剣刻 創作(4/2)


使用人の女の子視点で剣刻主人公・刻者をおもう。

!!本編八章後半最後のお話のネタバレあり!!

!!ご注意ください!!



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天が紅

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「ごめん、ちょっと夕餉の支度手伝ってくる。人足りないみたい」

 同僚に声をかけられて、自分の手が止まっていることに気づいた。

──あ、うん・・・

 と、顔を上げた時には、部屋にはわたしひとりだった。
 いけない、ぼーっとしてた。
 洗濯物、畳まなきゃ。
 長月の日差しは洗濯物をからりと乾かしてくれていた。暑苦しい夏の、唯一と言っていいありがたいところなのに、気持ちは沈んでいた。
 姫様が目を覚まさない。
 城内は太陽を失った空のように暗い。いつも明るく接してくださる方々も、作る笑顔に無理が見えた。 
 姫様はご自分の使命を全うしようと心に決めていらっしゃるようだ。凄い方だと思う。
 痛ましいほどマメのできた手、送り出す度に増えた傷。
 わたしがうるさく騒いでも、このくらい大丈夫ですよ、と元気に笑っていらっしゃったけど・・・

(子どもに背負わせることなんだろうか)

 誰にも──どんなに偉い方々にも──どうしようもないことだ。
 仕方ないことだ。
 それをわかってはいても。
 洗濯物の山が片付いたところで、同僚が戻ってきた。姫様のお体を拭いてさしあげようと思うから手伝ってくれと言う。
 わかった、とこたえた。


 意識のない方の体に触れるのは緊張する。下手をすれば、か細い糸を切ってしまうような。
 お顔は穏やかな眠り顔。
 固く絞った手拭いでお首の柔肌をおそるおそる拭う。
 浅い呼吸、静かに上下する胸。
 片腹に新しい痣をみつける。誰がつけたのか、憎らしい。
 このお姫様の小さな体に、中津国の命運とか、数多の民の未来がかかってること、まだ信じられない。

(いつかこうなると、思わないでもなかった)

 心配でも見送るしかない。待つしかない。信じるしかない。
 目覚められたときになるべくご不快でないようにできただろうか。浴衣を着せなおす。
 姫様の様子を診に、御典医さまと助手の方が来られた。
 辞する際に姫様の顔にちらと目を向ける。そこに儚さを見いださないように気構えたのが、却って良くなかった。

──このまま目を覚まさなかったらどうしよう──

 考えたくないことを考えてしまった。
 目の前が暗くなって、涙で滲む。馬鹿、わたしが泣いてどうする。さっと袂で拭くところを同僚に見られた。だけど彼女は何も言わなかった。
 持ち場に戻る。


 晩夏の空に焼け落ちる夕日が、廊下の格子窓から見えた。たなびく雲が炎のように真っ赤に染まっていた。
 なにで読んだか忘れたが、こういう空を、天が紅というそうだ。あまがべにと読むのを、最初、てんがくれないと読んだ。間違いと知ったとき、まるでわたしの駄目なところを後ろから神の指に差された気がした。
 本当に、泣いたところで何も変わらない。
 怯える者を置いてけぼりに、それでも時は進んでいく。世界の営みがとどまることはない。
 姫様のために祈りたいと思った。
 中津国のためじゃなく、ただあの一生懸命な女の子のためだけに。
 姫様の戻る世界が、元の時代だけではないと、わたしは思いたい。
 ただ生きているということ。それはきっと、ありふれているだけで、奇跡に違いない。
 わたしは奇跡を待つ。あなたがあなたのために起こしてくれる奇跡を。
 わたしたちは今まで通りの仕事をする。できることをする。必要なものを滞りなく用意しておく。

(わたしたちにはわたしたちの戦い方があるんだ、きっと)

 わたしは神よりもあなたに祈る。あなたを信じて待つ。
 てんがくれないよ、落ちていけ。わたしはわたしの日の光を待つ。


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