突然目の前に差し出された恋人の名無しさんからの贈り物。
俺はその意味が分からず受け取りかねていた。
そこで、ようやく名無しさんが気がついたのか、ポツリ呟いた。
「あれ?カルロスはバレンタインって知らないんだっけ?」
Case4 〜Carlos SANTANA〜
バレンタイン…?
その言葉に首をかしげる。
「知らないのかー」と名無しさんは俺の動作を見て呟いた。
「バレンタインているのはね、女の子が大好きな男の子にチョコをあげる日なの。」
そうなのか、と名無しさんの説明にうなづく。
「何故チョコじゃなければいけないんだ?」
「うーん、詳しくは分からないけど…これはある一節なんだけどね。」
「女の子が大好きな男の子を想う気持ちは、チョコみたいに甘いものなんだって。熱くなればとろけちゃうほどの。そういう例えからチョコを贈るっていう風になったっていう話もあるよ。」
なるほど、と呟く。
確かに名無しさんの仕草や言葉は、チョコのように甘く感じる時がある。
そういう習慣があるということを初めて知った。
だが、チョコか…。
実はあまり好きではない。
あの甘さがどうも受け付けないみたいで…
「名無しさん、俺は…」
「だからはい、これ」
満面の笑みで渡された目の前のラッピングされた物。
その笑顔を見ていると、自分がチョコを受け付けないことをつい言えなくなってしまった。
名無しさんの笑顔を壊したくなくて…
「ああ、ありがとう…」
受け取って蓋を開けてみると…
「!」
これは…チョコじゃない?
「気がついた?」
にっこり笑いながら名無しさんが優しく囁く。
「カルロス、たしかチョコ嫌いだったと思って…せっかく料理の勉強しにヨーロッパまできてるんだから、凝ったお菓子が作りたかったの。それに…」
「それに?」
「このお菓子にはちゃんと意味が込められてるのよ。」
そう言われてまじまじと見てみる。
よくみると…パイ生地?
「これ…名前はなんて言うんだ?」
「…ピュイ・ダムール…」
声が小さくなった感じがして名無しさんをみてみると、頬を赤らめて恥ずかしそうにしている。
余計にこのお菓子を作った意味が知りたくなった。
「意味も教えてくれないか?」
「え…」
戸惑うように目線を泳がせて、また恥ずかしそうにうつむくと、名無しさんがポツリと教えてくれた。
「あ…」
「…あ?」
「…愛の…泉…ていう意味よ…」
「…愛の泉…」
もう一度言葉を繰り返して、お菓子を眺めてみる。
「あの、ね…」
「…?」
「私、さっきの話ちょっと違うと思うの…」
「どういうことだ?」
「だって、チョコは熱いと溶けちゃうでしょ?」
「ああ」
「でも気持ちは熱くなれば…もっと固まっていくものだと思うの…」
名無しさんの説明は確かにそうだと思う。
名無しさんを想うたび、溶けるどころか、もっと知りたくなる。
「それに…」
その続きの言葉に名無しさんを見ると、彼女もピュイ・ダムールを眺めていた。
「溶けるってことは消えちゃう…そんなの悲しいじゃない…それに私のカルロスへの気持ちは…」
――そんな簡単に消えないから…。
最後に名無しさんのつぶやきが俺の耳に届いた。
そこで、カァッと一気に名無しさんの顔が赤くなっていく。
そんな名無しさんをみて、すごく愛おしくなって抱きしめた。
「…っ、カルロス…」
「名無しさんは本当に可愛いな…」
「…何、突然…っ」
「俺は幸せだ。」
思ったことをそのまま言ってみる。
だけども本当にそう思う。
母さんがいて。
ライバルがいて。
大好きなサッカーができて。
それに…
こんなにも俺を思ってくれる名無しさんがいる。
昔の俺からはこんなこと考えられなかった。
「食べていいのか?」
俺はそのお菓子を見ながら呟く。
あまりにも綺麗で、食べるのがもったいなくて。
「カルロスが食べてくれなきゃ困る…そのために作ったんだもの。」
そっと離れて名無しさんが言った。
そうだ、これは俺のために作ってくれた…。
そう思うだけで胸が熱くなる。
一口、口に含んでみると…
カスタードの甘味が広がった。
「甘い…」
「え?だ、大丈夫だった!?」
心配そうに名無しさんが覗き込んでくる。
そんな心配そうな顔しなくても、名無しさんの作ったものならんんでも食べれるのに。
その顔に笑ってしまった。
「…いや、この甘さは好きだ。」
「…っ、よかった…」
名無しさんがホッと息を付いた。
「でも…」
「…え!?な、何かあった!?」
「…少し硬いな…」
「本当!?焼きすぎちゃったかな…」
「俺の気持ちが熱すぎて、お前の気持ちも焦げたんじゃないか?」
自分で言ったあと、なんだか少し恥ずかしくなった。
でも名無しさんをみてみると、先ほどの慌てふためいた感じはなく、更に顔を赤くしていた。
「も、もう!カルロスったら!いつのまにそんな冗談を…」
「冗談ではないが…?」
「…っ!」
もう一度名無しさんを抱きしめる。
その幸せの温もりを感じながら。
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