爆弾


「みょうじ!」


「わ、びっくりした。」


「ちょっといいか!」


「え、いい、いいけど。」



春も近い季節に、まだまだ冷え込む朝。はあ、と息を吐き出すと白く染まって空に昇っていく。ああ、もうすぐ春がやってくるんだなあ、なんて思いながら見上げた空の近さに季節の終わりを感じていると急に後ろから声を掛けられてびくりと跳ねる肩

振り返った先、はあ、はあ、と息を切らせた男の子が一人。いつ見ても力強くも真っ直ぐな瞳。その光の強さはまるで一等星みたいだ。まあ、それは置いておいて


…わたし、日向くんに何かしたのだろうか。


思い当たる節が全くもって見当たらない。すごい剣幕でわたしのところに来るし。気付かぬうちにわたし日向くんを怒らせるようなことしたのだろうか。思い返してもわたしが知る限りではそんなことをした覚えがないんだけども。でも、日向くんがここまで勢い良く詰め寄って来るってことは、きっと気付かぬうちに日向くんに何かをしたに違いない。それもとんでもないことを。だって日向くんがここまですごい剣幕で寄ってくるくらいだし

「いいよ」と答えたのに、日向くんはさっきまでの勢いはどこへやらと言った状態でなぜか俯いてだんまりを決め込む。服の袖をきゅっと握って、なんだかちょっと可愛らしい。まじまじとそんな日向くんを見ていると、不意にこちらに顔を向けた日向くんと目が合った



「な、何見てんだよっ!」


「え?!」



そして、なぜか真っ赤な顔で怒られる始末。何だかちょっぴり理不尽な感じがするのだけれど、これはわたしの気のせいではないはずだ。だってわたしは日向くんの言葉を待っていただけだもの!

ぷいっと顔を逸らす日向くん。その様子を見ながら、今日日直だったから早く行きたかったのにな、なんて思いながら日向くんを見ているとふと気付く。あれ、今日いつも一緒にいるはずの影山くんの姿が見当たらない。あれ、でもいつも一緒じゃないのか。存在感がすごいから、いつも一緒だと思っていたけど。影山くんだけじゃなくて、バレー部の面々の姿もないし…


今日、朝練はないのかな。


だから日向くんは一人、なのかな。あれ、でも今って登校するにしては早い時間だよね?始業のチャイムまであと一時間半は時間がある。朝練があってもなくてもいつもギリギリに教室に入ってくる日向くんなのに、早過ぎない?なんて考えていると顔を逸らしていた日向くんがまたこちらを見てきて、ムッと固く閉じられていた口を開いた



「あ、あのさっ。」


「え、あ、うん?」


「えっと、その、みょうじに、ちょっと…質問があって。」


「質問?」



まさか質問がしたかったから、あんな勢いで来たのだろうか。別にあんなに勢いをつけて来なくても質問くらい普通にしてくれたらいいのに。水臭いな。それにしても、日向くんがそんな勢いをつけてまでわたしに質問したいことってなんだろうか。

てん、てん、てん。沈黙がこの場を占拠。質問があると言われた割に、その質問が目の前の日向くんの口から一向に出てこない。じっとわたしの顔を見つめたまま、またむっと口を引き結んでいる。なんだなんだ。わたしの顔に何かついている?もしかして今朝食べたご飯の米粒でも口の端に付いているのだろうか。いやいや、ついてないよね。ね、そうだよね?だって家を出る前に一回お手洗いに行って、その時に鏡見たもん。口の端に米粒が付いてたら髪の毛整えたりした時にさすがに気付くよね?そこまで目悪くないよ、わたしは。



「………。」


「………。」



良かった、付いていない。うん、じゃあ、なんでこんな凝視してくる?!


一応口の周りを確認してみたり。ここで米粒が口の端に付いていたら、日向くんはわたしの口の端に米粒がついていて、それを教えるために勢い良く来たんだ、なんて解釈できたのに、米粒がついていない今、余計に謎は深まる。彼はわたしに何を聞きたいのだろうかと考えても答えは全くもって出てきやしない。そもそもこの答えを持っているのは日向くんしかいないわけで。もやもやする。本当にもやもやする!

こういう沈黙ってどうして辛いんだろうか。何か声を掛けた方がいいのか迷う。続きを促した方がいいのか?それをすると日向くんは動揺しちゃうんじゃないか、とか。いや、本当早くどうにかしたい。



「えっと…もし、今、聞き辛いなら、放課後、に聞く、けど……。」


「いや、今でいいから!」



「じゃあ、早く言って!」なんて言えずに、わたしは日向くんに見えないように、小さく拳を握った。彼はわたしをどうしたいのか?全くもってわからない



「あのさ、その、みょうじにさ。」


「うん。」


「質問があって、その。」



うん、それはさっき聞いたよ。わたしがね、知りたいのはその先なの!なんて言えずに握った拳に力が籠る。


だって日向くん服の袖めちゃくちゃ握り締めててなんだかこれ以上追い詰めたら可哀想だもん。これ以上って言っても、わたしはべつに日向くんを追い詰めた覚えはないんだけどね!


もごもごと口籠る日向くん。これはだいぶ時間が掛かりそうだなあと思いながらわたしは腕時計を見ると、授業開始のチャイムが鳴るまであと45分。いつの間にそんなに時間が経っていたのか。一時間って意外と短いんだな、うん。それにしても、日向くんをこのまま待って、学校に行くなんて45分以内でいけるだろうか

「とりあえず歩く?」なんて提案しても、「大丈夫!」って言われた。それはどっちの「大丈夫」なんだろうか。「歩かなくても大丈夫!」なのか、「歩いても大丈夫!」の「大丈夫」なのかわたしにはさっぱりわからない

どちらなのかわからないので、どうしようか迷ってとりあえず歩き出してみる。一、二歩踏み出したけれど、すぐに立ち止まった。腕を、掴まれている。振り返れば物凄く必死な形相でわたしの腕を掴む日向くん。ああ、もう!わたしにどうしろって言うんだ、この子は!!あれ、同い年のはずなのに、なんだかちょっとお姉さんみたいな気分になっちゃったよ



「みょうじ!」


「は、はい?」


「お、おれ、おれ。」


「うん?な、何??」


「みょうじに、えっと。その。」


「わたしに、何?」


「質問があって、それで。」


「うん。」


「えっと、その、あれだよ、うん。」



え、自己完結?なんて思いながらわたしは日向くんを見つめる。トマトみたいに顔を真っ赤にした顔。次はムッと引き結ばれずにその口は開いた。



「おれ、みょうじが好きだ!馬鹿!!」


「え、ちょ、ちょっと日向くん?!」



それだけ言うと走り出してしまう日向くん。ものすごい勢いで走っていく日向くんの背中がだんだんと小さくなっていく。わたしはただそこにぽつんと置いてけぼりで

置いてけぼりにされたのはわたしだけではない。日向くんが残して行った言葉もわたしと一緒に置いてけぼりにされて。だから、だろうか。わたしの耳に残って、まるでこだまみたいに何度も繰り返し再生されているのは。わたしの頬が紅潮していくのは。だから、だろうか。



「馬鹿は余計だよ!待って、それ、そもそも質問じゃないし…って、ちょ、ちょっと待ってよ、日向くん!!」



今度はわたしが質問してあげよう。日向くんのせいで落としてしまった鞄を拾い上げて、急いで小さくなっていく日向くんの背中を追い掛けるために地面を勢い良く蹴った



心に爆弾を落としたんだ
きみが落とした爆弾でわたしの心にばあんと「何か」が二次被害


(日向くん!)
(うわ、来るなよ!)
(え!?ちょ、ひどっ!!)
(おれをこれ以上追い詰めるなよお!)
(追い詰めた覚えはないよ!!)


言い逃げなんて絶対に許さないよ。わたしのこの胸に落とした爆弾の二次被害をどうしてくれる。うるさくも速度を増していく鼓動、発熱したみたい熱く、頬が紅潮。それに、それに。この胸の中で弾けた何か。それが何かはよくわからないから、責任を取ってもらうためにきみに質問して教えてもらう。だって、だって、これはきみのせいなんだから、きみにしかわからないはずだもん。だんだんと大きくなっていくきみの背中。掴まえた腕。ほら、次はわたしから質問だよ。この胸の中で弾けたものはなんですか?

あとがき
日向のテンションって難しい…女の子の前でかちんこちんになるの可愛い…。

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