鷺舞い(21/12)


 飯代はなんと、あの声をかけてきた酔客が払ってくれた。
 まさか本当に奢らされるとは思っていなかったが、涼の財布は守られたのだった。
 涼は、おじちゃんありがとう、ありがとう、とたっぷりお礼を言った。
 そして三人、店を出た。
 貰った菓子の、餅と名の付くものはほとんど涼の腹に納まっていた。

──どこに入るんだ、そんなに?

 と二人から聞かれたが、入るものは入るんだからしょうがない。
 三人で食べきれず余った菓子は、懐紙に包んで持ち出した。
 歩き歩き、道行く子どもらに配っていけば、あっという間に捌けた。
 本日何個目か、もはや分からなくなった餅をもぐもぐ食べながら、涼は篠の後をついていく。
 涼の隣を実彰が歩いていた。

「そんなに餅が好きなのか」

 と、実彰が言う。見ているだけで胃もたれする、と言いたげだ。

「もちろんです。・・・あ、違いますよ」

 念のための訂正は無視された。

「この刀、新品だな」

 心持ち顔を向け、篠が聞いた。右手に持った涼の刀を見ている。

「買ったのか?」

 涼は食べ終えて、

「はい。筑前から持参した自分のがあったんですけど・・・ちょっと」

「姫には武骨な見た目だ。雅な品はなかったか」

「鍔が永楽銭なので・・・」

「ん?──ああ、そうか」

 篠は頬のあたりに笑顔を滲ませた。
 納得されると涼は恥ずかしい。理解してない様子の実彰に、なんとなく言い訳じみた口調になって説明する。

「永楽銭は黒田の替え紋なんです。気に入ってて、それで・・・」

 我ながら子どもっぽい基準で購入を決めてしまった。もっとちゃんと選んでおくべきだった。

(あ、ていうか──)

「──買った、か」

「うっ」

 黒羽の呟きに涼が唸った。

「旅費がどうとか」

「うぐっ」

「髪売りはそのためだったのか」

「・・・刀買うのに使いました」

「あなたは秘密が多いな」

「ご、ごめんなさい・・・」

 なんだか黒羽がちくちくしている。これは涼の気のせいではないだろう。
 もう白状してしまおう、と涼は思った。騙して心が苦しいし、申し訳なかった。
 篠に聞かれても、まあ、いいか。
 実は──と話し出す。

「岡辺宿に入るずっと前から、つけられておりました。あまりにぐだぐだで手際が悪いので、荒事を生業にしている風ではなかった。慣れない者が慣れない者たちを使っていたんだと思います。まこうとして、二手に分かれました」

 東海道に出る時、駕籠に家人の一人を乗せて出し、涼と侍女のフミと三名の男衆が蔦の細道に向かった。
 家人の着物を着たが、顔は割れているだろうから襲われる心配はあった。それならそれでいい、つけまわす事情を聞きたかった。できれば、どこの誰の差し金かも。

「岡辺口を入ったところで、賊共が。応戦しましたが思ったより数が多く、こちらの男達は怪我人も出てしまって、そうしていたらフミを人質にとられました」

 卑怯な奴等だ。
 刀を寄越せと言うので、仕方なく投げた。
 フミが返されたら殴りかかってやるつもりが、

「──妖怪が、出ちゃって」

 その場が混乱した。
 賊にとっては喜ばしいことだったろう、奪った刀を持って真っ先に逃げていた。
 男衆には怪我人を岡部宿へ運べと言って、涼は妖怪に石を投げた。

──来いよ、犬! 女のほうが美味いだろ!?

 たしかそんなことを言ったか。

「頃合いを見て蹴散らしたかったんですけど、山での戦闘ってよく分かんなくて・・・」

 うーんと涼は腕組みする。

「で、行き逢いました黒羽様におすがりしたわけです。もっと上手く立ち回れたらよかったんですが」

 思うんだが、と黒羽が言う。

「フミ殿は東海道に行かせればよかったんじゃないか?」

「・・・思い付きもしなかった」

 そう言われればそうか。
 付き添わせなければ人質にとられることもなかった。賊を倒して情報を聞き出せたかもしれない。
 いや、そんなことより、あの子を危険に晒した・・・

「私のせいだ・・・」


◇◇◇◇◇◇


 涼は、足を止めた。
 その気配を察して、篠と実彰も止まる。
 涼は顔色悪く、俯いていた。

「あの子の主人なのに・・・」

「・・・涼殿?」

「黒田?」

 二人の呼びかけにも青ざめた顔は上がらない。
 篠の視線が、実彰の顔に刺さった。
 大きく丸い青色の瞳がじいっと、言葉を用いないで語りかけてくる。
 実彰は嫌な予感がしたし、自分でも言わなければよかったかと後悔しだしていた。
 何かの責めが始まろうとしているかと思われた。

「・・・」

 篠がゆっくりと口を開きかけた時、涼が顔を上げた。

「でもあの子、ついてくるって言うからなぁ。わかりました、今度は置いていきます、何がなんでも、うん」

「・・・あ、ああ・・・」

 うんうん、と頷いて決意を新たにした様子の涼に、実彰は生返事を返すことしかできなかった。
 拍子抜けというか、救われたと言おうか。
 青い目線が外れ、実彰はほっとした。


◇◇◇◇◇◇


 篠は、わずかに小首を傾けて、涼を見ていた。
 そこに不思議な生き物がいるかのように。
 いささかキリッと引き締まった涼の顔、眉毛の一本一本まで記憶しようとするかのような眼差しだった。

「・・・な、なんですか、篠さん?」

 さすがに食い入るように見つめられれば、涼とてそわつく。
 今日はずっと、この落ち着かない気分が続いている、と涼は思った。
 試合もそうだし、試合が終わってからも、心の奥底のほうでなにかがざわめいて騒がしい。
 たぶん、それは──

(──二人が、いい男だからだ)

 身分や立場を鑑みずとも滅多にいない部類の方々だということを思い出さないようにしなければ、まともに話もできないだろう自分の弱さを、頭の片隅に思い出してしまいそうになる。
 そういう感覚からはなるべく目を逸らしていたいのに、篠の目に暴かれるような、そんな怯えが生まれてくる心地。
 言い様のない、心細さ。

「・・・涼姫、安倍川餅は召し上がられたか?」

 不意に、篠が言った。
 餅、と聞いて、黙っておれる人間がおろうや。

「・・・安倍川? 安倍川は──通りかかった時、賑やかそうだから寄りたかったんですけど、フミが凄い剣幕で止めるものですから、寄らせてもらえませんでした・・・」

 あれは、そうだ。
 片割れの財布が、あると思っていた駕籠の中に無いことが分かって、でも御前試合だけは出なきゃいけないからとりあえず宿をとって──刀をどうしようかと皆で悩んでいた頃だ。
 優秀な侍女が何を察知して制止していたのか、“安倍川餅“という言葉から悟った・・・
 篠が続ける。

「安倍川餅は、きな粉がかかってる」

「き、きな粉!」

「黒蜜もかかってる」

「黒蜜!・・・も!?」

 なんたること。
 こうしてはおれない。

「──安倍川へ、安倍川へ行かなくてはっ!」

「私もそう思う。黒羽は?」

 篠に聞かれて、実彰は例に漏れず面倒そうな顔をした。
 涼はそわそわと、今にも走り出しそうになる。
 説得する時間が惜しい。
 地団駄を踏みたい衝動を必死に堪えて、拳を握る。

「行きましょうよー黒田様!」

「黒羽だ」

 実彰は長いため息をついた。


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