。」


「…どういう意味ですか?」


「赤葦は木兎たちみたいに見るだけ、じゃないでしょ?」


「……まあ、そうですね。」


「見ることも、触ることもできるのは赤葦だけなんだから、いいじゃん。」



わたしの放った言葉たちに赤葦は少しムッとしたような顔をしながらも、こくりと小さく頷く。おお、何とか納得はしてもらえたようだ。これで面倒な赤葦とはおさらばだ。よかった、と安心したのも束の間、ぐいっと引き寄せられる体。腕を引っ張られてそのままわたしの体は体勢を崩して赤葦の方へと倒れ込む

ぎゅう、と苦しいくらいに抱き締められて、面倒臭いモードの次は甘えたモードですか、なんて少しやれやれ感が否めないけど、そんな赤葦の背中に腕を回すわたしはやれやれなんて思う資格なんてない



「なまえさん。」


「んー?」


「タイツ、買いに行きましょう。」


「え?」


「黒くて、一番厚いの。あと中に短パン履いて。」


「げ、この時期に?」


「生足とかありえないから、本当。」


「うぐっ…もー、仕方ないなあ。」



結局見せるのもやっぱり嫌らしい。独占欲強いな!と思いつつも、それに幸せ感じちゃってるわたしもどんだけだ。仕方ない、と頷いたわたしを見て、赤葦がわたしの手を取りすっくと立ち上がる。引っ張られるようにしてわたしも立ち上がったのを確認した赤葦は、今すぐにでも駆けだして行きそうなほどの嬉々とした顔で、「行きましょう!」とわたしの手を引いて一歩踏み出した



心配性なきみはとてもわがまま。
スカートは育てられないけど。


(お、なまえどうしたんだ、それー。)
(えへへ、いいでしょー、木兎。似合う?)
(似合うけど、なんつーか。)
(もったいねえー。)
(だって、赤葦。)


隣でしたりやったり顔のきみを見上げる。木兎と木葉もわたしに倣って赤葦を見つめる。みるみる内に二人の顔が面白くないという顔になって、三人の顔の落差にわたしはくすくすと笑みがこぼれる。きみ曰く、短いスカートも黒タイツと短パンを履いていればいいらしい。わたしにはよくわからないけれど、きみが満足するなら少しの暑さは我慢してあげよう。心配性で独占欲が強くて時々面倒だけど、でも、それにも幸せを噛み締めちゃってるわたしはきみのことを言えないくらいの相当な重症患者

あとがき
昔は生足で全然平気だったのに、もう20歳を越えた辺りから黒タイツを常に履いている。

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