鷺舞い(21/4)
おお、と涼は思った。
(かっ・・・かっこいい・・・)
感動すら覚えた。
(私もこれやりたい・・・)
「──ご無事か?」
「ひ、ひぃさま! 大丈夫ですか!?」
二人の声に、涼はハッとした。
黒羽の薄紫色の瞳がすぐそばにあった。倒れて、ぼうっとしているように見えたのだろう、心配そうに眉を潜めている。
「だい・・・じょぶです・・・」
藤色の眼差しは、涼の声を何故かぎこちないものにさせる。
転んだ二人は雪をかぶったような有り様になってしまった。
先に立ち上がった黒羽とフミに助け起こしてもらう。助けられてばっかりだ。
フミがあらあら、と言う。
「お二人とも、花びらまみれに・・・ほら、涼さま、黒羽様のをとってくださいな。涼さまのはわたしが」
「あ、うん」
「いや、私は構わなくていい」
黒羽は遠慮するが、
「これくらいさせてください」
またきたフミのパンパンの半分以下の力で、花びらを払う。雪柳は黒羽の髪に溶け込むように、黒い着物には白が映えている。
その可憐な命を無為に散らせてしまった罪悪感からだろうか、涼の心は素直になる。
「あの、黒羽様」
「ん?」
頭の花を払いながら、黒羽は涼を見下ろす。
「私たちのこと、怪しんでいらっしゃいますよね」
「・・・・・・」
「・・・涼さま」
フミの手が止まる。一歩坂を下り、侍従らしく控える。
涼は藤の色の目を見つめた。
黒羽も静かに見つめ返す。
この人は、やさしい人だろうか。そうだといいけど・・・
「無理もないと思うんです。女が二人、東海道を歩かず、こんな暗い山道にいるのは不自然です。近くに住む者ならあり得るでしょうが、私たちは旅の着物を着ている。風呂敷一つでも持つものを、持っていない。だけど、さっきの犬が人の荷物を狙うとは考えにくい。あの目は・・・血を、肉を欲し、それだけを見ていた」
「岡辺口で、何があった?」
黒羽が聞いた質問に、涼は答えず帯の間に手を入れる。
「・・・お礼をせねば、と言いました」
挟んでいた袋から取り出したのはお金だった。足りるかな。金勘定は苦手なんだが。
裸ですみませんが、と差し出そうとする手は、黒羽に抑えられた。
「今の質問は忘れてくれ、口が滑った。それに、たまたま遭遇しただけのこと。あなた達が襲われていなくとも、私が被害にあっていたかもしれない。・・・人助けではなかった」
「ならばなおのこと、受け取っていただきたく存じます」
黒羽以外に他人の目は感じられなかった。黒羽が黙っていてくれると言うなら、それを信頼してもいいと思えた。だが、こちらにも事情がある。
「巻き込んで、押し付けてしまって、ごめんなさい。でも、心から、命の恩人さまなんです」
お転婆なので、上手いこと駆け引きができない。自分でも困った顔になってると分かる。
黒羽の表情からは、感情がうかがいづらかった。
色は春でも、冬の空気を思わせる目だ。冷気の奥で、きっと悩んでいるなと思う。
どこか鍔迫り合いのような雰囲気の視線の交差、負けたのは黒羽だった。
「・・・分かった。それであなたが安心できるなら、受け取ろう」
涼はほっとして微笑んだ。
「ありがとう・・・」
出したお金は、出しすぎだと苦笑いされた。
ひょっこり覗いてきたフミも、ぎょっとしていた。
少しだけ受け取り懐にしまう黒羽を見ながら、涼は、ふと、思い出したように言った。
「──黒羽様は、綺麗なお髪と瞳をお持ちですね」
黒羽はまた、苦笑した。
◇◇◇◇◇◇
街道まで送るといって、黒羽は先を歩いてくれる。
(行き逢ったのがこの御仁でよかった・・・)
わずかでも下卑たところのある人物だったなら、面倒になっていたかもしれない。
腕の立つ方を敵にしたくはない。
(それにしても、頭の形まで美形とは、出来すぎなくらいだな)
結いやすそうな後頭部を眺めていると、フミがチョンチョンとつついてきた。
前方を歩く黒羽をちらちらっと見て目配せしてくる──鋭く察する。
「も、もう転ばないようにしないとねぇ〜・・・」
などと、坂を気を付けるふりをしながらゆっくりと歩いて、黒羽から距離をとる。
わかる、わかるぞぉ、フミ。
十分そうなほど離れたところで、念のため口元を手で覆う。
どうかどうか聞こえませんように。
こっそりこそこそ。
「──さっきの、かっこよかったね・・・!」
「ね・・・!」
フミは拳を握っている。片手には黒羽から貰った水の竹筒をまだ持っていた。
「ひぃさま得しちゃいましたね!」
「来てよかったねえ、駿府!」
「まだ駿府じゃないですけどね」
「水筒返さなきゃね」
「丸子宿についたら、新しいのを差し上げましょう」
「そうしましょう! ついでにお手紙を添えて」
「それはやりすぎ」
「え?」
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